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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第一章 「無双の戦鬼、忠誠を誓う」
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28 「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス」



「おら、立てって」

「……はい」


 立ち上がる際に、妹の頭を吸血鬼の少女に預け、和服の少女は若者二人の前へ立たされる。

 若者の内一人の、軽薄そうな若者がそのまま少女の肩に腕を回してきた。

 標的を定めた若者の瞳は、まさに獣欲という名に相応しい色に塗れており、肩に回された腕は、少女の華奢な身体を強い力で以って離さない。


「ひゅー、かーわいい~。ね、ね。君、今から自分が何されるかわかってる?」

「え、あ……何をされてしまうのでしょうか?」

「おいおいもしかして初めてか? マジで当たりじゃん」


 不安に表情を伏せる少女の様子に鼻息を荒くしていた若者はますます興奮していく。ホテルに行ってから事を始めようとしていた二人は、簡単にその予定をキャンセルし、少し味見をすることにした。


「これから俺達と一つになるんだよ、わかる?」

「え、ひ、一つに……?」

「そうそう、俺らの固いモノを~、君の大事なところに抜き差ししてぇ……」

「あ、あ……」

「その前にぃ、例えばホラ、ここをこうしたりとかぁ……」

「ぁんっ」


 肩に回されていた腕が、和服の上から膨らむ胸を掬い上げるように揉みしだく。着物が乱れてしまい、その胸元が白日の下に晒される。緊張からか、噴き出た汗が輝きを放つ肌に、若者の目線は釘付けになった。


「うわ柔らか……って、え、マジ?」

「お前ノーブラかよ! 完全に待ってたんじゃねェか俺達をよォ!」

「あっ、もっと優しくしてくださいまし……」


 恥ずかしげに、鼻にかかった甘い声を漏らす少女の様子に、もはやベンチに座る二人の少女すら見えていない様子で、和服の少女へとのめり込んでいく。


「おいどけって、俺にも揉ませろや」

「あ、こら待てって」


 肩に腕を回し、胸を弄んでいた軽薄そうな若者を押しのけ、図体の大きい若者が正面から少女の胸を両手で掴み、こねくり回す。スライムのように自在に形を変えるその様子に、その若者は夢中になるのに時間はかからなかった。


「おいおいクソ柔らけぇな! おらっ、もっといい声で鳴けや」

「あっ、はげし……や、やめて……」

「泣いてんの? ギャハハ、おいお前、喉渇いたろ。舐めとってやれよ」


 視線は胸元のままに、もう一人の若者に冗談交じりに声をかける。


「……」

「やべぇマジで興奮してきた……おいどうした、俺にとられて怒ってんのか?」


 少女の重量感のある胸に夢中になりながら、もう一方に声をかけるが、反応がない。


「ちっ」


 何も返してこない相方に焦れ、若者はようやく視線を外し、隣を見た。


「ほら、代わってやるからお前も──あ?」


 軽薄そうな若者がいるだろうすぐ隣に目をやった若者は、途端に間抜けな声を出す。


「……どこ行った?」


 すぐ隣に押しのけたはずのもう一人の姿が、ない。音も無く、もう一人の若者は姿を消していた。


 (トイレか? 俺に声もかけずに……?)


 いやおかしいだろう。こんな状況でいきなりトイレに行くとか。それにすぐ隣にいたはずなのだ、夢中になっていたとはいえ、一人の人間が動けば気づくはずだ。


「……?」


 本当に、唐突に、もう一人が消えたとしか言い様がない。


「あら、もう終わりですの?」

「あ、あぁ?」


 ──何かがおかしい。


 そう感じ始めるとともに、先ほどまで苦悶に顔を歪めていた少女が口を開いた。


「私と、一つになりたいのでしょう?」

「お、おい……お前もう一人の──」

「さぁ、おいでくださいまし」

「──」


 な、なんだ……?

