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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第四章 「無双の戦鬼と、屋上に咲く徒花」
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138 「マスターが寝かせてくれなくてな」



「よーし、今日のLHRは学祭の役員を……あー、その前に連絡事項からだな。まずは──」


 教壇に立つ男性教員が何か言っているが、俺の耳には全くと言っていいほど入ってこない。子守唄としても落第だ。

 秋のよく晴れたとある日。

 時折冷たい風が身体にしみる日があるように、たまに春かと錯覚するほどのどかな日和になることもある。今日の日和がまさしくそれよ。

 このような心地のよい日に、自分の教室であろうが眠らずになどいられるものか。

 大体なんなのだ、その“ろんぐほーむるーむ”とは。

 国語算数理科社会。英語すら"英語"と漢字で表記しているというのに、いきなり出てきてなんだお前は。スカした字面が気に入らんわ。貴様など"長いおうちの時間"で上等だろうが、ああ?


「うっつら……うっつら……」

「刃君、今日は一段と眠たげだね?」

「んー……」


 最早自分でも訳の分からん思考を重ねる中。

 隣から響く、窺うような綾女の声に力無く答える。

 ……いかんな。今日はなにやら大事な決め事があるから起きてなきゃダメだ、と綾女から言われているのだ。

 友の頼みごとを聞くのはやぶさかではない。だからこそ今日は机に枕も出していない。しかし……、


「あんまり寝れてないの?」

「ああ、昨夜な……」


 肩口をくすぐるカフェオレ色の髪が視界を掠める中で、俺は欠伸混じりに回想する。


「昨夜?」

「ああ……」


 昨夜。そう、昨夜に……、


「──マスターが、寝かせてくれなくてな」

「んっ――!?」


 そう……そうだ。

 あの英国直送吸血お嬢様が、それはもう……。


「ね、寝かせてくれなかったって……!?」

「……激しかったな」

「激しかった!?」


 うむ……。

 もう寝ようかと思っていた俺をいきなり呼びつけたかと思えば、


『格ゲーの練習相手になりなさい』


 と、いきなりゲームのコントローラーを渡されたのだ。

 そこからはもうトレーニングの嵐……というよりは、ストレス発散だったなあれは。

 おそらくネット対戦で負けて、俺という初心者を相手に勝鬨を上げ気持ちよくなりたかったのだろう。


「マスターばかり気持ちよくなっていたなあ……」

「き、気持ちよっ──!?」

「この俺もヤられるばかりで手も足も出ず……」

「へ、へへへへえ~……い、意外、かも……」


 なにやら顔が真っ赤になっている綾女に首を傾げる。意外なものか。

 俺が機械が苦手なことは綾女も知っていように。

 だがこの戦鬼、たとえピコピコといえど闘争となれば負けてばかりではいられぬ。


「だが途中からは俺も慣れてきてな……」

「そ、そうなんだ……?」

「ああ。ハメた」

「ぶっ──!?」


 なんだ……?

 綾女が咳き込んでいるが……ああ、最近風が冷たいものなあ。冷えた空気が喉に入ったのやもしれん。


「けほっ、けほっ……じ、刃君! そういう直接的な表現はダメじゃないかな!」

「直接的……?」


 まだ詳細は言っていないだろう。

 慌てたようにわたわたと言う綾女に言葉を重ねる。


「いやマスターの弱点を見付けてな。そこを俺が編み出したハメ技で執拗に突きまくってだな」

「弱点を執拗に突きまくる……!?」

「途中からはもう何度も泣かせたな、ベッドの上で」

「わ、わっ……!」


 なんでも「目が悪くなった気がするわ……」と最近はテレビから離れ、ベッドに腰かけてゲームをしている我が主。

 昨夜もベッドに座る俺の膝にちょこんと腰かけ、ご満悦であった。


「だが、哀れなものよ。身体中まさぐられるとも知らずに」

「ベッドの上で、まさぐる……!」


 時たま腕の中にある、上質なサテン越しのすべすべふにふにしたお腹に手を伸ばせば俺も涅槃の心地を味わわずにはいられない。「も、もう……イタズラしないの、こらっ」と満更でもなさそうに言ってペシリと手を叩くあの感触も癖になる。

