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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第三章 「無双の戦鬼、友達できるかな?」
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114 (わ、私は見守ろうと思います……)



「みんなおはよー!」

「おはよ、薄野さん」

「はよー委員長」


 いつも通りの朝の風景。

 まだ一限目まで余裕のある時刻。ゾロゾロと気怠げに登校し、それぞれの属するグループで集まり、賑やかに駄弁る少年少女達の姿。

 そして教室の入り口から響く、明るく透き通った声に誰もが挨拶を返す。これもいつも通り。まあ最近は少し元気がなかったが、最早その心配もいらないだろう。


「くあ……」


 そんな声を聞きながら、俺は持参済みのマイ枕を机に置き、主と妹に合流できる昼休みまで眠る準備をする。これもいつも通りの流れ。しかし、


「あっ」


 今日は、一味違った。


「おはよっ、刃君!」


 ざわ……!

 隣に腰かける少女の声に、教室がどよめきに包まれる。これまでとは違う、朝の一幕に。

 とはいえ、これまでも俺におはようを言うのは、毎朝無駄と分かりつつもやっていたことだ。

 しかし、やはり下の名でいきなり呼ぶというのは衝撃が走るものらしい。

 なるほど、昨日彼女が言っていた「いきなり下の名で呼ぶのはダメなこと」という言葉は本当のことのようだ。


「ああ、おはよう綾女」


 ざわざわ……!

 まあ、俺の知ったことではないが。

 下の名で呼ぶことがダメな理由を理解できない俺は、昨日同様に隣の席に座る少女……我が友、薄野綾女の名を呼ぶ。


「ふ、ふふふ……」


 そうすれば、少し照れ臭そうにしながらも、はにかんだような笑みが返ってくる。

 嬉しそうにしているからいいことではないのか? 人間のこういったところはよく分からんな……。


「……何を見ている」


 周囲の物珍しげな視線がうざったらしいので睨みを利かせ、散らす。

 蜘蛛の子を散らすような者達の中にあってしかし、視線を外さない者が一人。


『驚きました』


 そう書かれたスケッチブックを、こちらに示す少女。

 目をパチクリとさせ、ほんの少し呆けたように口を開ける、俺の前の席に座る少女……橘だ。


「あ、橘さんもおはよ! ふふ、見て見て、友達になったんだー。ね、刃君?」

「ああ……おい、手を振るな」


 橘にそう言う間に、綾女は「握手ぅ~♪」と楽しげにこちらの手を握りブンブンと振る。


「まったく、朝から騒がしい……ああ、そうだ。橘には礼を言っておこう。綾女を友にできたのは、お前の言葉のおかけだ」

「私も、橘さんありがと!」


 “友情は見返りを求めない”

 あの馬鹿馬鹿しい価値観がなければ、俺が動くことはなかっただろう。あの言葉が、俺に動く大義名分を与えたのだ。

 今こうして綾女との関係を構築できたのは、まさに橘のおかげと言っても過言では――ん?


「♪」


 俺達が礼を言っていると、橘はなにやらニコニコとして、自分の顔を指差している。


「……なんだ?」


 眉根を寄せて聞き返せば、橘は笑顔のまま言葉を綴った。


『羨ましいな、と思いまして』

「……なるほど」


 そういうことか。

 確かに、この娘には借りがある。十年来の約束を思い出させ、戦鬼に人間の価値を示す機会を作り出した遠因。

 ……まあそれに、元々この娘のことは気に入っていたしな。こうなれば一人も二人も変わるまい。


「……よかろう、お前も我が友に加えてやる。よろしく頼むぞ、橘」

『 b 』


 橘はスケッチブックに描かれたアルファベットと共に、満足げにグッと親指を立てる。この娘、感情表現の幅が意外に広いな……。


「……偉そうな態度は変わらないけど、鬼さんもすっかり丸くなったね」


 耳元で、クスクスと笑いながらそんな声が囁かれる。


「ふん、今回だけだ。ではな」

「恥ずかしがっちゃって……あ、ダメだよ授業始まるのに寝ちゃ!」


 いつもの朝かと思えば、まったくの別物だ。

 俺は少し騒がしくなってしまった周りに……だが、まあ悪くはないと思いながら、枕に頭を埋めるのだった。




『喫茶店を?』

「うん。刃君が『付け焼き刃より、既に習熟している武器で勝負すべきではないか』って言ってくれてね」

「ん……」


 なにやら俺の名を呼ぶ声に目を覚ませば、どうやら授業間の休みに、綾女が橘に事情を説明しているらしかった。


「あ、おはよ刃君。今ね──」

「分かっている」


 欠伸混じりに手をヒラヒラ振る。

 俺の秘密さえ言わなければそれでいい。失声症の橘に、これ以上ストレスを与えるのも酷な話だろう。

 一つ伸びをし、俺も友との会話に加わった。


「せっかく喫茶店という珍しい得物を持っているのだ。それを活かせないか、という話でな」

「連帯保証人の自己破産までになんとか成果を残せたら、お店の売値が上がったり、お父さんやお母さんが大手からスカウトされたりしないかなって! そうすれば、早くお店も買い戻せるよね!」