 少女の瞳に、引き込まれる。そんなことをしている場合ではないと頭では理解しているのに、身体は欲望に従い動き続ける。

 少女が胸元を自ら開き、若者の手を遂にその柔肌に迎え入れようとする。


「ゆっくり、ゆっくりと……」

「あ、あぁ……」


 先ほどの力強さはどこへ行ったのか、まるで鎮座する宝石に触れようとするように、緩慢な動きで手を伸ばす。


「さぁ、さぁ──」


 そして遂にその指先が、少女の胸に触れようとした瞬間──


「一つに、なりましょう……?」

「!?」


 ズルリと、指先が少女の胸に吸い込まれる。少しの抵抗も感じず、少女の柔らかさなどまるでなく、まるで沼に手を突っ込んだかのような感覚に、若者は背筋を凍らせた。


「あ、あぁ!?」

「あら」


 感電したかのように、すぐに指を引っ込める。第二関節まで沈んだ指は……無事だ。

 ぶ、無事? 無事って何だ? あのまま沈んでいったら……俺は一体……。


「クスクスクス」

「──!」


 指に落としていた視線をバッと上げる。

 諸肌を晒した少女は、おかしそうにクスクス笑っている。

 狂気などまるでなく、唇に指を当て朗らかに笑っている。

 その様子が……たまらなく恐ろしく感じた。


「お、お前、いったい──」

「「クスクスクス」」

「なっ!?」


 一つだった少女の笑い声が……重なる。

 山彦のように響く声が鼓膜を震わせるたび、否が応にもこちらの不安を掻き立てた。

 なんだ、何が起こっている? なぜ一つの唇から二つの声が……いや違う! 少女の後ろに、何かいる!

 若者は震えそうになる足をじりじりと動かし、少女の後ろを覗こうとする。

 和服の少女が可愛がっていた、二人の少女が座るはずのそのベンチには……


「「クスクスクス」」

「──」


 二人の少女が、いた。

 二人の……目の前に立つ和服の少女と瓜二つの少女が二人、こちらを見ておかしそうに笑っていた。


「あ、あ……あぁ……!?」


 おかしい、おかしい、おかしい。

 何が……何が起こっている!?

 さっきの二人はどこへ? 相方はどこへ? なぜ和服の少女が三人もいる? なぜ立ち上がりこちらに足を進めてくる?


「さぁさぁ」


 三人の和服を着た少女が、和やかな表情もそのままに、ゆっくりと近づいてくる。

 まったく同じ顔で。まったく同じ動きで。

 現実ではあり得ない現象に、若者は吐き気を催す。

 手を広げ、こちらに静かに歩を進める少女はにっこりと笑い──


「さぁ、一つになりましょう?」

「う、あぁ……!?」


 にっこりと笑う少女の瞳の奥に、深い闇を見た若者は声にならない叫びを上げ、脇目も振らず駆けだした。

 震え出す足を叱咤し、全速力で公園を駆け抜け、人の影を求めて走る。和服の少女の笑い声が、まだ後ろから追いかけて来ている気がするのだ。


「あ、はぁ! ハッ! あァ!!」


 人気のない道を走り抜け、ついに若者は人通りの多い商店街へ出る。

 道行く人が怪訝な表情でこちらを見てくるが、その人間らしい反応に安堵を覚えた。


「はぁ……はぁ……」


 まだ少女の笑い声が耳にこびりついている。

 少しでも他の音を聞いていたい。そう思って街頭ウィンドウに数々のテレビが並べられている電気屋の近くに行き、背中をガラス面に預けてズルズルと尻餅をつく。


「──」


 視線を集めていることなど気にせず、日常に回帰するべく呼吸を整える。客引きをする店員の声、同年代の笑い声、テレビ中継の音、鬼ごっこをする子ども達の声が、さざ波の立った自分の心を落ち着けていく。


「ふぅー……ふぅー……」


 落ち着け。落ち着け。

 呼吸を深くすることで、まともな思考能力が戻ってくる。

 さっきのは……一体何だったのか。

 不気味に笑う少女の姿がフラッシュバックする。彼女の姿を思い出すたび、吐き気が戻ってくる気がした。

 まるで悪い夢でも見ているようだ。

 いや、夢……?


