123 「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも──」
喫茶店の営業も終わり、とっぷりと日が暮れた森の中を行く。この道を歩くのも、もうすっかり慣れてしまった。
「こういったものも久しぶりだな」
屋敷の暖かい光が見えてくる中、片手をひょいっとあげれば小綺麗な白い箱が揺れる。中身は三人分のケーキだった。
策を練った初日の営業は大きなトラブルもなく、成功の内に幕を下ろした。このケーキは、薄野家からのほんの気持ちだという。
「今帰ったぞ」
バイト漬けの時代には、刀花の寂しさを少しでもまぎらわせようと、仕事帰りによく妹好みの菓子を買って帰ったものだ。
そんなことを思い出しながら、今俺が帰るべき屋敷のドアを開ける。
……そうすれば、昔と同じようにパタパタとスリッパを鳴らす音が食堂の方から聞こえてきた。
喜びの色を隠さない、弾むような足音が。
「兄さん、お帰りなさい!」
「おっと」
そうしてそのまま。
食堂から飛び出してきた可愛い妹を片手で受け止めれば、バニラのように甘い香りが鼻をくすぐる。
グリグリと甘えるように押し付けられる頭と共に、艶やかなポニーテールがその気持ちを表すようにブンブンと揺れていた。
「お疲れ様です、兄さん。ふふっ」
こちらを労いながら胸の中で笑う刀花は、エプロンを着用している。おそらく俺の「今から帰る」というメッセージを見て、晩御飯を温め直してくれていたのだろう。
「兄さん、兄さん」
「む?」
まるで新妻のようないじらしい妹の気遣いに、じーんと静かに感動していれば、刀花はなにやら悪戯っぽく声を弾ませる。なんだ?
こちらの胸に顔を埋めていた刀花は、よりその柔らかい身体をこちらに密着させる。そのおかげで、こちらに押し当てられていた彼女の豊満なバストがさらにむぎゅっと潰れた。
魅惑の感触に酔いしれていれば、刀花はちょっぴり背伸びをし、こちらの右耳にその可憐な唇を寄せる。
「──ご飯にしますか?」
囁くような甘い声に、背筋がゾクリと震えてしまった。
俺が目を見開く様子を確かめ、クスリと笑う妹は位置を変え、今度は左耳に狙いを定めた。
「──お風呂にしますか?」
吹き掛けられる吐息がこそばゆい。
密着した状態で下を見れば、彼女自慢のポニーテールと少し色付いたうなじが視覚を襲い、聴覚とのダブルパンチでこちらの意識を容赦なく刈り取ろうとする。
し、知っているぞ。これがリゼットの言っていた最近流行りのえーえすえむ……ん? えす、えむ? ハードなえすえむ……分からんっ!!
とにかくあれだ、すてれおだ。妹すてれおさうんどだ!
この俺をもってしても造り出せぬ、戦鬼だけを殺す兵器か……!
「それともぉ──」
そんないつもより色気溢れる妹は、一瞬だけこちらの耳たぶを「はむっ♪」と食んでから顔を離し、胸に頬擦りをしながらトドメを刺すべく言葉を紡ぐ。
ほそっこい指でこちらの胸をツンツンと指でつつきながら、彼女は上気した頬もそのままに、上目遣いでその言葉を口にした。
「──と・う・か?」
「──」
……愚問だった。
「飯を喰いながら風呂に入ってお前を抱き締めるッッッ!!」
「きゃあん、兄さんったらケダモノ~♪ でもそう言うと思って、お風呂でも食べられるようラップに包んだおにぎりを用意しておきました!」
でかした!
俺は刀花の手を引き、飛ぶ勢いでキッチンへ。持っていたケーキの箱をおにぎりの載ったお盆と交換して掻っ攫い、そのまま脱衣所へ突撃して妹と服を奪うかのごとく脱がし合う!
そうして互いに生まれたままの姿であることを確認し、俺は勢いを殺すことなく浴場のドアを欲望のままに開け放った!
