122 「やっぱりもうダメかも……」
変身願望というものがある。
今とは違う自分になりたい、自分とかけ離れた別のモノになりたい、と。
現状に不満を持っている者こそ、そういった考えに至るらしい。しかしたかが人間風情に、今の自分を捨て去ることなど簡単には出来はしない。
……だが、それが懇切丁寧にお膳立てされたものであればどうだ?
つまるところ、“映え”とはそういった心理を利用したものなのかもしれん。
まあ、何が言いたいのかというと……、
「や、やっと休憩が取れたよ……」
「そら、サンドウィッチと紅茶だ。レモンでよかっただろう?」
「う、うん。よく分かったね、私の好み……」
「これでも少しばかり、英国貴族のお嬢様に仕えているのでな」
ダンデライオンのバックヤードにフラフラと入り、机の上にぐでっと身体を預ける綾女に少し遅い昼食を出す。父君が事前に作成しておいてくれたものだ。
「ふう……いただきます!」
一息つき、サンドウィッチをパクつく綾女は多少疲労した様子だ。朝から今まで足を動かしっぱなしだったからな。
だが、その顔はやつれるどころか、久しぶりに感じる疲労感と充足感に輝いているのだった。
「しかし、これが嬉しい悲鳴というやつか」
「いやあ、すごいよ。初日とはいえ、こんなにもお客さんが来てくれるなんて!」
そうなのだ。
新しいセットメニューと店員を加えたのが本日。
開店した瞬間はいつも通り閑古鳥が鳴いていたものだが、徐々に、徐々にとその数を増やし、昼食時など店先に数人の列が出るほどであった。
「どうやら“お嬢様”気分を味わいたい人間が、この辺りには多かったようだな」
綾女の対面にどかっと座り、鼻を鳴らしながら一枚の画像をスマホに映し出す。
──豪奢な金髪を蓄えた少女が、カップを片手に窓の外を見ている。後ろ姿しか見えず、その相貌が何を思っているのかは分からない。しかしそれが逆にこちらの想像力を掻き立てる、奇跡の一枚であった。
添えられた一文はこうだ、“お嬢様に、ひとときの安らぎを”
「宣伝用に流したこれが、よほど反響を呼んだらしい」
「うちがレンガ造りでよかったよ……」
苦笑を浮かべる綾女に頷きを返す。
そう、セットメニューに付随して宣伝用の写真を撮ったのだが、これが刺さるものに刺さったのだ。
現在、ダンデライオンは昼食時を少し過ぎた頃。
しかしフロアにはまだ客が数多くひしめいている。その客層のほとんどが、若い女性だった。
「ふ、窓際席を増やさねばな?」
「あはは、そうかもね」
無論、彼女らが希望するのは窓際の席。
写真の少女……リゼットが座っていた席だ。そこでカップを傾け、顔が映らないよう写真を撮る。そうすれば、簡単に“映え”の出来上がりというわけだ。
「後ろ姿だけっていうのもよかったよね」
「ふん、我が主のようになりたいなど、おこがましいにも程があるがな」
リゼットが顔を出していればこうはいかなかっただろう。彼女は絶世の美少女だ。相対すれば“こうなりたい”より先に“感心”を覚えるほどには。
「だが、後ろ姿だけであれば」
──なれるかもしれない、となるわけだ。
異国情緒溢れる店先でお茶を楽しむ、深窓のお嬢様に。
それはまるで魔法少女のステッキのように。それを千円程度払えばお手軽に味わえるというのだからな。魔法少女のグッズが売れるわけである。
「ククク、愚かな人間の心理を突いた策。さすがは我が主と妹だ。ハーハハハハハハ!!」
まったく、美貌だけでなく商才もあるらしい!
俺は鼻高々だった。哄笑も出るというものだ!
「う、うーん、君も大概だったと思うけど……」
少女達の尊さに高笑いしていると、綾女は苦笑しながら俺に言及する。
「戦闘機出すのはやり過ぎだよ……」
「はっ、チマチマとチラシなど配っていれば日が暮れるわ」
ネット以外の広報もバッチリだ。
飛行機雲で宣伝の文字を描き、さらに上空からチラシをばらまく。一石二鳥だろうが? 空自を振り切るのは手間だったが。
「炎上するかと思ったよ……」
「ゴミにならぬよう落ちたチラシは回収した。抜かりはない」
「そこじゃないと思う……」
主にはたっぷりと怒られたが。だがそれもいい。叱っていただくという精神、大事にしたい。
「まあ、そういった話題性の発露というわけだな」
席を立ち、チラリとバックヤードからフロアを覗く。
席には年若い女性客。それを変貌した幾人の“俺達”が次々にもてなしている様が見受けられた。
「うっ、目眩が……」
「だ、大丈夫、刃君?」
その光景を見てふらつく俺に、綾女は心配そうに声を掛ける。
まったく、あり得ない。我が奉仕を人間風情が甘受するなどと。あってはならないことなのだ!