「……朝に薬をキメすぎたか」


 意味不明な少女のことを、なんとか理屈に嵌めて自分の中に落とそうとする。そうしなくては、自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。

 そうとも、粗悪な薬のせいで、俺は幻を見ていたのだ。そうに違いない。そうでなくてはならない。そうでないと俺は……。


「おーにさーんこーちら、手ーのなーるほーうへー」

「あ?」


 ウインドウの前で座り込んでいると、鬼ごっこをしている子ども達が目の前を駆けていく。


「……」


 人が必死に思考を巡らせているのに、まったく呑気なガキ共だ。

 だが、その呑気さが逆に今は救いだった。子ども達の無邪気な声が、あの少女の笑い声をかき消してくれる気がして──


「……」

「?」


 しかし、目の前を駆け抜けようとしていた子ども達の足が、唐突に止まった。

 五人ほどいる子ども達は、そのまま走り抜けようとしていた足を止め、じっとこちらを見つめてくる。


「な、なんだ……?」

「──」


 問いかけるも反応はない。

 無邪気に笑っていた子ども達は、その表情を消し、こちらの瞳をガラス玉のような目で見つめ……


「──」

「……え?」


 ──スッと、全員がこちらに人差し指を向けてきた。


 その異様な光景に、背筋を嫌な汗が伝う。


「お、おい……」

「──」


 何を言うこともなく、無表情でこちらを指差す。


「おい! やめろ!」

「──」


 怒鳴りつけてもピクリとも動かず、子ども達はこちらを指差し続ける。


「お、おい! 誰かこいつらを──え」


 保護者がいないか周囲に視線を巡らせると、異様な光景が目に飛び込んでくる。

 先ほどまで自分を包んでいた日常。道行く同年代、客引きの店員、仕事先に向かうサラリーマンや買い物中の女性。


 その全員が、無表情でこちらに指を向けていた。


「あ、あぁ……はぁっ、はぁっ!!」


 その重圧に、呼吸が乱れる。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 浸っていた日常はかき消え、目に映る人間全員がこちらに指を向けている。

 異様すぎる。異質すぎる。なぜこちらに向かって指を指している……!?


