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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第三章 「無双の戦鬼、友達できるかな?」
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101 「もう猫あげとくだけでいいんじゃないのこの戦鬼」



 西日が街路を照らし、三人分の影が伸びる時刻に。


「あなたが『行きたいところがある』だなんて珍しいわね……ふふ、いいじゃない? エスコートできる紳士はポイント高いわよ?」

「むふー、どこに連れて行ってくれるんですか兄さん?」

「確か、この辺りだ」


 俺は我が主と妹をいつものように両脇に連れ、商店街の奥へと歩みを進めていた。

 校門で待ち合わせてからというもの、二人は『どこに行くんだろう』とウキウキした様子でこちらの手を握り、足を弾ませている。

 時折、楽しそうに大きく振られる腕に気を取られつつも、頭の中に描く地図と、聞いていた住所を照らし合わせる。

 もう見えるはずだが……。


「──ん、ここか」

「あら、小洒落た喫茶店じゃない」

「”ダンデライオン”……“たんぽぽ”って意味ですね」


 ああ、店名も合っているな。到着だ。

 俺は一つ頷き、レンガ造りを意識したどこか西洋っぽい店舗のドアに手を掛ける。


「ふふ、私達のためにお洒落なお店をリサーチしてくれてたの? もう、この眷属ったら♪」

「放課後デートの定番ですね、素敵ですよ兄さん!」


 そんな喜色溢れる声を受けつつ、背後から差す夕日に煌めくドアを開ければ──、


「いらっしゃいま──あっ! 本当に来てくれたんだ! いらっしゃい、酒上君!」

「は?」

「はい?」


 はじめは少々事務的な。

 しかし途中からは嬉しさを隠さない、明るい声が俺達を出迎えたのだった。


「さ、“酒上──」

「くん”……ですって?」


 店内に響く薄野の出迎えの声に対し、思いっきり声を低く落とす二人。

 しかしそんな二人の様子に気付くこともなく、薄野は嬉しげにスカートを揺らす。

 ウェイトレス着なのだろう。セーラー服と違い、丈の長い涼やかな色のエプロンワンピースを着用しており、雰囲気が一段と華やかになっていた。


「不本意ながら来たぞ」

「そんなこと言っちゃってえ。あ、これどう? お店の制服は私がデザイン案出したんだあ。……また『可愛い』って言ってくれてもいいんだよ?」

「調子に乗るな、たわけめ」

「あたっ。もー、たとえチョップでも女の子に暴力を振るうのはダメなことだよ?」


 背後で「今、“また”って言った?」「私にはチョップなんてしてくれませんのに……」というボソッとした声を聞きつつ、何やら浮かれている店員に鼻息を鳴らす。


「俺のどうでもいい感想より、客を席に案内したらどうなのだ。我が少女達を立ちっぱなしにさせるつもりか?」

「おっとと、ごめんごめん。三名様でよろしいでしょうか? ふふ、皆で来てくれたんだ」


 石造りの、凝った意匠の店内。

 その奥の日当たりのいい席に俺達三人を案内しつつ、薄野は笑みを零す。

 そして俺と、さっきから沈黙を保っている二人が席に着いたのを確認し、ボードを両手に持ちペコリとお辞儀をした。


「それでは、少々お待ちください。ウェルカムコーヒーを淹れてきますので! 楽しみにしててね、酒上君」


 胸の前で小さく手を振り、薄野はキッチンの方へと小走りで去っていく。弾むように。

 他の店員や客もいないからか、随分と自由に振る舞うものだ……おそらく実家の個人経営だからというのもあるだろうが。


「まったく、騒々しい応対もあったもの──いはいいはいいはい」


 ふう、と疲れを抜くように一つ息を零そうとしたところで……対面に座る二人の少女から頬を引っ張られた。

 身を乗り出してこちらの頬を摘まむ彼女達のその頬は、『むむむむむ』と風船のようにパンパンに膨らんでいる。


「ねーえ、ジンどういうこと? 誰なのあの子? 他の女と逢い引きするところをご主人様に見せつけるためにここに呼んだのかしら?」