「というわけで……ブスリ」
おもむろに自分の頭にクナイを突き刺し、綾女の「うへぇ……」というドン引きの声も置き去りにして、
「我流・酒上流幻術──幻影刃」
網膜や鼓膜を誤魔化すのではなく、完全に脳に焼き付ける。
それはにこやかに談笑するご主人様や、お菓子を頬張る可愛い妹の姿。脳髄に刺さった刃から、その情報一色に脳を染め上げる!
「おぉ……おぉ……!」
そうすればどうだ。
俺の奉仕を受けるに値しない、腐った人間どもの姿が……愛しい少女達へと姿を変える。
それもたくさん! いっぱい! 視界を埋め尽くす勢いで!
「へ、へへへ……ご主人様と所有者がいっぱいだぁ」
「じ、刃君、目がイッちゃってるよ……」
効くなぁ……これは。
見るがいい、フロアに出る“俺達”も幸せそうに働いている。
「いくら接客が苦手だからって、それ合法なの?」
「ふぅううぅぅぅうう~~~…………無論だ」
「絶対嘘だ……」
全身を歓喜に痙攣させる俺に、綾女は引きつった笑みを浮かべている。俺もこれ以上は危険と悟り、愛しい少女達で溢れるフロアから視線を切り席に戻った。
仕方あるまい。どうしても接客だけは改善出来なかったのだ。しかし、綾女を手伝うと決めた手前、失敗は許されない。
そうして編み出したのが、これだった。人間相手に不満があるならば、いっそ変えてしまえばいいと。
「大丈夫? 後遺症とかない? 中毒性とか」
「問題ない。事前にリゼットニウムとトウカニウムをたっぷりと蓄えておいたからな」
「なにそれ」
「リゼットと刀花のうなじから吸引可能である希少なエネルギー源だ。これを昨夜、大量に摂取することにより、この技を可能としている」
「絶対麻薬だそれ……」
刀花は喜んで提供してくれたが、リゼットは羞恥で死んだ。
尊い犠牲だった……おかげでお前の下僕は元気に働けているぞ。
「ま、まあよかったよ、改善されたのなら……いやいいのかな……」
「余計な手間も増えたがな。失敗するよりはマシだろう」
その“余計”を思い出した俺は、不快げにウエイター服のポケットから数枚のメモをガサガサと取り出し、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱にシュートした。
「? 何、今の?」
「客の連絡先だ。何を勘違いしたのか、接客するうちに何人か渡してきたのだ」
「えっ!?」
ガタッと机を揺らす綾女を横目に、俺は吐き気を堪えてえづく。
主や妹の姿を取っているからといって調子に乗りおって。
俺のスマホには彼女達の連絡先が既に入っているため、そういう矛盾が露呈することをされると催眠が解けかけるからやめろというのだ。結構ギリギリのところに立っているのだぞ俺は!
「まったく、お嬢様になりたい客層を狙ったとはいえ、恭しく接客しすぎたか……」
「……ふーん」
「店員の姿は全員女性にすべきだったか。しかしそれでは男性に茶を出されたいという客のニーズがな……」
「……そだね」
「それともリゼットの下僕として板がついてきたことを喜ぶべきか……どう思う綾女?」
「……どうかな」
む?
いくらか淡泊な返答に、むむむと悩んでいた顔を上げてみれば……
「……良いことだと思うよ、モテることは」
プクッと。
なにやら頬を膨らませ、湿っぽく目を細める珍しい姿の綾女がいた。
お餅のように膨らむ頬は柔らかそうで、少女のあどけない顔を更に子どもっぽく彩っている。細められたその目からは、ありありと不満が見て取れた。
彼女と出会ってから今まで、初めて見る顔だった。
「何か言いたげな顔だな」
「べ、別にっ。お客さんの信頼に応えるのは良いことだからね、うん……うん」
綾女は視線を逸らし、誤魔化すようにしてサンドウィッチをパクつく。その台詞は、俺に言うというより、自分に言い聞かせているようであった。
「……そうか。さて、お前に茶も出せたことだ、俺もフロアに出るとしよう。その前にもう一度、幻影刃をキメて──あぁ~」
「ね、ねえ」
「あぁ~~~……ん、なんだ」
白刃を通して追加のリゼットニウムとトウカニウムを脳に注入していると、なにやら席にちょこんと座った綾女が言いにくそうに口をモゴモゴさせている。
「そ、それってさ、リゼットちゃんや刀花ちゃんで誤魔化してるって事でしょ?」
「そうだな」
肯定すれば、彼女はスカートをギュッと握り、足をモジモジと動かした。
「……わ、私は?」
「む?」
聞き返せば、彼女は顔を真っ赤にしてわたわたと慌てた様子で捲し立て始める。
「あっ、いや! その、誤魔化せる対象は多い方が良いんじゃないかなぁって!」
「ふむ、一理ある」
「こ、この前刃君も言ってたじゃん!? 限定的にお前に仕えるのだと言えなくもないって!」
「確かに言った」
「だからそのっ、私の──!」
顔をバッと上げた綾女は、しかし俺と目が合うと再び顔を俯かせる。そうして、ギリギリ聞き取れるかというようなレベルでこう紡いだのだった。
「…………あ、アヤメニウムは、いかがですか?」
耳まで真っ赤に染めて。
小さな少女は確かにそう言ったのだった。
「う、うぅ……」
耐えきれないのか、彼女は机にガバッと蹲る。羞恥に震えるその様は、昨夜のリゼットを思わせるものだった。
そんな姿を見て、俺は……、
「素晴らしい献身だ……!」
大いに感動していた。
恥ずかしいだろうに、彼女は店の売り上げのために恥を捨てたのだ! なんと尊い犠牲か! その姿はまさに聖女そのもの!