「──ということで邪魔するぞマスタぁー!!」
「おにぎり頬張りながら裸の妹抱えた全裸の変態よーーー!!??」
湯船から響く悲鳴も無視し、片手にお盆、もう片手に「きゃあきゃあ♪」と楽しそうな妹を抱えたまま湯船にダイブ。
ザバーン、と俺のテンションを反映したかのような大きな飛沫が上がり、暖色の照明がそれを宝石のようにキラキラと照らした。
「ふぅ……やはり妹を抱き締めて風呂に入りながら喰うおにぎりは格別の味わいがあるな」
「私は今自分の眷属を警察に突き出すべきかどうか本気で悩んでるわ」
「俺を縛る法など無い」
「最近それ言っとけばいいって思ってない?」
まとめた金髪から被った湯をポタポタと垂らし、じっとりとした目でこちらを見るご主人様。
先客であった彼女は既に傍らに置いてあったタオルをそそくさと身体に巻き、警戒するように入浴剤で濁った湯に身体を沈めていた。
「モグモグ……刀花、髪を」
「はーい♪」
そうして妹の愛情が込められたおにぎりを咀嚼しながら、こちらに笑みを浮かべて抱きついたままの刀花の下ろした髪をまとめる。湯に浸かったまま傷んでしまえば、それは世界の損害である。許すことはできない。
「むふー、兄さんに髪まとめてもらうの、私好きです」
「俺も好きだ。……勢いのまま連れたが、そもそも風呂には入っていたのか?」
「まだでしたよ。可愛い妹は兄さんと一緒にお風呂に入る機会を虎視眈々と狙っているものなのです。これ、世間の常識ですよ?」
「世の妹に対する風評被害がすごいわね」
どうやら待っていてくれたらしい。
久方振りの労働で消耗した俺を慮り、少しでも癒せるようにという妹の愛に俺は滂沱の涙を流した。
「くぅ、今日は念入りに俺が髪を洗い、背中を流そう」
「やったあ! ……あ、タオル忘れちゃいましたね。脱ぎ散らかしたお洋服もちょっと片付けてきます」
諸手を挙げて喜ぶ刀花は「洗濯機も回さないと」と言って、俺の目の前で立ち上がり一旦湯から上がる。
その姿は無論、一糸纏わぬ姿。恥ずかしげに少しはにかみながらも、手で隠すこともなく妹の成長を兄の目に焼き付けんとする。
脱衣所へ向かってペタペタと歩くその度に、ツンと上を向いた大きめのお尻が弾み、ボリュームのある胸が重力に従いたゆんと揺れていた。
風呂の熱か恥じらいからか、髪を上げたことで丸見えの染み一つない背中の肌は少々朱が差しており、より魅力的に映る。
ああ、最早美術品だな。いつの間にこの屋敷の風呂はルー○ル美術館になったのだ? きっと俺が忙しく働いている間に改築していたのだなあ……。
「こら」
そんなことを思っていれば、頬にピュッとお湯の感触。
視線を動かせば、我が主が不満げに目を細めて水鉄砲をこちらに食らわせる様子が見てとれた。
「見過ぎよ、変態」
「妹の成長を確かめるのも、兄の務めなのでな」
続けてまたピュッピュッと、彼女の組んだ手から生み出される水弾を首だけで避けながら妹に思いを馳せる。
上から92、60、88といったところか。ウエスト含めスクスクと成長中。持って帰ってきたケーキも、きっとその糧となろう。主にウエストの。
「マスターはもっと喰った方がいいな。腰が細過ぎる」
「こ、こっち見ないでよ変態。それに女の子に太れって言うの?」
「抱き締めていると折れてしまいそうで不安になる。抱き心地は抜群だが」
「だ、抱き……わ、私は今の体型が気に入ってるの。バランス派なの!」
「その割には牛乳飲んだり、寝る前の豊胸ストレッチを欠かさないようだが?」
「ししししししてないわよそんなの! バカじゃないの!?」
イヤホンをせんと隣室だろうが戦鬼の耳には聞こえるぞ。イヤホンしていても聞こうと思えば聞けるが。
「リンパ・血流を刺激して育乳をサポート~」
「わー!? きゃーきゃー!?」
覚えていた動画のワンフレーズを口ずさめば、リゼットは顔を真っ赤にして暴れだす。
彼女はこちらへ急接近し、ガクガクと俺の肩を揺さぶった。
「忘れなさい!」
「別に小さいわけでもないからよかろうと思うぞ、我が88センチのマスター」
「はちじゅうはっ……えっ? 嘘、私そんなに成長した?」
「すまん間違えた、88は刀花のヒップだった」
「あーなーたーねぇー!!!」
逆だったかもしれん……。
がおー、と牙を剥くリゼットはさらに暴れ、おかげでタオルに包まれた程よい83センチの胸の谷間がチラチラと見え──いや、待て!