 ピキピキと青筋を立てる我が主。

 その言葉は冷静さを装っているが、所々声が震えており限界が近いことを示唆している。噴火直前の火山のように。


「兄さん、刀花は悲しいですっ。愛する妹の純情を弄ぶなんてイケナイ遊びを教えた覚えはありませんよっ!」


 一方、刀花はプンプンといった感じで怒りを露わにしている。怒っているのだが……従来持つ柔らかい雰囲気のせいであまり迫力は無い。

 言えばより怒らせてしまい飯を抜かれるので言わんが。


「ぷは、誤解だ。ただの隣の席に座っている娘だぞ?」


 スポンと二人の指から逃れ、そう説明する。俺には全くやましいことなどないため、堂々と。


「……本当ですかあ?」

「あなたがただの隣の席の子に誘われて、ほいほいそのお店に行くなんて思えないんだけど?」


 しかし俺の言い分も虚しく、二人はじっとりと瞳を細めるのみだ。まあ俺が事前に上手く説明していなかったのも悪いのだが。

 考えあぐねていると、伏し目がちなご主人様の身体がより一層プルプルと震えてきた。初期微動か?


「怒らないから正直に言ってみなさい? チラッと見えたけどあの子、お、おっ、おおおおおっぱい大きいじゃない? あなた、まさかあのおっぱいに釣られたんじゃないでしょうねぇ? あわよくば『あー、戦鬼ご主人様よりあの大きいおっぱいに挟まれたいなぁ』とか思ってるんじゃないでしょうねえ!?」


 途中から主要動となりテンションをぶち上げながら、そうまくしたてる我が主。

 お労しい……誰もそんなこと言っていないだろうに。そしていったいなにが『怒らないから』なのか……あとその戦鬼は誰だ……。

 冷や汗を流していると、隣の刀花は「まさか!」とマスターの言葉にショックを受けた様子だったが……スッと自分の胸に手を当て、しっとりと微笑んだ。


「確かに、最近挟んであげられてなかったかもしれません。そんなに飢えていたんですね……ごめんなさい兄さん気付いてあげられなくって。大丈夫ですか? 妹のおっぱい吸いますか?」

「トーカはトーカでなに言ってんのよなんで挟むから吸うになってんのよあなたミルクなんて出ないでしょうが」

「じゃあ仕方ありませんので兄さんにこれから出るようにしてもら──あいたー!?」


 スパァンと頭をはたかれて蹲る妹を、冷たい瞳で横目に見ながら我がマスターは「さあ白状しなさい! ネタはもうあがってるのよ!」と更にこちらへ追求の言葉を投げかけようとし──、


「お待たせ! あやめ特製、本格的猫ちゃんラテアートだよ!」

『……あー』


 ニコニコしながらカップの載ったトレーを運んで言う薄野の言葉に、二人は俺が何に釣られてしまったのかを一瞬で悟ったようだった。


「仲のいい声がキッチンまで届いてたよ? はい、酒上君。デフォルメしたのと、リアルな感じの二つ用意してみたんだ。どうかな?」

「ほう、見事。本格的という言葉に偽り無しだ」

「そお? よかった!」


 デフォルメされた猫は実習の時にも見たが、もう一方は『窓際に座る猫』という、猫だけでなく一枚の風景を巧みに黒い湖面へと描き出していた。

 このような精緻なものまで描けるのか……薄野綾女、侮りがたし。


「はい、じゃあこっちは酒上君の大切な女の子達の分ね? じゃじゃーん、見て見て!」


 素直に感心していれば、薄野は二人の前に新たなカップを置く。その湖面には──、


「まあ……!」

「やぁん、かわいいですー!」


 ……俺だ。

 三角の目に、刻まれた眉間の皺。難しげにしかめられた表情を浮かべる俺が、その湖面には描かれていた。

 こちらもデフォルメされており、刀花がたまに作る俺の人形にそこはかとなく似ている。

 そんな突如現れた俺に大いに瞳を輝かせる二人へ、薄野はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。


「ふふ、刀花ちゃんにリゼットちゃん、だよね? 初めまして! 酒上君の隣の席に座ってる、薄野綾女だよ! 友達──と言いたいところなんだけど、まだみたいで、あはは……」