 おおー、と橘は感心したように手を合わせる。

 とはいえ、綾女の両親もそこはとっくに考え抜いている。今は現在の経営状況で、どこまでのサービスを提供できるかを見極めている最中らしい。


「斜陽気味だけど、パパの作るスイーツは絶品だし、ママの接客は評判いいし、きっと頑張れば上手くいくよね!」


 以前のように、瞳を煌めかせ展望を語る綾女。

 頑張れば報われる。そう信じ、しかし一度は手痛く裏切られたにも関わらず、その瞳が曇ることはない。

 ……そんな彼女だからこそ、俺はこの子の友となり、力を貸そうと思ったのだ。今回は、俺も出よう。


「刃君も、出来る限りサポートしてくれるんだよね?」

「ああ。友とは助け合うもの、そう聞いているからな」

「ふふ、ありがと!」


 ちょうどいい機会だ。

 これを機に、俺も友人というものを知っていくとしよう。

 そう二人で顔を見合わせ笑っていると、橘はどこか考えるような表情で、きゅっきゅっとサインペンをスケッチブックに走らせる。


『しかし喫茶店を盛り上げるというのは、なかなか難しいことなのではないでしょうか?』

「そうなんだよねー……」


 明るい雰囲気から一転。

 橘の言葉に綾女はボフッと、間延びした声を発しながら自分の机に身体を預けた。


「売り上げが伸びてないのは前から分かってたことだし、そりゃ対策もいろいろ講じてはきてたんだけど……どれも客足がつかなくってねー……」


 はふう、とため息をつく綾女に、俺と橘は苦笑する。

 まあそれはそうだろう。仮どころかプロの経営者が、売り上げの伸びない現状を良しとするわけがない。何かしらの対策はしているはずなのだ。だが……、


「割引券とかをポストインしたり、小さいけど回覧板で広告してもらったり。いつかの時には迷走して、私がコスプレして接客とかもしたことあるよ……」


 おお、綾女が遠い目を。

 しかし地道な活動もしっかりしているのだな。

 加えればあそこの料理やデザートも、リゼットと刀花は美味しいと言っていたが……それでも客は遠のくものなのか。


「うう~、助けてよぉジンえもん~」

「誰がジンえもんか、誰が」

「あたっ」


 泣き言のように俺の名を呼ぶ綾女にチョップを返す。

 俺が出せるのは、人を殺めるための道具だけだ。

 人の自由意思を斬り刻み、夢遊病患者のようにして店に並べることならば出来るが……綾女はそれを望むまい。


「まあ助けたいのは山々だ。俺は喫茶店でバイトをしたことがないため、まずはその空気感を知ることから始めるとしよう。リゼットや刀花も、なぜか協力すると言っている。アイデアくらいは出してくれるだろう」