「84、だと……?」
「え、え? ほんと? ほんとに?」
「ああ。戦鬼、嘘つかない」
「や、やった! あわわ……」
怒りの表情から一転。
喜びにバシャッと立ち上がるが、俺に見られているのを思い出し、頬を染めてブクブクと沈んでいく。下は53、80だな。花瓶かお前は。
「ふ、ふふふ……ストレッチが効いたのかしら。それとも……」
「先程は否定していたろうに……」
「うっさいわね。女性として成長するのはいいことよ」
そんなこと言ったら支部長の六条は女として成長していないということになるぞ。俺は初めてあやつに憐れみを抱いたかもしれん。
「好きな人と一緒にいたら女性ホルモンが出るって本当だったのね……」
自分の胸をむにむにと触りながら、リゼットはそんなことを呟いている。
「やっぱりトーカも長い間ジンといたから、あんなに大きく……?」
「小さい頃から頭角は表していたぞ。よく俺も小学生の刀花の胸を揉んでやったものだ」
「おにぎり喉に詰まらせて死ねばいいのに」
「誤解だ」
今までで一番冷たい目をしたご主人様に否定を返す。
「高学年あたりから急速に成長し始めてな。成長痛が酷く、よくマッサージをお願いされたのだ」
「ふ、ふーん……?」
『お兄ちゃん、お胸が痛いんです……いっぱい触って?』
と、潤んだ瞳でよくねだられたものだ。他意はなかったはず。多分。おそらく。いや分からん。
幼き日の刀花を幻視していると、リゼットはなにやらチラチラと控え目にこちらを見る。その頬はなぜか赤い。
「……い、異性に胸を揉まれたら大きくなるっていうのは、よく聞くわよね」
「どこで」
「ネットで」
インターネットには真実がたくさん転がっているというのは本当か?
「ね、ねえ」
リゼットは心配になりそうなくらい顔を赤くしながら、モジモジと身体をくねらせる。
紅玉の瞳を濡らし、耳の先端まで真っ赤にした我が主は恥じらいながら言葉を紡いだ。
「……あなたが触れば、私のも……お、おっきくなると、思う……?」
「!!」
聞き間違えでなければ。
それは……触っていいということか!?
「お、”オーダー”!『落ち着きなさい!』」
「うっ、ふう……なんだ、藪から棒に落ち着けなど」
「だ、だって今あなた、すごい目、したから……えっち……」
そらそうなるわ。鬼なめとんのか。無双の戦鬼ぞ?
いかん、あまりのことにキャラがぶれてしまった。
「ほどほどにな。道具は主人を傷付けられはしないが、あまり鬼の部分を刺激すると我を忘れて襲ってしまいそうになる」
「ど、どういうことになるの……?」
「ん、それはだな……ゴニョゴニョ」
「っっっ!!??」
耳元で『どうなってしまうのか』を脅しのつもりで具体的に囁けば、リゼットはそれはもう真っ赤っかになった。
「気を付けるように」
「っ! っ!!」
涙を浮かべた目をギュッと瞑って、彼女はコクコクと何度も頷く。いい子だ。そういうことを無理矢理で終わらせたくはないだろう?
「い、今は……?」
「オーダーの影響か、劣情は消え去った。問題ない」
仏の心とはこのことか。
今ならばたとえ人間に糞を投げ掛けられても、半殺しで済ませることが出来るだろう。いややっぱり殺すわ。
「じゃ、じゃあ……今なら別に大丈夫ってことじゃない? むしろチャンス……?」
「なぜ……」
人の話を聞いていなかったのか……?
いや確かに今の仏の俺ならば、彼女の胸を触ったところで特に何も感じないだろう。あー、柔らかいなーくらいしか思うまい。
「だ、だって……トーカだけずるいし……」
モゴモゴと言う。
それは胸が大きいことに対してなのか、俺が触れたことのあることに対してなのか……。
「ほ、ほら……」
ツン、と。
視線を逸らしながら、彼女はタオルに巻かれた胸を前に反らす。端正な顔から汗が流れ落ち、白い喉を伝ってその綺麗な谷間へと落ちていく様がよく見えた。
その様はなんとも……なん、とも……?
「オーダーはすごいな、まったくエロいと感じん」
「あなたね……ご主人様の胸に言うに事欠いて」
「よーしじゃあ触るぞー」
「雰囲気! あ、や、ちょっと待って!」
待たん。
トキメキを奪われたら、残るものは最早作業なのである。
「あ、あ……や──」
息を呑むリゼットに、俺はのそのそと手を伸ばしてその程よい膨らみを──、
「ややややっぱりダメ淑女のやることじゃなかったわ女性ホルモンって赤ちゃんの声聞いても出るらしいからやっぱり赤ちゃんの声出してー!!」
この無双の戦鬼に赤ん坊の真似事をしろと!?
「いいだろう」
「結構無茶言ったと思うんだけどいいんだ……」
「ママーオギャー!」
「ちょっと待って展開早過ぎてついていけないから。あとなんで私こんな人好きになったのかしら」
「──ママと聞いて!」
「なんなのトーカ!?」
主の命に従いオギャっていたら、洗濯機を回し終えたのか刀花が帰ってきた。その身体はきちんとタオルに包まれている。胸が溢れそうだが。
そんな彼女はよいしょ、と湯船に入り得意気に胸に手を当てた。
「ママと言えば私ですので」
「なんで……」
「兄さんは私の魂を含めて生まれ落ちたので、私が生んだようなものです。それは実質、私が兄さんのお母さんということになるのではないでしょうか?」
「なるほど、一理ある……」
「ある?」
主の疑問の声を流し、ふむと頷く。
刀花は俺の母になってくれたかもしれない女性だったのだ!
