117 「味は最後までよく分かんなかったよ……」
「おー! 見て見て刃君。このタルト、生地サックサクだよサックサク! ジャムの色も綺麗!」
というわけで開始となったカフェ巡り。
既に二件目となるカフェに入り、目の前に座る綾女はキラキラした瞳で皿の上のタルトをフォークで崩している。
彼女の煌めきを放つその瞳は、ジャムが塗られ、店内の照明を照らし返す苺にも負けていない。
まあ彼女が楽しそうなのは、この店から始まったことではない。一件目から既に、店内の雰囲気や話題のサ-ビスに彼女は目を輝かせていた。
……好きなのだな。苺が、ではなく。喫茶店を構成する、あらゆる要素が。
「ね、ね、そっちのレアチーズケーキはどう?」
「皿にソースがかかっている意味が分からん」
興奮冷めやらぬ、といった様子でこちらに身を乗り出す彼女にそう返す。
なぜケーキ本体ではなく、皿の表面にチョロチョロとソースがかかっているのか。皿を喰うわけではないのだぞ。
おかげで切った後にわざわざ付けねばならん。二度手間ではないか?
怪訝に思っていると、綾女はこちらの様子を見ておかしそうに笑っている。
「ふふ、それがお洒落っていうものだよ。ほら、お皿もそれに合わせたデザインで統一されてるでしょ? もう一つの芸術作品だよねえ……」
「そういうものか」
なるほど、出された物をただの食品と侮ったか。
ただの食品であれば味だけを見ればいいが、芸術作品として見るとなると、そういった装飾の観点も必要というわけか。
「ここはそういうお洒落……お客さんが言うところの“映え”を重視したお店だからね」
「映え、か」
その言葉に、周囲を見回してみる。
聞いたことがある。その“映え”とやらを求め、若者は様々な場所を訪れるのだと。
その話を裏付けるかのように、店内にはやはり若者の姿が散見される。特に女性客が多い。小綺麗に装飾された菓子を前に、スマホを構えている者が多数だ。
「なるほど、話題性があるということなのだな」
「そうだね。一件目のお店の巨大パフェも、言ってしまえばそういう類いのコンセプトだよ」
ふむふむ。
俺達は事前に、そういった目玉商品や尖ったコンセプトを持つ店を調べ、それを辿っている。
一件目は巨大なパフェで、そしてこの二件目の店は洒落た雰囲気で客を呼んでいるわけか。
「うーん、やっぱりこういう分かりやすく強みのあるお店はいいね!」
うんうんと頷きながら、綾女はタルトを幸せそうにパクつく。
強みが分かりやすい……それはつまり、客自身が難しいことを考えなくとも、楽しみを享受できる環境であるということだ。
客が何を楽しみに店を訪れるのかは分からない。だが、事前に店側がコンセプトを絞っておくことで、それはある程度コントロールできる。迅速に需要を満たすことができるのだ。
逆に、そのコンセプトがしっかりしていない店であれば、客は何を楽しんでいいのか分からず、興味関心もとっ散らかったままとなる。
そうしてそういった店は徐々に客足が途絶え、廃れていくというわけだ。
「それで、綾女。お前のところはこういった強みはあるのか?」
「うっ……ない、です。はい……」
俺がそう聞くと、綾女はモグモグしながら気まずげに視線を逸らす。
まあ分かっていたことだ。綾女の両親が経営する“ダンデライオン”。料理や菓子、飲み物は確かに美味い。
だが、特筆すべきものでもない。
いや、美味いと言えば美味いはずなのだ。
我が主、リゼットは英国の貴族。その彼女が「美味しい」と言っているのだから、水準的には高い位置にいるはずなのだが……。
「オーソドックスすぎるのだろうな」
「うぅ、そうだね……料理担当のパパ──お父さんって、あんまり見た目とか気にしない人だから」
オーソドックスと言えば聞こえはいいが、要は器用貧乏ということだ。
万能型というのは、全ての要素が高水準でなければ話にならない。そうでなければ器用貧乏の誹りは免れん。
「だからこそ、こういった一点特化型の店に見劣りする、か」
「うっ! その通り、です……!」
胸を押さえ、悔しげにプルプルと涙を流す綾女に肩を竦め、ケーキを口に運んだ。