 友達、という言葉が出た瞬間に薄野に睨みをきかせれば、尻すぼみとなって曖昧に笑う。油断も隙も無い。


「どうやら本当にやましいことはないみたいね……あ、コホン。初めまして。リゼット=ブルームフィールドよ。聞いているかもしれないけれど、この子の主人をしているの。ジンが何か変なことをしたらすぐに知らせてちょうだいね? 私が代わってお仕置きしておいてあげるから」


 ラテアートで心掴まれたのか、マスターは機嫌よさげにそう挨拶を披露する。

 むぅ、余計なパイプを作ってしまったかもしれん。嬉々として連絡先を交換し合う二人を横目にそう思う。

 そして機を見計らい、次に刀花が口を開いた。


「そして私が酒上刀花です。“酒上”という名字でお気づきかもしれませんが、刃さんのお嫁さんをさせてもらっていま──」

「なにいけしゃあしゃあと身分詐称してるのおバカ」

「……妹でーす。でも兄さんを想う気持ちは誰にも負けません!」

「たくましいわねー……」


 マスターの冷静な突っ込みにも屈さず、元気いっぱいに刀花は宣言。いい啖呵だ、さすがは我が妹。


「ふ、ふふふ。仲がいいんだね、三人とも」


 呆気にとられつつも、薄野はおかしそうに笑いながら朗らかにそう返す。客商売をしているからか、対応に余裕が見られるな。


「私も仲良くなりたいんだけどなー」


 チラッチラッ、とわざとらしく視線をこちらにやる薄野だが、俺は猫鑑賞にまっしぐらなのだ。

 そんな俺に残念そうに息をつく薄野に、二人は「仲良くなりたい」という言葉に敏感に反応した。


「な、仲良くなりたいっていうのは、その、どういう意味でかしら……えーと、ススキノセンパイ?」

「言いにくそうだから綾女でいいよ、そのかわり私もリゼットちゃんって呼ぶね。──どういう意味っていうと……まあ、普通に友達的に?」

「え、それは『お友達から始めましょう』的なやつですか……?」

「ん? うーん、深い意味じゃないんだけど……なんかこう、酒上君って引っかかるんだよね。見てて目が離せないっていうか……気付けば目で追ってる、みたいな?」

『!?』


 なぜそのような誤解を招くような言葉を……貴様からはそういった甘い感情など感じんぞ。

 ほら見ろ、マスターも刀花も危機感に目を見開いているではないか。


「……私、この喫茶店通おうかしら。ちょっと懸案事項が出てきたというか」

「奇遇ですね、私もです」

「待て待て」


 浮気を疑われるのは心外だぞ。そもそもクラスメイトとの交流は良いことではなかったのか……?