「はーい、刃ちゃん、おにぎりモグモグちまちょうねー、おいちいでちゅかー?」
「刀花ママぁ……」
「きっつ。あなた達"常識"って言葉に失礼だって思わないの?」
「常識すら斬り伏せるのがこの俺、無双の戦鬼だ」
「妹にオギャってる男に斬られる常識さんの気持ち考えたことある?」
ない。
「むふー、ごっくんできまちたか? いい子でちゅねー、ご褒美にママがチュッチュッてちてあげまちゅからねー♪」
「唇にキスする母親がどこにいんのよ。あ、こらっ、やめなさい教育に悪い! やっぱりあなたには任せておけないわ、私がこの子を預かります!」
「ダメです! 刃ちゃんは将来私が美味しくいただけるよう、いい子に育てるんです!」
「倫理! 私が引き取って立派なジェントルマンに育て上げるわ!」
「リゼットさんだって美味しくいただいちゃうつもりじゃないですかー!」
「は、はあ!? そそそそんなことないわよ失礼ね!」
「ほーら刃ちゃん、刀花ママが口移しでおにぎり食べさせてあげまちゅからねー、んー♪」
「虫歯菌のリスクがあるからやめなさい。ジン、こっちのおにぎりを食べなさい! 一口ずつ分けてあげるから!」
ああ、俺はなんと幸せな鬼なのだろう。
目の前にはおにぎりを咥えた可愛い妹と、小さくちぎったおにぎりをこちらに差し出す美しいご主人様。
そんな二人に囲まれる俺は、きっと特別な存在なのだと感じました。そう、愛しい少女達にこのように甘やかされて……ん? 甘やか、される? この……俺が?
──愛しい少女達に仕えるべく、奉仕すべく生み出された……この無双の戦鬼が?
「オロロロロロロロロロロロロロ」
『わ゛ーーーーー!?』
唐突にえづき出す俺に、二人は悲鳴を上げる。
なんということだ……流れに身を任せすぎてしまった。
「俺は……俺は……!」
「じ、ジン?」
「兄さん?」
窺うように覗き見る二人に、俺は俯かせた顔をガバッと上げた!
「──俺が甘えてどうするのだ俺が甘やかしたいのだ!!」
「そ、そう……」
「まあ兄さんはそうですよね」
履き違えてはならない!
俺は覇者であっても王ではない。玉座に座るべきは少女達であり、俺はその身を飾る王冠に過ぎないのだ。玉座に王冠のみが乗ったところで意味などないのだからな!
「危うく本懐を忘れるところだったぞ……」
「完全にハーレムでしたね」
「は、ハーレムて……」
大奥のことか?
俺が多数の女性から奉仕されるなど存在の根幹が揺らぐわ。
俺が認めた複数の女性に、俺が馬車馬のように奉仕する大奥であれば一考の余地はあるが。いやむしろそれがいい。
「──二人とも来い、髪と背中を洗ってやる。甘やかすとはどういうことなのか、その身に刻んでくれる」
「きゃあん、強引な兄さんも好きですぅ♪」
「ちょっ、引っ張らないで! タオルが、タオルがー!」
やはり俺はこちらの方が落ち着く。
彼女達の髪と背中を流しながらそう思う。彼女達の心地よさげな声を聞けば安らぎを覚えるのだ。こうでなくてはいかん。
「まったく、久方ぶりの労働で少々精神がやられていたのかもしれんな」
「ぷはっ。明日は日曜ですけど、明日も出るんですか?」
「ああ」
「回転率下げちゃ悪いと思って行かなかったけれど、どんな感じなの? ……あ、私のシャンプーそっちだから」
「悪くない。お前達のおかげだ」
片手ずつで二人の髪を優しくわしゃわしゃしながら、感謝を述べる。
そうすれば二人はくすぐったそうな笑みを浮かべた。その笑みを見るだけで、俺は戦える。
……きっと明日も今日のように、一日中仕事に集中せねばならん時間が続くだろう。
だから今のうちに、と。共に戯れながら、二人の笑顔を見てそう確信する。
(これだけ人気になれば、土地を売らずとも借金を返せる額が貯まるかもな)
ククク、とほくそ笑みながら俺は明るい展望を抱き、少女達へと全霊の奉仕をするのだった。
──だが、やはりと言うべきか。
そう上手くはいかないものなのだなあ……。