……ダンデライオンのケーキの方が、味は高みにいるだろう。
だが、現実はこの店の方が儲かっている。
分かりやすい強みを作り、それを前面に押し出し客を楽しませる場を整える。それが“上手い経営”というものなのだった。
「なるほどな、分かってきたぞ」
サービスが良く、料理が美味いのになぜダンデライオンが斜陽気味なのか甚だ疑問だったが。
他の店を観察することで、門外漢だった俺の中でも問題点が見えてくる。まあ、綾女もその両親も分かってはいたことだろうがな。
「強みと、その魅せ方の問題か……」
「そうなんだよぉ~……」
ガクリ、と。
綾女は力なく言って肩を落とす。
「い、いやね? ダンデライオンはこう、落ち着きのあるお店というか、知る人ぞ知る名店っていうか……!」
「……それは知っている人間が少ない、ということだろう」
「グサッ!」
るー、と涙を流して綾女は机に突っ伏した。
ふーむ、宣伝の仕方に難あり、か。しかし宣伝するにしても武器がいる。そしてその分かりやすい武器がダンデライオンには無い、と。
やはり強みを生み出すしかないのだが……難しいものだな……。
「まあまだ店はある。模倣できそうなところはチェックしておけ。味もな」
知見のある者では、味の見方も違うだろう。
倒れ伏す綾女に、フォークに刺さったケーキを差し出した。
そうすると彼女は、突っ伏す腕の間からジトッとした目を向けてくる。
「……刃君って、そういうことするよね。パフェの時も……」
「む? 友人の間では普通のことなのだろう」
「ソ、ソダヨ」
なぜカタコトになった……。
友人にあーんをするのも普通のこと。一件目の店で自分が言ったことだろうが?
「ほら、あーんしろ」
「あ、あーん……」
顔を上げ、控えめに口を開ける綾女にケーキを食べさせる。
パクリ、と一口。
「うぅ……」
彼女は熱に浮かされたような顔で俯きながら、ケーキを咀嚼していた。
「どうだ、美味いか」
「よ、よく分かんない、かも……」
「む、そうか。ならばもっと食え、ほれ」
「や、や……もういいかなっ!? これ以上は、なんだかダメな気がする!」
よく分からんことを。
味が分からねば参考にならんだろうが。
「ダメだ、食え。俺とは違う味覚のその先に、見える見地もあろう」
「ひーん!」
なぜか泣く綾女の口に、味が分かるまでケーキを運び続ける。
食い終わる頃には、彼女はグッタリと体力を使い切ったように項垂れていた。
そんな彼女を、俺はコーヒーを啜りながら満足げに眺める。
「コーヒーは綾女が淹れた方が美味いな」
「君ってさぁ……うぅ、なんでもない……」
何か言いかけ、しかし彼女は涙目になりながらモゴモゴと口を動かし視線を外す。なんなのだそれは。
「言いたいことがあるならハッキリ言え。契約者であればそれとなく心の内は読めるが、お前は契約者ではないからな。サッパリ分からんぞ」
「うぅ、私もよく分かんない……」
そうか。ならば俺に分かろうはずもない。言語化できたならば言ってくれ。
なにやら複雑そうに胸を押さえる綾女の頭を、くしゃりと撫でてから伝票を持って席を立った。
「そういうところが、なんだか、さ……」
「ん?」
撫でられた頭を押さえながらぽしょぽしょと呟く綾女を横目に会計を済ませ、外に出る。
そろそろ昼飯時か。店では推しの品しか頼んでいないため、綾女もまだ胃袋に余裕があるはずだな。
よし、次なる店は昼飯を兼ねられるところにでも──、
「むっ、くんくん……」
「え、どうしたの刃君?」
思考の途中でパッと顔を上げ、鼻を鳴らす俺に綾女は不思議そうに尋ねる。
……むむむ、風上から香るぞ。この優しいラベンダーと、バニラのような甘い香り。
「──彼女達か」
「え?」
休みの日に手を煩わせるのも悪いかと思っていたのだが、付いてきてしまったのか。
「リゼットと刀花が近くに来ている」
「あ、そうなんだ? いいね、合流しよっか」
「……ふーむ」
合流するのは大賛成だが……ただ合流するというのも、少々味気ないな。
霊力を目に集中させ、風上の方へと視線を向ける。そうすれば、なにやら電柱の影に隠れコソコソする二人が透けて見えた。
……珍しい態度だ、こちらを観察しているのか?