 まあ教室での俺というのを二人は知らん。二人の把握していない俺を知っているという存在が特に気になるのだろう。

 俺も下級生の教室で二人がどのように過ごしているのかは言葉でしか知らんからその気持ちは分かるが……。

 俺が非難がましい視線を送れば、二人も気付いているのか曖昧に笑う。


「ま、まあでも、とっても居心地のいいお店ね。気に入ったわ」

「コーヒーも美味しいですしね。でもちょっと空調効き過ぎじゃないでしょうか……?」


 誤魔化すように話題を転換する二人。

 そんな二人に肩を竦め、俺も確かめるように周囲を見渡す。

 ……暖色のレンガがふんだんに使われた、広いとは言えないが凝った造りの喫茶店だ。


「あ、寒い? ここって石造りだからか少し冷えるよね。ごめんごめん」

「え、そう? 私はいい感じだけど。トーカって冷え性とかだったかしら」

「そういうわけではないはずですけど……秋も近いですし気温の変化ですかね?」


 三人の声を聞き流しながらつぶさに観察する。

 窓際には多様な観葉植物。黄昏の日差し込むドアの右手には、水槽の中で泳ぐ金魚が沈没船と戯れている。

 そんな、客を少しでも楽しませようとする要素が店内では数多く演出されている。壁を見れば美術品も多数飾られていた。

 こちらから見えるドアには、休憩がてら利用するサラリーマンや主婦のためか、出る時に身だしなみを整えられるよう鏡もかけられている。心配りが行き届いているな。


「……俺も珍しく居心地がいい」


 珍しいこともあるものだ。客が他にいないからか?


「あ、ホント!? じゃあ新規さん三名確保だ、やったね!」

「俺は通うとは言っていないぞ」

「他にも猫ちゃんのラテアート、バリエーションあるんだけどなー」

「……この問題は持ち帰らせてもらう」

「ふふ、ツンデレだ♪」

「猫質を取るとは卑劣な女だ」

「お店と技術の売り込みは良いことだからね!」


 えっへん、と。またもや腰に手を当て胸を張る。

 そしてそんなやり取りを見た二人の少女は『……普通に仲良さそう』と呟き、口をへの字に曲げてプクッと膨れている。可愛いからやめて欲しい。


(これは帰宅してからも尾を引くかもしれん……)


 最近経営不振でもう大変なんだよー、という薄野の困ったような声も他所に、俺は屋敷に帰って二人の機嫌をどう取ったものかと、今から考えるのだった。




「あ、ママ。私が洗っておくから休んでて」

「そう? ふふ、なんだかご機嫌ね」

「ちょっとね!」


 仲良し三人組が帰った後、私は鼻歌交じりに洗い場に立つ。


「さっきの子達? 男の子が一人いたけど……あやちゃん狙ってる?」

「もう、違うよぉ。ただなんか気になるっていうか」

「えー? つまりそういうことなんじゃないの? うぅ、ついにあやちゃんにもそんな時期がきたのねっ!」

「もー、だから違うって!」


 からかい半分に言うママに苦笑を返した。

 別に酒上君はそういうんじゃないと思う。ただなんだか無性に気になるってだけで……まあ確かに言葉尻だけ捉えたらそうかもだけどっ!


「それに酒上君、彼女いるし」


 人の恋人を取るなんてダメなことだからね。


「あやちゃん、険しい道を行くのね」

「だからぁ」


 キリッとしながらも楽しそうなママに「もう」とため息をつきながらも笑い合う。倉庫に茶葉を取りに行ってるパパには聞かせられないよ。


「お店のお手伝いばかりしなくても、自分の青春を大事にして構わないからね? 今は今しかないんだから──あ、電話電話」


 電話を取りに向かう、心配してくれる優しいママの後ろ姿に笑みをこぼす。


(確かに学園も好きだけど)


 おっとりしてて、たまにおっちょこちょいなママに、寡黙だけどとっても美味しいスイーツを作るパパ。

 そんな仲良しな両親の背中を見て、お店に流れる温かなBGMを聞きながら仕事を手伝う。

 この時間も、私は大好きなのだった。


(あの三人も気に入ってくれたみたいだし)


 今度来てくれたら、どんなラテアートを出してあげよっか。


「ふふっ♪」


 私はこれからさらに楽しくなりそうな日々への予感に、胸をワクワクさせながら──、


「もしもし、ダンデライオンでございます。あ、お義兄さん? はい。はい……え……」


 だけど……。

 その一本の電話から、私の歯車は少し狂い始める。


 まるであの黄昏の日のように。

 夕日すら届かない……鬱蒼とした、暗い山の奥深くへと誘われた時のように。


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