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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
43/782

43 「少し、涙が零れた」



「ふーんふふーん♪」

「うーん……?」


 少女達の声が、カラッとした日の差し込む談話室に木霊する。

 上機嫌に鼻唄を口ずさむのは、ごろんとソファに寝転がり、ふかふかのクッションに顔を埋めた少女だ。

 黄金を溶かしたような髪をバサリと好き放題に垂れさせ、紅玉を埋め込んだのかと錯覚するほど煌めく瞳は、猫のように楽しげに細められている。

 その楽しげな視線が向く先は両手で持った携帯機器であり、なにやらポップな音楽と共にシャンシャンという音色が忙しなく発せられていた。

 そうやってうつ伏せでリズムゲームをご機嫌でプレイする少女こそ、この屋敷の主……吸血鬼であるリゼット=ブルームフィールドその人であった。

 一方、折り目正しくソファに腰掛けながら首をかしげている黒髪の少女。向かうは卓上の一枚のプリント。その表面には数字や記号が立ち並び、ポニーテールを揺らす少女を惑わせていた。

 片手で教科書をめくり、しばらくふんふんと唸ったかと思うと、あっと合点がいった明るい顔をしてスラスラと解答をプリントに記していく。

 そうしてコツコツと夏休みの宿題に取り組む少女の名は、酒上刀花。隣でリズムゲームの音がしようがマイペースにやるべきことをこなす、心優しい純朴な人間の少女だ。

 そんな二人の少女は昼下がりの、お腹一杯になって少し眠い時間を思い思いに過ごしている。郊外の森に位置するこの屋敷には外部の喧騒など入ってこず、代わりに木々の梢が擦れる音と、小鳥たちのさえずる歌が響いていた。

 ……この屋敷での生活を始めてから数日が経ち、それぞれ生活スタイルも落ち着いてきた頃合いだ。

 はじめ、ボロボロの状態だった屋敷がここまで居心地のいい空間になるとは、ここにいる誰もそう思ってはいなかった。

 衆目から隔離された静謐な空間。柔らかいベッドに絨毯、大きな浴場、広い居室に談話室。小さなバルコニーもあれば、地下には酒蔵もあるという至れり尽くせりな生活環境。

 この屋敷の主、リゼットは一つ伸びをして身を起こし、その環境を手に入れるのに大きく貢献した存在に視線を向けた。


『くかー……くかー……』


 それは窓際の、特に日当たりのいい棚の上。

 妹が作った飾り台に鎮座し、寝息をたてる不可思議な一振りの刀だ。

 洋風の屋敷に不釣り合いな和風の調度品……ではなく、正真正銘生命を宿している刀。今は呑気にぐうすか寝ているが、ひとたび力を振るえば万象悉く塵芥と為す恐ろしい力を持った刀であり、同時に少女達を守護する者だ。

 その者こそ、五百の魂を生け贄とし、鬼を斬った妖刀を媒介に創造された無双の戦鬼である。

 ”所有者”酒上刀花から拝領せし名は酒上刃。刀花をただ一人の妹とし、長年この世俗にて彼女を守ってきた兄を名乗る男。

 しかし今まではそれだけだったが、最近ではその後に”リゼット=ブルームフィールドの眷属”という言葉が続くようになった鬼の力を宿す者である。

 そんな世界すら揺るがす力を持った戦鬼は、少女達が過ごすこの談話室にわざわざ自室から飾り台を持ってきて寝始めたのだ。その行動の真意を思うと、少女達の口許は微笑みで彩られた。

 妹である刀花は知っている。兄がこんな風に人前で眠ることなど、昔はそうはなかったと。

 真っ当な手段で誕生しなかった戦鬼、そしてその制御を担う刀花は昔から追われることには事欠かない生活を送っていた。無論、少女を守護する自負を持つ鬼は不眠不休で彼女を守り続けた。どのような状況であろうと、敵の気配を察すれば即戦闘態勢に入る彼には眠る暇など存在しなかったのだ。