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「あ、え……?」


 異変は続く。

 目の前の……おそらく鬼役だった最後尾の子どもの一人が、今度は唐突に手を叩きだし、歌い始めた。


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


 それが、広がっていく。

 子どもから隣の子どもへ。子どもから大人へ。男性から女性へその輪が広がっていく。


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


 歌声が重なり、一つとなって鼓膜を叩く。今や目に映る人間全員が手を叩き、童謡を口ずさんでいる。

 鬼さんこちら、と呼んでいる。

 居場所を知らせるように手を叩く。

 何に向けて知らせている? そんなもの決まっていた。


「や、やめろ! やめろぉ!」


 あまりの恐怖に耳を塞ぎ、目を瞑る。

 それでも彼らの歌声は、耳を塞ぐ手をすり抜け、鼓膜を震わせる。

 歌うたび、歌うたび音量は上がり、鼓膜を通り抜け脳に達する。ガンガンと頭痛すら感じる。


『鬼さんこちら、手の鳴る方へ──!!』


 そしてその音量が遂にピークに達し──


「──」


 ……。


「……?」


 何も、聞こえなくなった。

 脳を揺らすほどの大音声が唐突に聞こえなくなり、静寂が己を包んでいる。


「……」


 恐る恐る、目を開ける。すると目の前には──


「あ、あ……?」


 誰もいない。

 手を叩き、大合唱していた人間達は跡形もなく消えていた。


「い、いったい──」


 そう呟き、巡るように後ろを振り向くと──


『見いぃぃぃつけたあぁぁぁぁぁぁぁ』


 テレビが多く並ぶウインドウ。その全てのモニターに、毛細血管すら見えるほどアップされた眼球がこちらを向いていた。


「あ、あぁ!! あああああああああああああああ!?」

「お、おい君、大丈夫かい?」

「あ、あぁぁ!!?? あ? はぁ、あ、えぇ……?」


 そんな光景が見えた――気がした。

 肩を叩かれ、ウインドウから目を離すと、目の前には日常が回帰していた。

 道行く人はそのままに、青いシャツを着た警官が心配そうにこちらを伺っていた。


「──」


 頭が、おかしくなりそうだった。

 なくしたはずの日常が戻っている。

 しかしその光景すら、もはや異様に感じられてしまう。


「大丈夫かね?」

「え、あ……」


 目の前の警官が再び問いかけてくる。

 ……助けて欲しい。

 そんな声が喉から出かかり、消えていく。

 もし……もし、またこの警官が表情を消し、指を向けてきたらと思うと足が震える。


「──」

「そうかい?」


 首を振り、無言で大丈夫だと伝える。

 その様子に怪訝そうにしながらも、警官は去って行った。


 ……ここから離れなければ。


 そう思い、足を動かそうとする。頭が痛い。家に帰ってベッドに隠れ、誰もいないところへ行きたい。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。


「うっ」


 あまりの痛みに蹲る。

 頭痛が頭の先から浸透していき、目に達したのか右目が暗闇に包まれた。

 いつのまにか頭でも打ったのかと思い、外傷を確認するべくふらつく足を支え、もう一度ウインドウに目をやった。


「ばぁ」

「!?」


 鏡で見慣れた自分の顔。


 その右半分が──先ほどの少女の顔になっていた。


 その瞳に妖しく輝く不可思議な紋章を携え、その顔は柔らかい笑みを湛えていた。


「一つになってしまいましたねぇ、クスクス」

「ああああああああああああああ!?」


 自分の口から違う言葉が発される感覚に、虫が這うような怖気を感じる。


「「「クスクスクスクス」」」

「あ、あぁ!?」


 笑い声に振り返る。

 周囲には先ほどの道行く人々の姿はなく、夥しい数の和服の少女達がこちらを指で指しおかしそうに笑っている。


「あ──」


 その光景に、ガラガラと自分の中で大事な何かが崩れていくのを感じた。


「さぁ、もぉっと一つになりましょう」

「あ、あ」


 自分の意志でないまばたき、自分の意志でない喉の動き。そしてどんどんと頭から自分という感覚が喪失していく。


「う、うあぁぁ!?」


 自分が頭の先から自分でなくなっていく。

 その恐怖に耐えきれず、青年はズボンに隠していたギラつく刃を取り出した。


「あら?」


 不思議そうな声を上げる自分の右半分に向けて──


「ああああ!!」


 ナイフを渾身の力で振り下ろした。


「ぐ、ぎ、ぎゃああああああああああ!!」


 右目に突き刺さり、意識が飛ぶほどの激痛が若者を襲う。

 熱い! 熱い! 熱い!

 目からマグマが吹き出たのかと思うほどの熱さに、喉の奥から悲鳴がつんざく。しかし、これで──


「あぁ、そういうことですのね?」

「!?」


 目を抉り、激痛に血を流しても、ウインドウに映る右の表情は変わらず笑みを湛えていた。目が潰れ、血が滴り落ちようとその表情が揺らぐことなどない。


「あぁ……」


 もう……駄目だ。

 その光景に、絶望する。激痛の中、諦念が自分を包み込む。

 ──もう全て投げだそう。そう思い手にしていた唯一の武器も手放そうと……、


「……?」


 手が、動かない。

 いや、動く。自分の意志ではないが、その右手はナイフを握りながら上へ上へと上がっていく。


「あなたの固いモノを大事なところに抜き差し……そういうことでしたのね?」

「……え?」


 間抜けな声を出した次の瞬間、右目に激痛が走り、喉は悲鳴を上げていた。


「あ、あああああああああああああああああ!!??」

「こうして欲しかったのでしょう?」


 何度も、何度も、何度も。

 ナイフを握った右手は勝手に、自分の右目へと突き立つ。


「あ、ぁあああ!? や、やめ──!!! が、あああああああああああああああ!!!!!!!!」

「クスクス、男の子ってこういうのがお好きなのでしょう? ほうら、頑張れ♪ 頑張れ♪ いっちに、いっちに♪」


 リズムをとりながら、ザクザクと右目を切り刻む。そのたびに激痛が襲い、もはや思考が痛みに染め上げられ何も考えられなくなってくる。


(あぁ、でも)