ならばこの戦鬼、その心意気には全霊をもって応えねばなるまい。
「では、失礼するぞ」
「え、いきなり──ひうっ!?」
彼女のカフェオレ色のショートカット。肩口をくすぐるその髪を、少しだけ掻き上げる。
そうすれば、雪も恥じらうほどの白く美しいうなじが露出した。恥じらいからか、少し汗ばんでいる。
「ままま待って! 汗拭いてから!」
「その香りが強ければ強いほど、その粒子を濃く摂取できるのだ」
所感だが。好みとも言う。
慌てる綾女に、しかし俺は問答無用で鼻を近づけた。恥ずかしかろう、早急に終わらせねば!
「ひゃっ、~~~~~~~~っ!?」
大きく吸えば、少女は身体をビクビクと震わせる。
途中大きな声が出そうになったが、彼女は咄嗟に袖を噛んで耐える。こんな時ですら客の安寧を保とうとは……天晴れ!
その間に、着実にアヤメニウムを体内に取り込んでいく。
挽きたてのコーヒーのような芳しい香りと、汗の甘酸っぱい香りが入り交じり、我が脳内を主と妹共々、綾女色に染め上げる。充填率八十パーセント!
「んっ、ぁう……ま、まだぁ……?」
「もう少しだ」
「んっ、んっ!」
涙目でこちらを向いて急かす声に応え、鼻をよりうなじに押しつければ、甘い声と共にそのうなじも赤く染まる。
それが決め手となり、より高く香る彼女の香りを大きく吸引すれば、我が脳内で綾女の幻影がこちらへ元気に手を振っていた。おお我が友よ!
「──よしいいぞ。これで我が幻影はより強固なものとなった。これであと十時間は戦えよう」
「はぁ、はっ……はふ……そ、それは、良いこと、だね……?」
身体を離せば、彼女は息も絶え絶えに机に崩れ落ちる。
俺はその身を切る姿勢にただただ敬意を表し、敬礼するのみだ。ありがとう、バックヤードに唐突に現れたジャンヌ・ダルク!
「はぁ……はぁ……んっ、ど、どう? 私で、君をいっぱいにできたかな……?」
「ああ、今は綾女のことしか考えられない」
リゼットニウムとトウカニウムを摂取したのは昨夜だからな。新鮮なアヤメニウムを吸引したことにより、比率が綾女に傾いている。
おかげで小さくて可愛らしい綾女が、俺の頭の中を駆け回っていた。微笑ましい……。
「ほ、ほんと……? よかった……」
先程の不満げな顔はどこへやら。
どこか満ち足りたような雰囲気で、綾女は笑みを浮かべたのだった。
しかしその身体にはいまだ力が入らないようで、生まれたての子鹿のようにピクピクしている。
「よし、綾女は少し休んでいろ。新たなエネルギーを得た俺に敵はない。それこそ無双の働きをお前に見せてやろう」
「あ、ありがと……」
よく頑張った彼女の髪をくしゃりと撫で、俺は立ち上がる。
ここまでの献身を見せられて、仕えることを喜びとする戦鬼にも火が灯ったのだ! 負けていられぬわ!
「──ああ、私……やっぱりもうダメかも……」
「疲れたか。その分は俺が働こう。今は休め」
「……そうじゃ、ないんだけどな」
小さく呟く彼女を背に、俺は再びフロアに舞い戻る。彼女の献身に報いるためにも!
「うぅ、ダメなこと、しちゃったなぁ……」
潤んだ瞳でキュッと胸を押さえる、可憐な少女の姿を見ることは叶わずに。