 少しでも他人の気配を感じれば飛び起きる刃。そんな彼が、他人の気配が近くにある場所で眠ることの意味を考えれば、心がほんのりと熱を持つのを刀花は感じていた。


「……平和ですねぇ」

「どうしたのいきなり?」


 思わずそんな言葉が、刀花の口から漏れ出る。そんな彼女を、リゼットは横目で見て不思議そうに尋ねた。


「いえ、まさかこんなに穏やかな時間が過ごせるだなんて、少し前なら思ってもみませんでしたから」


 しみじみと刀花は呟く。少し前まで兄は一昼夜バイト漬けの日々。そして自分は一人寂しくそんな彼を小さな部屋で待ち続ける味気ない日々だった。

 もちろん、少し触れ合うだけでも幸せだったが、今のように一日中共に過ごせる生活と比べることなどできない。


「改めてありがとうございます、リゼットさん。兄さんを眷属に迎え入れてくれて。まぁ兄さんは渡しませんけど」

「あなたね……」


 感謝を述べながらもニコニコと笑いながら自分を貫く刀花に、リゼットは眉をひくつかせる。自分の意見はなかなか曲げない。あの兄あってこの妹ありだ。


「まぁ別にいいのよ、私も生活は助けてもらっているし。トーカが作るご飯も美味しいしね」


 でも、と紅の瞳を妖しく輝かせ、リゼットは刀花に向かってフリフリと指を振る。


「やっぱりどこまでいってもジンは私の眷属だから、結局私の物であることに変わりはないわね」


 ふふんと、リゼットは黄金の髪をサラリと靡かせながら自信ありげに振る舞った。そんな不思議と余裕ある雰囲気に、刀花はぐぬぬと唸り声を上げる。


「なにせ私と彼は大人の時間を過ごしちゃったからね~」


 リゼットのこの余裕、そして刀花の悔しさが滲む声の原因はそれである。

 先日、リゼットと刃は大人の時間……という名の宅飲みをおこなった。それからというもの、リゼットは刀花にはない優位性を得たことで、十年という長い時間を過ごしてきた妹相手に対等に渡り合えるようになっていたのだ。


「……一緒にお酒呑んだだけじゃないですか」

「素敵だったわ、彼との夜の一時は。彼ったら、酔った私の姿にたまらずキスを迫ってきたんだから」

「嘘ですぅ!?」


 嘘である。

 本当のところは「にゃん」という恥ずかしい語尾を付けて、わざと彼をそういう気にさせたのは彼女である。もちろん詳細はこの妹には言わない。さすがに恥ずかしすぎる。今でも思い出しては「酔っていたとはいえ私はなんてことを口走って……!」とベッドで身悶えるほどなのだから。

 しかし、妹相手に優位を得るためならば脳裏を過る恥ずかしさなど些事。いつも兄妹の睦まじさを間近で見せつけられていたことも手伝い、今のリゼットは大変に気分がよかった。


「『リズ、俺の可愛いご主人様……』」

「やめてくださいー! 脳が破壊されますぅ!」


 リゼットがちょっと低い声であの夜に聞いた彼の睦言を再現すると、刀花は目を剥いて頭を抱え、ポニーテールをブンブンと振った。

 そんな妹の姿を尻目に、リゼットは勝利を確信して熱いため息をついて悦に浸った。


「やっぱり強気な金髪お嬢様吸血鬼ヒロインなのよねぇ……」

「いーえ、清楚な黒髪ポニテ巨乳妹ヒロインです」

「ぽっと出の女に負ける運命なのよねぇ」

「その考え方は古いです。妹は負けヒロインにあらずです!」

「なによ」

「なんですか」


 唇を尖らせ、しばし熱い火花が交錯する。

 そうしてしばらく互いに「ぐぬぬぬ」と唸りあった後……


「ぷっ」


 どこからともなく吹き出し、二人でクスクスと笑い合った。まったく、不毛な争いだった。

 ひとしきり笑った後、リゼットは目の端に浮かぶ涙を拭いながら言った。


「あーおかしい。まさか私がこんな色ボケた会話をすることになるなんて。どうしてあんな人を好きになっちゃったのかしら」

「罪な兄さんですねまったく。嫌でしたら妹に全部譲ってくれていいですよ」

「バカおっしゃい」


 いけしゃあしゃあと言う刀花にリゼットは笑って返す。


「これが惚れた弱みってやつなのかしら。まぁでも一番悪い人なのは──」

「兄さんですねぇ」


 美少女二人は自分達の心をかき乱す、いまだ寝息をたてる刀に満場一致で判決を下した。


「ジンのばーか」

「兄さんのばーか」


 二人して甘い罵声を浴びせ、またクスクスと笑い合う。二人は友人で、同居人で、恋敵で……一言では言い表せない不思議な関係性を築いていた。


 木漏れ日差し込む平和な日常。こんな少し騒々しくも日溜まりのような日々がこれからも続くのだと、ここにいる者は今この瞬間そう信じていた。


 ──だが、そんな温かい時間は得てして儚いものなのである。


「!?」


 笑い合う少女達を、肩に重くのしかかるような重圧が襲った。

 背筋が凍り付き、冷や汗すら出ない。日常ではまず感じることのない、人の温もりすら撥ね除ける気配。

 ──その気配の名は、殺気。

 窓が震えるほどの埒外な殺気を放つのは、窓辺に置かれた一振りの刀だった。


『……侵入者、あり』


 およそ温度の感じられない声で呟くそれは、瞬く間に姿を変える。

 黒い影を纏うように、一振りの武骨な刀から、天を嘲笑う角の生えた鬼の姿に。赤い裏地に黒い着物をバサリとはためかせ、少女を守護する戦鬼は己の職務を全うすべく立ち上がった。