 このまま何も考えられなくなれば、楽になれる。

 自分の命が消えれば、この恐怖と痛みから解放される。

 ナイフが突き立つたびに薄れていく意識。少女の柔らかい声を頭の中に響かせながら、若者は安堵とともに目を閉じて意識を明け渡し──……、


「ひゅー、かーわいい~。ね、ね。君、今から自分が何されるかわかってる?」

「え、あ……何をされてしまうのでしょうか?」

「………………………え?」


 その声に、閉じた目を見開いた。


「──」


 目の前で、軽薄そうな相方が少女の肩に腕を回している。

 腕を回された少女は恥じらいながら、その胸をいいように弄ばれている。だが、だがこれは……。


 この光景は……さっき……!!


「クスクス、私の宝石達を不愉快にした罪は万死に値します。ああ、もちろん比喩ではございませんよ? 二人合わせて二万死でしょうか」

「ひ──」


 いつの間にか軽薄そうな若者は消え、和服の少女へと姿を変えていた。

 そして後ろのベンチから立ち上がる少女達もまた和服の少女に姿を変え、笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。


「さぁ、あと一万九千九百九十九回、死んでくださいまし」

「あ、あぁ……あうあぁああぁあうぁ──」


 いやいやと首を振る。

 自分を待ち受ける運命を悟った若者は膝から崩れ落ち、もはや意味を成さない言葉を涙とともに口から漏らした。

 そんな若者に少女は妖しく輝く瞳を向け、柔らかく、にっこりと微笑んだ。





 人間よ、自惚れることなかれ。

 心せよ、心せよ。

 鬼の宝に手を伸ばす者は心せよ。

 たとえ、目の前にいるのが従属した戦鬼であろうと、


 ──その者は、生者に仇なす鬼であるのだと心せよ。






「……ねぇ、この人達動かなくなっちゃったんだけど」

「ダメですよリゼット様、触れては。ばっちいですから」


 和服の少女に触れた瞬間、彫像のように動きを止めた若者二人を、眉をひそめて吸血鬼の少女は見る。


「少しよい夢を見ているだけですよ。さぁ、刀花ちゃん? スーパーに寄って晩ご飯の材料でも買いましょう」


 さりげなく腕を振って、二人の少女に気付かれぬ内にクナイを消す。

 そして膝の上で愚図る妹をあやし、和服の少女はしずしずと立ち上がり笑みを浮かべた。

 その柔らかい笑みを見上げ、リゼットは不思議そうに首を傾げながらその内容を問いかける。


「よい夢……?」

「知りたいですか? 男性の固いモノを、大事なところに抜き差し……」

「んなっ!?」


 リゼットの耳元に唇を寄せ、秘め事を伝える。

 すると彼女はポンっとその頬を真っ赤に染めて羞恥に震えた。


「なななななんて夢を……!?」

「私のスマホに映し出せますが、いかがですか?」

「きゃー! やめてやめてー!?」


 涙目になって叫ぶ主人を見ながら、和服の少女はふんわりとおかしそうに笑う。


 そうして、やいのやいのと騒ぎながら、少女達は仲良く手を繋いで晩ご飯の買い出しへと出かけていくのだった。


 クスクス。クスクスクスクス──……


 ……黄昏の光を受け、地面に伸びる影の先。

 二人の少女と手を繋ぐその女の口許が、三日月のように歪んでいることには気付かずに。

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