 そうして現実面でも妨害したがゆえに、リゼットは悔しさに涙を流しベッドに沈むしかなかったのだ。


「慣れぬ姿勢だったからか腰も痛いな……」

「つ、強くしたんだ……?」

「む……? そうだな」


 涙を飲んで「その技ウチじゃノーカンだから……!」と対戦を続けた甲斐あってか、リゼットは短時間で強くなった。

 覇者たる俺を従える者もまた、覇者であり王者であらねばならん。あらゆる面で我が担い手を強くしてしまうとは……俺も妖刀として誉れ高い。

 うんうんと頷く俺を、綾女はなぜかだらだらと汗を流し頬をひくつかせていた。


「そ、そっかー、そうなんだー……へー、そそそそうなんだぁ……」

「なんなら綾女もやってみるか?」

「はいっ!?」


 ガタン、と机に足をぶつけて痛がる綾女を宥めながら、これはいい案だと頷く。

 たまにであればいいのだが、夜中に頻繁に起こされるのもそれはそれで辛いと思っていたのだ。リゼットのゲーム仲間が増えるのは良いことだろう。


「知っているぞ、最近は通話をしながらできるのだろう?」

「電話で参加!? それは特殊過ぎじゃ……!」

「ああ、別に屋敷に来て混ざるのでもいいのか」

「そ、それって……さささささんぴ──」

「刀花も喜ぶな」

「よんぴ──!?」


 ボフッと、頬が沸騰していそうなほど赤く染まった綾女は「私、もう何がダメなのか分からない……」と譫言のように呟いている。

 なんだ、今から発奮しているのか? もしやゲーマーというやつだったのか綾女は。

 それは好都合。そう思うと安心してさらに眠たくなってくるな。


「……よし、では綾女がマスターの相手をしてやってくれ……」

「え、私がリゼットちゃんの!? 刃君相手じゃなくて!?」

「何を、訳の分からんことを……」

「私がそれ言うべきじゃないかなあー!?」


 ああ、ダメだ……もう目蓋が落ちる。


「任せたぞ……」

「何を!?」

「かくげー……」

「どういうテクニックそれ!?」


 さらばだ、綾女。

 ああ、最後に。リゼットの弱点は……、


「待ち……ガ○ル戦法……」

「格ゲーの話だこれーーー!?」


 なんの話だと。

 徹頭徹尾その話だっただろうが……?


 綾女のよく分からない思考回路に疑問を覚えつつ、これからは綾女にゲームの相手をしてもらえるという安心感に包まれ、俺は夢の世界に旅立つのだった。


 ──しかしこれのおかげで、俺は手痛い不意打ちを食らってしまうことになる。




 ……か、格ゲーの話でいいんだよね!?


「刃君っ、刃君っ!」


 ああ、ダメだ。肩揺すっても全然起きないよ……。


「……もう」


 あービックリした。

 私ったらてっきり、その……ね?

 え、えっちなお話かと……ああもう恥ずかしいなあ!


「じゃあ学祭の役員決めるぞー。立候補者はいるか?」

「──あ、はい」

「おお、薄野やってくれるか。いつも悪いな……辛かったらいつでも言うんだぞ?」


 ほとんど条件反射で手を上げ、立候補する。

 先生は心配してくれてるみたいだけど、去年もやったし……なにより学園祭を手伝うのは良いことだからね!


「あとは男子から一人……誰かいるかー?」

「……」


 教室に沈黙が満ちる。

 あはは、まあ結構調整とかで面倒な仕事だからね……声が上がらないのは仕方ないかも。

 聞こえるのは男子達がヒソヒソ相談する声と……、


「くかー……」


 隣で呑気に寝息を立てる……私だけの親友君の吐息だけ。


「幸せそうに寝て……」


 少し、唇を尖らせてみる。

 さっきは話を聞いていてビックリしっぱなしだったけど……、


「いいなあ……」


 刃君は仕事みたいな感じで言ってたけど、これって同棲の話だよね……それも好きな人との。

 リゼットちゃんに刀花ちゃん。おはようも、お休みも、ずっと一緒なんだよね。

 そう考えると……やっぱり、羨ましい。

 だって、私も──、


「誰かいないのかー?」

「あ……」


 だから。

 だから今日は起きててもらって、役員に一緒になってもらいたかったのにな。

 最近お店にはよく来てくれるけど……それだけ。

 夏みたいに一緒にお出かけしたり、同じこと目指して一緒に悩んだり、一緒に頑張ったり、一緒に笑ったり……一緒に、一緒に……。


「うぅ~……」


 寂しいんだよぉ……。

 君と一緒に、何かしたかったんだよ……そう考えるのは、ダメなことなのかなあ……?


「いないのなら──」

「あっ……」


 黒板に書かれた薄野綾女の文字の隣。

 その寂しげな空白に、どうしても彼の名前を入れたくて……!


「は、はい!」

「ん、どうした薄野?」

「あ、え、えっと……」


 咄嗟に上げてしまった手はもう引っ込みがつかず。だけど先生の視線に答えられるというわけでもなく。

 うぅ、ダメなことしようとしてる……本人に了解も取ってないのに。

 絶対、彼にとって気に入らない仕事だと思う。リゼットちゃんや刀花ちゃんじゃなく、クラスのために動くことになるから。

 彼が認めた人にしか奉仕したがらないのは私だってよく分かってる。

 でも……でも……!


 ──私だって、好き……なんだよ。


 あの時からもう伝えたことはないけど。

 だけど君は全部お見通しな感じで、たまに私をからかって。

 自分でもなんだかずるいって思うけど……好き、なんだよぉ。私とも一緒にいてほしいんだよぉ!


「えっと、じんく──酒上君が、その」


 だから、ごめんね?

 でも、親友に迷惑をかけるのはダメなことじゃないって、君は言ってたよね?

 だから……かけちゃうからね? 言質は最初から取ってるんだからね?

 それにさっき話を聞いてる時、なんだか胸がちょっぴり苦しかったし……うん、全部刃君が悪いんだから。


「学園祭の役員は、私と──」


 そうだよそうだよ。


 看板娘の不意打ちも躱せない、油断しきってる無双の戦鬼さんが悪いんだからね?


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