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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第三章 「無双の戦鬼、友達できるかな?」
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106 「放課後酒上家劇場」



「じぃ~ん~?」


 ご主人様の甘ったるい声が俺の鼓膜を震わせる。

 いかなる楽器を用いたとしても、彼女の喉から奏でられる音色には遠く及ばない。

 そんな天上の声が俺の名を呼ぶことに、俺は歓喜を覚える……だろう、いつもであれば。


「これ、どういういうことかしらぁ~?」


 もはや定番となりつつある、校門での待ち合わせ。

 その場所にて俺は──、


「なーんで、アヤメの写真を大事そうに胸ポケットに入れてるのかしらぁ?」

「いや、それは誤解であってだな」

「口答えしないの」


 ぴしゃりと言われ、俺は口を開くことさえ許されない。

 そうなのだ。

 いつも通り帰路につこうと思っていたところ、腕に寄り添うマスターが「なにこれ?」と、俺が胸ポケットから抜き取るのを忘れていた薄野の写真を見つけてしまったのだ。

 そこからはもう怒り心頭。まさに浮気現場の再現であった。

 現在、マスターが件の写真をヒラヒラさせながら俺を糾弾するのに対し、俺は校門にて正座の姿勢である。

 ちなみに刀花はというと……、


「おにーさん、ここどこですか? こんなに人のいるところに来ていていいのでしょうか……襲われませんか? 早く帰りましょう?」


 通常より一層あどけない表情で、心細そうに呟く刀花。

 幼児退行している……! 言動からしてまだ追っ手に襲われていた時期だ……!

 うるうると瞳を潤ませ、正座するこちらの裾をちょこんと摘まみ引っ張っている。

 あ、愛くるしい……成長した身体でそのような態度を取られると、なにやら倒錯的な愛情が芽生えてしまいそうだ。


「ほら見て、今度こそ修羅場よ」

「三人目ってマジ?」


 コソコソと、校門を通り抜けていく生徒からそんな声が上がっている。

 確かに俺は数々の修羅場という名の死線をくぐってきたが……こうした戦場は初めてだ。

 だが我こそは無双の戦鬼。どのような戦場であっても、俺は勝利し殲滅する。それが俺の仕事であり、そう在れと造られた存在だ。

 たとえ目の前でプンスコ怒るお嬢様であっても、俺は確実に勝利してみせ──


「なにごちゃごちゃ考えてるの。こっちを見なさい、反省してないわね?」

「……すみません」


 敗・北。

 おにーさんおにーさんと、くいくい裾を引く刀花を傍らに、ご主人様が鞄の角で俺の頭をグリグリする。痛い痛い。


「私や刀花の写真ならまだしも……他の、ほほほほほ他の女の写真を肌身離さず持ってるだなんて!」


 彼女の金髪が怒髪天をつく。

 おお、まるで怒りを切っ掛けに戦闘力を上げる戦士のようだ。

 現実逃避気味にそんなことを思う。

 これは帰ってお仕置きコースだな……この前、彼女が大事にしていたカップを割ってしまった時には『私は駄犬です』というプラカードを首に掛けられ、玄関に半日放置されたものだ。


「こんな、こんな……!」


 彼女の声が怒りに震え、さてどのような沙汰が下るかと身構えていれば……、


「こんな……ふ、ぐすっ……」

「!?」


 なに!?

 まるでポツポツと雨が降り始めた時のように。

 彼女の声から徐々に力が抜けていき、怒りではなく悲しみに声を震わせた。


「私の写真も、持ってくれてない、くせにっ……」


 いや、持っている。

 現像はしていないが、俺のスマホには彼女の写真がごまんと詰まっている。

 休みの日に紅茶を傾ける姿。ゲームの対戦で負けて怒っている姿。照れくさそうにしながらも、はにかんでこちらに笑顔を向けてくれる彼女の姿。

 それは同時に俺の宝物であり、日々の活力どころか俺に生きる意味を与えてくれる。それほどのものだ。彼女の笑顔は、俺の生きた証なのだ!


