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ヤミの病室  作者: 黒音こなみ
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第四話 「同僚」

「結石ですね」


 診察室で、まだ四十代くらいと思われる男性医師に、そう告げられた。

 尿管結石という病気は知っていた。名前のとおり、尿管に石ができることによって排尿困難や激しい痛みが伴うというものだ。周囲でも、何人かかかった人間がいる。

 今回の痛みは肋のすぐ下で、排尿困難などの症状もなかったので、おれはその可能性を考えなかったが、聞くところによれば、右の腎臓内で発生した石が、そのすぐ下で詰まっているのだという。膀胱付近でないので、排尿にも影響はない。

 実際のレントゲン写真を見ると、たしかに、腎臓の真下に白い影が写っていた。

 

 ――命の危険は……などと尋ねるのは、見当違いだとわかっていた。

 どのくらいで治るかと訊いたら、二週間ほどだと言われた。

 

 なんにしても、よほどの重症でなければ、この病気で死ぬことはない。

 念の為、健康診断で肝障害と診断されたことも伝えたが、今日の血液検査の数値は正常だと言われた。やはり、当時の数値は一時的なものだったようだ。

 

 この時点で、おれが想像する限りでの突然死の要因は、点滴の件も含めてほぼ消えていた。つまりは、起こり得ないという考えに至っている。

 

 かといって、昨日からの一覧の出来事を、「ただの偶然」と片付けたわけではない。

「嫌がらせ」だったのではないかと考えたのだ。

 つまり、蓋を開ければ単なる尿管結石による入院に対し、いくつかの不吉な暗示を与えることで命に関わるものだと思い込ませ、精神的に追い詰めことが目的だったのではないか……と。

 仮にそうなら、感情的にはともかく、命拾いをしたと言わざるを得ない。ただ、治療のためには何日か入院はしなければならないようだった。

 内容は投薬により石を溶かし、最終的に体内からの排出を目指すものらしい。それまでの期間は個人差があるようだが、目安となるのが、最初に言っていた「二週間」ということだった。


 とはいえ、そんなに長期間、ここに拘束されてしまうのは、色々と問題があった。一番はやはり会社だ。やむを得ない事情だとしても、スケジュールがある仕事を遅らせることは、周囲の迷惑は元より、結局は自分の首を締めることに繋がる。

 何日かは、昨夜のような激痛に見舞われるかもしれないので仕方ないとしても、ある程度、症状が落ち着いた時点で退院を切り上げてもらうことを考え、会社にも電話でそのように報告した。

 

 昨日、出社を強行したことが原因で無用な苦しみと恐怖を味わったというのに、懲りずにまた、仕事優先で物事を考えている。

 ある意味、これも病なのだろう。自分に限らず、現代人が潜在的に患う病だ。

 それこそ、時として本当に死へと至る――

 


 病気が大したものではないと判明したからだろう。問診後に病室を移動させられた。

 新しい部屋は、四人の患者と相部屋の多床室だった。カーテンは隣とを隔てるパーテションのみで、向かい側の患者の様子は上体を起こせば確認できた。自分以外の患者は全員が高齢の男だ。認知症を伴っている者もいた。

 日中、彼らは見舞いに来た家族と話したり、テレビを見て過ごしていた。

 テレビはベッドの横の棚の上にあるのだが、どういう基準なのか全員に用意されているわけではなく、おれのところにはなかった。

 もっとも、最近はテレビを見る習慣もすっかり無くなってしまったので、それを残念とも思わなかったが。

 

 そのうち、会社の同僚の男が一人、見舞いにやってきた。電話では把握しきれなかった状況の確認を兼ねてだろう。

 仕事の進捗や、遅延の見込み、引き継ぐことができる作業などをおれから一通り聞いて納得したようだが、彼は気付いていない。

 今、見舞っている同僚が、普段から一緒に仕事をしている自分の顔に見覚えがないこと――それを、内心で動揺しながら、必死にひた隠していることを。

 

 男が自分の名を呼んで親しげにベッドに近づいて来た時、スーツを着ていたので会社関係者だろうとは思った。だが、自分が勤務する支社の人間は、一応、全員頭に入っているが、その中に該当する人間は居なかった。

 考えられるのは本社の人間だが、わざわざ他県から来たのだろうかと、腑に落ちないながらも話を合わせていた。奇妙だったのは、相手の口調が、おれが自分のことを知っているのを前提で話しているのと、あまりにも仕事の内情に精通していることだった。


 そして、しばらく話している内に、おれはとうとう、この男の正体が自分の同僚のIだということに気が付いた。

 状況的には、自分の記憶の中にあるIと、顔の造形が違ってしまっているのだ。イメチェンの類でどうという話ではない。

 おれは、即座に自分の認知がおかしくなってしまった可能性を疑った。だから、この見知らぬ男をIだと見なして対応する他なかった。

 Iが去ってから、おれは自分の記憶の中にある、家族、友人らの顔を思い浮かべ、それが、この現実での彼らの本当の顔なのかどうかを疑い、恐怖した。

 

 その過程で、昔ネットの掲示板に載っていた後味の悪い怪談を思い出した。


 ある宗教団体の施設に肝試しに行った少年が、最終的に今まで自分が居た場所とは似て非なる世界の病院のベッドで目を覚まし、以後、周囲の人間は自分のことを昔からの知り合いとして接してくるが、少年からすれば、周りは自分の家族だと主張する人々も含めて、まったく馴染みがないという状況に置かれてしまうというものだった。

 

 おれは……昨日から、一睡もしていないはずだ……。

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