『私も、出来る限り力になりますね』

「うぅ、持つべきものは友達だよぉ~!」


 感極まったように、綾女はこちらの手を握ってブンブンと振り回す。

 前回と違い、これだけの元気と、誰かを頼る勇気があるならば上々だろう。この戦鬼との再会で、なにかしら意識の変化があったのかもしれん。

 そんな綾女の姿に微笑ましくなりながらも、若干今の動作で目を回す橘と共に首を捻る。

 ……喫茶店を盛り上げる方法、か。

 セミロングの黒髪をゆらゆらと揺らしながら、橘は案を綴っていく。


『SNSは活用されているのですか?』

「あー、うちの親パソコン苦手で……」


 橘がそう聞くと、たははと笑って綾女は頭をかく。


「SNSとは、アレか? ツイ○ターとかか」


 俺の疑問に、橘はコクコクと頷きスマホをいじりだす。

 そうして操作した後、スマホの画面には俺でもどこかで聞いたことのあるようなケーキ屋の名前と、いくつかの呟きが表示されていた。


「やっぱり大手は人気だね」


 羨ましそうに、綾女はそう呟く。

 俺も眺めてみれば、なるほど。キラキラしたケーキや内装の写真。その日のサービスや特別商品の呟きが目白押しだった。

 なんというか、陽の気が溢れ出ている。華があると言えるな。


「これも宣伝か。まあ客商売だ、呼び込まねば客は入って来んだろうな」

「うーん、でもこう……これ! っていう看板商品とかサービスが、うちにはないんだよねえ」


 難しげに綾女は唇を尖らせる。

 無ければ作ればいいと、言うのは簡単だがやはり難しいのだろうな。無から有を生み出すために、割り振る作業の時間やコスト的にも。

 このケーキ屋も、さも当たり前のように小綺麗な洋菓子を店頭に並べてはいる。

 だがそれらは、夥しい数の失敗作を作製した上で、ようやく完成したものなのだ。それまでに費やした労力や金は計り知れん。

 そしてそうやって新商品を開発出来たはいいものの、全く売れないという憂き目を見ようものなら目も当てられない。

 この大手のケーキ屋のように挽回できるリスクならいいが、それこそ斜陽気味の喫茶店には難しかろう。

 失敗が許されるのは子どもと、懐に余裕のある者だけなのだ。


「低コストで高リターンが望める商品、ないしはサービスか……」

「~~~??」


 橘も難しげに考え込んでいる。

 まあそんなものがすぐに思い付けば、世の経営者は苦労していまい。俺もサッパリ分からん。門外漢にすぎる。そもそも俺は高リスク高リターン派の道具だからな……妖刀だぞ?


「まあ、客引きくらいならば俺も出来る。俺としてもあの店は居心地がよかったのでな。失くすのは惜しい」

「ほんと!? そう言ってくれると嬉しいなあ」


 俺のあまり役に立たない言葉にも、綾女は目を輝かせて頬を緩める。いい子だ。

 そんな彼女は、ふと淑やかな笑みを浮かべた。


「……私ね、パパとママが営業してる喫茶店が大好きなんだ」


 宝物を抱えるように。


「挽きたてのコーヒーの香りも、ケーキが焼ける音も、冷たい手触りの綺麗なカップも」


 綾女はそう微笑みながら、胸に手をやった。


「お客さんも好き。お茶を飲んで、それまで疲れてた表情が和らいでいくのを見るのも好き。『美味しかった』とか、『また来ます』なんて言われちゃったら、もっと好きになっちゃう」

「……」


 黙って聞く。

 これは、彼女の覚悟の話だ。嬉しいだとか、好きだとか、一銭の金にもならない感情の話。


「私はそんな風に“好き”を増やしていきたい。そして分けてあげたい。疲れを癒して、甘いお菓子を食べて、笑顔になって。そうしたら、もっともっと人は人を好きになれると思うから」


 ……金にはならん。吹けば飛ぶような理想論だ。


 だが──宝にはなる。


 胸にそれを抱き続ける限り。

 たとえ茨の道でも、もう彼女は道に迷うことはあるまい。これはそういう話だ。そして、


「よくぞ言った」

「わぷっ」


 その棘を切り払い、宝を守るのが鬼の仕事だ。

 理想は高ければ高いほどいい。それが高いほど……その綿毛は遠くまで飛ぶことができ、いずれ大輪の花を咲かせるのだからな。

 彼女の胸の煌めきに目を細めながら、くしゃくしゃとカフェオレ色の髪をかき回す。


「その輝きが俺を惹き付ける。この俺を友にしたのだ、きっと上手くいく。いや上手くいかせてみせよう」

「ふふ、珍しい。刃君もフワッとしたこと言ってるよ? っていうか、子ども扱いしないでよぉ」

「なに、決意表明のようなものだ。それに、美しいものは愛でたくなるのは当然のことだろう」


 髪を梳きながらそう言えば、くすぐったそうにしていた綾女は、頬を染めてもじもじと指をこねくり回す。


「う、美しいって……も、もう。女の子に軽々しくそんなこと言うのは、ダメなことだよ……?」

「俺が軽々しくそんなことを言うと思うか?」

「え? その……も、もぉ……」


 もーもーと、牛かお前は。

 しばらく元気付けるように頭を撫でていれば、次なる授業のチャイムが鳴る。


「さて、俺は寝る。寝ながら何か策を考えておこう」

「あ。う、うん……」

「……?」


 パッと小さな頭から手を離せば、なにやら綾女はぽーっとした雰囲気でこちらを見ていた。

 ぼんやりとして、少し熱に浮かされたよう。まるで寝起きの刀花のようだ。

 俺はそれを微笑ましく見た後、さっさと眠りの世界へと沈んでいった。


「うう~、おかしいなあ。なんだろ、この気持ち……なんだか胸がポカポカするよ……」

「っ!?」


 そんな、胸を押さえながら言う綾女の呟きと、キョトンとして綾女を見ていた橘が、息を呑む空気音は置き去りにして。


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