「リゼット!」

「は、離して! 離しなさいよこの浮気者ぉ!」


 彼女の名を叫び、振り払おうとする身体を力強く抱き締める。


「言い訳はせん、すまなかった。俺のマスター」

「うう、離してよぉ……ばか……ばかぁ……」


 ジタバタと暴れる身体を抱き締め続ければ、徐々にその力を失っていく。

 そう、言い訳はせん。彼女を悲しませたという事実は覆らない。ならばその業は、俺が背負うべきなのだ。


「だが、これだけは言わせて欲しい……世界一愛している、リズ」

「嘘、信じない……!」

「本当だリズ。世界一可愛い俺のご主人様」

「信じない信じない……!」

「信じなくていい。この想いが伝わってさえくれれば、俺はそれで構わない。愛している、マスター」

「ぐすっ、うぅ………………ほんと?」


 ばか、ばかと呟きながら胸をポカポカと殴る彼女の拳を甘んじて受け止め、そう耳元で囁けば……涙に濡れた紅の瞳でそう問い掛けてくる。


「もちろんだ、俺の至高のマスター。貴き主。もし伝わらないのであれば、このままずっとお前を抱き締め続けよう」

「……それは、困る」

「なぜだ?」

「……心臓の音、聞かれたら恥ずかしい」


 ポツポツと、子どもっぽい声色でたどたどしく言う我が主。

 俺と密着したその胸からは、トクントクンと可愛らしい鼓動が伝わってきていた。


「……言い訳」

「ん?」

「……言い訳くらい、聞いたげる」


 彼女の美しい金髪を撫で続けていれば、ちょっぴりムスッとした声が腕の中で聞こえる。


「……そうか。懐の広い主に感謝する。刀花、戻ってこい」


 微笑ましくなりながら、幼児退行した刀花も引き寄せ特に深くもない事情を話す。

 そうすれば次第にリゼットには理解の色が、刀花には理性の光が戻り始めていった。


「──とまあ、そういうことだ。信じてくれるか?」

「……しょうがないわね」

「私は最初から信じていましたよ、兄さん」

「嘘おっしゃい。いちばん最初に現実から目を背けたくせに」

「うっ、記憶がありません……」

「なんて都合のいい脳細胞……」


 いつも通りの空気が戻ってくる。

 ふ、やはり我が家はこうでなくては。俺達に湿っぽいのは似合わない。


「コホン……まあ信じましょう。寛大なご主人様に感謝するのよ?」

「じゃあじゃあ、帰りにゲームセンターに寄ってプリクラ撮りに行きましょう!」

「あら、いいわね。なんだかリア充っぽいわ」


 雰囲気は一転。

 きゃいきゃい騒ぐ二人の少女を見て優しく目を細める。

 

 ──そう、降り続ける雨はない。止まない雨はないのだ……。


「来たよー……あれ、終わっちゃってる?」

「うん、ちょうど今終わったとこ」

「えー、私も見たかったのに。恒例の『放課後酒上家劇場』……今日のはどうだった?」

「いやー、少女漫画みたいでよかったよ。リゼットちゃんはちょおっとDV被害に遭いそうな感じで心配だったけど」


 浸っていると、そんな声が周囲から聞こえてきた。

 刀花はそんな周囲に「お騒がせですー」と手を振り、リゼットは羞恥に震えている……いつも通りに。


「い、行きましょう……」

「はーい」

「任せる」


 耳を真っ赤にし、早足になるマスターに手を引かれ、そして俺は刀花の手を取り引きずられていく。


「うぅ、またやっちゃった……」

「今日はリゼットさんが見せつけちゃいましたね。明日は私ですよ」

「やめてよもう恥ずかしい……日に日に野次馬増えてるじゃないの……」


 いいことだ。

 俺達の仲が広まれば、二人に手を出そうとする不届き者も出てくるまい。


「はあ……自重しよ……」


 そんなマスターが一人反省する声を聞きながら、俺達は写真を残すべくゲームセンターへと向かうのだった。


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