16 「ドロリとしていてそれでいてしつこい……」
純白のテーブルクロスに身を包んだ長大な机には、火の灯された金の燭台や給仕を呼ぶためのベルが乗せてある。
「……ねぇ」
そしてその長机を囲むように多くの背の高いシックな椅子が置かれ、ここが大勢で食事を楽しむ場であることをこちらに伝えてくる。
「……ねぇってば」
そしてもちろん、俺達が座るテーブルの上には、本日の疲れを労うためのディナーが鎮座している。照明と燭台の揺らめく灯りを受け、その清廉さ溢れる白い容器が目に眩しい。汚れを知らぬ雪原のようなテーブルクロスに、その白はよく映えまさにこの食堂に相応しい格別の味わいが──
「ねぇもうちょっとどうにかならなかったの?」
「なにか文句でもあるのか? 三分経ったから食っていいぞ」
「いただきまーす!」
元気よく刀花がペリペリと蓋をはずし、ズルズルと麺を啜る音が豪奢な食堂に響いた。
そう、リゼットの屋敷での初ディナー。正式に眷属の契りを結び、絢爛な屋敷を復活させた記念すべきこの日に、俺達はカップ麺を啜っていた。
「私のまだ二分しか経ってないのだけど」
「二分が美味しいらしいぞ」
この前、刀花と見に行った映画でそう言っていた覚えがある。
「面白かったですよねぇ。それに兄さんも雨を晴れにできますよ」
「……どうせ雨雲をぶった斬るとかでしょ」
「ほう、よく分かったな」
刀花が中学生の時の遠足の日に無理矢理晴れにした。俺は天鬼の子だった……?
そんな俺達をリゼットは白い目で見てカップ麺の蓋をはずした。
「せめて和食を食べてみたかったわ、お箸の練習とかもしたのよ?」
ほら、と手に持つお箸を器用に動かして見せるリゼット。準備のいいことだ、それくらいできるなら気を遣って洋食を用意する必要もなかったか。
「仕方あるまい、冷蔵庫が空だったのだからな」
どれだけ設備が豪華だろうが無い袖は振れん。
あの後、屋敷を軽く散策し夕食をとろうという話になったのだが、埃まみれで料理するわけにもいかず、掃除で疲労も溜まっていたため簡単に済ませようということになったのだ。
そういうわけで俺はアパートに空間を繋げてカップ麺を取り出し、ディナーの準備をしたというわけだ。
「まぁカップ麺ももはや国民食と言っても過言ではないだろう」
「いやあるでしょ、ラーメンよ?」
いや本場のラーメンと日本のラーメンは結構別物だと聞くぞ。それに味付けも日本人のために調節してあるのだからな。
リゼットはいただきますと丁寧に手を合わせ、おっかなびっくり麺をちゅるちゅると啜った。
「……結構濃いわね、日本人って薄い味付けが好きなんじゃなかった?」
「偏見だなそれは」
素材の味を活かしているのは料亭とかだろう。
「さすがにこれスープも全部飲む気にはならないわね……肌によくなさそう」
そうリゼットが言うと隣で刀花がビクリと肩を揺らした。刀花はよく食べるからな。
「運動しましたからセーフ……」
「塩分と関係あるそれ?」
容赦ないリゼットのマジレスに刀花は肩を落とし、控えめにスープを飲み始めた。飲むのか……。
「濃いか、では生卵をくれてやろう」
またも空間を繋げ、リゼットのカップ麺に生卵を投入する。その様子を見て、リゼットは首をかしげた。
「というかあなた、空間繋げられるのならそれ通って外食とか出来たんじゃない?」
「お勧めはできん」
リゼットによく見えるように、俺はまだ切り開いたままの次元の隙間に右手を入れる。
「三、二、一……」
彼女が目を凝らす中、静かにカウントをとり──
「零」
カウントを終えると共に、何かを噛み千切るような音が食堂に響き渡った。
「とまぁ、こんな感じで出入りする時に世界の修正力が働いてしまうとこうなる。万一に備えて、お前達をこれに通すわけにはいかん」
「ちょっとー!?」
右の手首から先が消失したまま説明する俺にリゼットが目を剥いて叫ぶ。
「血が! 血がー! 噴水みたいにー!?」
「うむ、ちょうどいいな」
俺は近くにあったグラスを手に取り血を注ぐ。
粘性を持った液体がなみなみと注がれたそれを刀花に渡すと、彼女は恭しくリゼットの食卓にコトリと置いた。
「ウェルカムドリンクです」
「ウェルカムしてないでしょ!?」
「合理的判断というやつだ」