「……血の、香りだ。隠す気もない。よほど自分の力に自信があると見える」


 鬼の顔が酷薄な笑みに彩られる。久方振りの闘争の香りに、昂るなという方が無理な話だった。


「じ、ジン……?」

「兄さん、久しぶりだからってビックリさせないでください。リゼットさんが怖がってますよ」


 そんな凄惨ともとれる笑みを浮かべる鬼に、めっと指を立てて叱る妹。その隣には不安そうな顔で鬼を見つめるご主人様の姿があった。


「……ついな」


 大切な少女のそんな姿を見れば、昂る気勢も息を潜める。敵に気付かれる前に、刃は殺気を消した。


「侵入者ですか?」

「あぁ。しかも血の匂いがプンプンする輩だ。真っ直ぐこの屋敷に向かっている……相当な手練れかもしれん」


 怖がるご主人様の頭をポンポンと撫でながら、妹の声に答える。


「──迎え撃つ。刀花、リゼット、事が済むまでこの部屋から出るんじゃないぞ。我が宝石に手を出そうとすればどうなるのか、その身に刻んでやらねば」

「わ」

「きゃ」


 そう言いながら二人を抱き寄せ、その腕にかき抱く。守るべき愛しい存在を、その胸に刻み込んでおくために。

 大切な温もりを感じながら、刃はいじらしくもギュッと抱き返してくれる二人の可愛い少女に囁いた。


「聞いてくれ、この戦いが終わったらお前達に伝えたいことがあるのだ……」

「「それ死ぬやつ」」


 二人の突っ込みにからからと笑い、背中を向けて玄関ホールへと向かった。

 その間に刃は眉根を寄せ考えを巡らせる。


(いったい何者だ? 我が少女達の安寧を妨げる恥知らずは……)


 陰陽局には散々その身に恐怖を叩き込んだ。今頃になって刺客を送り込んでくるほどボケているとは思いたくない。ともすれば、名を上げたい武芸者といったところか?

 刃はもう一度気配を探る。

 その者は相も変わらず気配を隠すことなく堂々とした足取りでこの屋敷に向かってきている。その事実が、心地よく眠っていたところで叩き起こされたことも重なり戦鬼を苛立たせた。

 いくつもの探知を走らせるも、反応するのはただ一人。奇襲の様子もない。よほど自身の力に覚えがあるのか……こういう手合いは追い詰められると何をするか分からないと経験で知っていた刃は、早々に片付けると決めた。少女達に何かあっては戦鬼の名折れだ。

 ホールのど真ん中に立ち、殺傷に充分な刀を取り出したところで、正面に見えるドアに人影が映る。


(さて、そのまま扉をぶち破るか? それとも裏手に回るか?)


 次の行動を予測する。しかし、その襲撃者は──


 ゴンッゴンッ


 木製のドアに設置された鉄の輪を二度ドアに叩きつけ、あろうことかノックしたのだ。


「──ほう」


 自分でも思ってもみない冷たい声が発せられる。

 この一連の行動に、戦鬼は激怒した。

 舐められたものだ。ここが戦鬼の潜む館と知っての狼藉か。ゴミはゴミらしくコソコソと襲撃してくればいいものを……よりにもよって自らの居場所を知らせるノックだと?


(身の程を弁えろよ塵芥ァ……!)


 血管がぶち切れる音が頭に響き、戦鬼は瞬時に手に持った刀を作り替える。地に着く足から龍脈に接続し、この星から直接ありったけの霊力を吸い上げ刀に注ぎ込む。

 白刃がさらなる煌めきを増し、上位者すら射竦める輝きを放つ。


「──何者か」


 星の力で鍛造した、視認するだけで目が潰れる兵器を用意し敵に問い掛けた。


(無防備に接近するほどだ、相当な自信家。おそらく名を聞けば名乗りを上げるだろう。その所属を聞いた瞬間切り捨ててくれる)


 ドアの人影が身じろぎする気配が伝わる。

 さぁ名乗りを上げて死ぬがいい。その後お前の属する組織も皆殺しにしてくれるわ。

 敵がドア越しに口を開く気配を感じ取り、刃は獲物に飛びかかる獣のように身をかがめ……相手が口を開くと同時に、飛びかかった!!


「お待たせしました~。白コウモリナガトの宅急便です~。吸血鬼用血液パックセット(夏用ギフト)のお届けに参りました~」

「──!」


 ズザアァァァァァァァァァァァァァ……


 宅配業者の青年が開けたドアの隙間を、何かがものすごい勢いで外へと滑っていく。


「えーと、判子かサインを~……」


 それを家人だと認めた業者は、数メートルは滑っていったそれへと足早に駆け寄って伝票を差し出す。


「……サインでいいか」

「はい!」


 倒れたまま受け取り、『ブルームフィールド』とカタカナでサインする。長くて書きにくい。


「……職務大義である」

「いえいえ、ありがとうございます!」


 気のいい青年は帽子を取り、礼をしてからそそくさと次の配達に向かっていった。リゼットが注文したのであろう血液が入った箱を残して。


「……」


 なぜか冷たい風が一陣、背中に吹いた気がした。


 ──無双の戦鬼が少女達と過ごす夏。


 それはどうあがいても、平和な季節そのものであった。


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