「ほほう、追われる身というのも久しぶりだ。面白い。少し遊んでもいいだろう。綾女、耳を貸せ」
「え、なになに?」
らしからぬ態度に、イタズラ心を刺激される。
最近俺も、らしくなく考え事をしてばかりだ。たまには気分転換に趣向を変えるのも一興だろう。
俺は少し意地悪な笑みを浮かべ、不思議そうにしていた綾女に耳打ちをした後──、
「よし、行くぞ?」
「う、うん。いいのかなあ……?」
苦笑する彼女の手を握って、走り出すのだった。
ククク……そんなに俺を観察したいのならば、よぉく観察するといい。
「あ、逃げた!」
「気付かれましたね、追いましょう!」
主人と眷属の繋がりを頼りにここまで来た。
しかし、目当ての人物の姿を見つけたはいいものの、その二人はなにやらコソコソと話し合い、手を握り合って走り出してしまった。
「むむむ、手なんか握ってくれちゃって!」
私、手を握ったら浮気って言ったわよね!?
これは、追いついたらお説教が必要ね。あなたが誰の手を握るべきなのか、しっかりと教え込んであげないと!
「路地に入りましたよ!」
少し先を行くトーカがそんな声を上げる。
なんだか逃避行めいてきたわね。むぅ、アヤメったら。随分とお姫様ムーブしてくれるじゃないの。う、羨ましいとか思ってないわよ……?
「ここの路地に──あらっ?」
トーカに追いつき、小さな路地へと入ったところで思わずそんな声が漏れる。
てっきり二人は駆け抜けた後だと思っていたが……その路地の真ん中あたりに。
「……」
あの肩をくすぐる茶色い髪。アヤメだ。
アヤメがこちらに背を向け、静かに佇んでいた。
だけど……どこか妙な雰囲気を漂わせている。
「……あ、アヤメ?」
「綾女さん?」
薄暗く、人通りの全くない路地で。
訝しみながらトーカと二人で近づいていく。
なぜ、立ち止まっているのか。
そもそも肝心の、ジンはどこに行ったのか。
疑問は尽きないながらも、彼女から聞けば済むだろうと考えジリジリと距離を詰めていく。
彼女の背中が、徐々に、徐々に近づく。
そうして、あと数歩でその背中に手が届く……と、思ったところで、
「ふっふっふ」
「!?」
──そんな笑い声と共に……彼女の姿が、二つにブレた。
『じゃーん!』
「あ、アヤメが……!」
「二人になっちゃいました!?」
そう。
その後ろ姿がブレたかと思った刹那。
一人分の姿が二人に分かたれ……アヤメが二人、こちらにイタズラっぽい笑顔を浮かべて向き直っていたのだ。
「ど、どういうつもり……?」
十中八九、ジンの仕業だろう。
しかし意図が分からない。一体なにを……?
「ふっふっふ、二人がなんだか刃君を観察してたからね」
「ちょっとイタズラ心が疼いたっぽくてね」
二人のアヤメが口々に言う。
イタズラ? い、嫌な予感が……。
『いっくよー? 戦鬼クーイズ!』
眉を寄せれば、目の前のアヤメ二人はまるでワルツを踊るような体勢で互いに手を握り、そんなことを宣言する。
『問題です──私達二人、どっちが本当の刃君でしょうか!?』
「なっ!?」
「こ、これは……試されます……!」
衝撃を受ける私の横で、トーカはゴクリと喉を鳴らした。
そう、これは、試される。
……愛しい人を、自分はキチンと見分けられるのかどうか!
『ふふ、じっくり観察していいよ? 当てられたら、次に行く喫茶店で刃君の隣に座る権利をあげちゃうよ!』
そんなことを言って。
全く見分けの付かない、双子よりも瓜二つなアヤメ二人は、人懐っこそうな笑顔を浮かべるのだった。
や、やってやろうじゃないのよ……!
これはいい機会だわ。私が絶対に当ててみせて、誰があなたのご主人様なのか刻み込んであげるんだから!