ブチブチという音と共に右手を再生しながら言う。この技の危険性も知れる、血も供給できる。ウィンウィンというやつだな。そもそもこの技は敵の四肢を空間の隙間へ磔にし、切断するための技だ。元からして繋げるためのものではない。
「……ねぇ素朴な疑問なのだけどあなたって死ぬの?」
「無論だ。俺は無双であって無敵ではない」
「首落としても死ななそう」
「死にますよ。一時間以内に四九九回と私を殺せばの話ですけど」
「無理でしょ……」
その通り。だからこそ政府から存在を黙認されているのだ。たまにお叱りの電話がかかってくるが着拒してある。
「曲がりなりにも政府の暗部が俺を創ったのだからな、お叱りの電話も仕事してますアピールだ。あやつら程度に止められる我等兄妹ではない」
「はじめの頃は結構襲撃もされましたけどね」
ズルズルと麺を啜りながら回想する。リゼットも生卵を箸でぐるぐる溶かしながら恐る恐る聞く。
「……殺したの?」
「後始末のために真面目に働いてる人達はさすがに殺せませんよ」
「全員スクランブル交差点に全裸で縛って置き去りにしてやったわ」
「うわぁ……」
ケケケと笑う俺にリゼットはドン引きである。
殺されないだけマシというものだ、刀花の慈悲に感謝するがいい。
「あなた達って掘っていったら闇が深そう……」
疲れたようにそう言ってリゼットは俺の血が入ったグラスに手を伸ばす。
果たしてその血は主人の口に合うものか。血を味わわれるなど初めてのことだ、柄にもなく少し緊張する。
リゼットはグラスを光に透かし、揺らし、香りを確かめる。
「……こくっ」
そしてその可憐な唇で俺の血を迎え入れた。
舌で転がすように風味を味わい、鼻から香りが抜ける。
「……どうだ、俺の血は?」
「………………う、うーん」
おう……とても微妙そうな顔をしている。
「……ねぇ、あなたって血液型なに?」
「判別不能だ」
「何歳?」
「戸籍上では十七だが、実際は分からん。鍛造ならば平安だが」
「……」
リゼットは静かにグラスを置き、ナプキンでお上品に口許を拭った。そして──
「お、美味しかったわ。それともうお腹一杯だから。ごちそうさま」
「おい、露骨に気を遣うのはやめろ」
「うっ」
優しいご主人様だが、今はその気の遣い方は辛いだけだ。
「リゼットさんリゼットさん、兄さんの血ってどんな味がするんですか?」
刀花がワクワクしながらリゼットに問う。その内グラスに手を伸ばしそうな勢いだ、兄さんそれはどうかと思う。
「なんというか、その……」
リゼットは躊躇いながらもなんとか言葉をこねくりまわす。
「鉄分だ道を開けろ! って感じのパンチがあって……」
「あーイメージ通りですねぇ」
刀だからか? というかそのまま血ではないか。
「味とはそういうものなのか?」
「いえ、そういうわけでは……何かしらに分類されるはずなのだけれど」
A型ならお茶感覚、B型ならスポドリ、O型ならジュース、AB型は珍味らしい。
「あなたのは……なんだかホントに血だったわね」
「美味しい美味しくない以前の問題だな」
「まぁ兄さんっていろんな魂も血も入ってますし……」
食い合わせでも悪かったか?
少し残念だが、こればかりはどうしようもなさそうだ。
「すまないなマスター、これに関しては役立てそうにない」
「あっ」
俺がグラスを片付けようと声をかけると、リゼットはなんだか迷うような顔で声を上げた。
「うぅ……でもジンが初めてくれた血だし、久しぶりだし」
「無理するな」
そう言ってグラスに手を伸ばしたところで、リゼットは隠すようにしてグラスを抱え込んだ。
「け、眷属の献身に応えるのも、ご主人様の務めよ」
言い放ち、リゼットは毅然とした態度でグラスを傾け始める。ぎゅっと目を瞑り、少しずつ飲み干していく。まるで青汁のコマーシャルに出てくる人間のようだ。
「こく、こく……ぷはっ、う……」
「まったく、無理するなというに」
一気に飲み干したリゼットは身体をプルプル震えさせて唸り声をあげている。
別に捨ててもよかったのだが、俺から初めて貰った血だからと言って無理して飲み干すその健気さは俺の心に響いた。
「可愛いご主人様め、明日は通販で血が買えるよう環境を整えよう」
「うぅ~~」
目をバツ印にしてクラクラしているご主人様の頭を思わず撫でる。
リゼットは可愛らしく唸りながらも、こくりと頷くのだった。




