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2.店と小麦粉と私

 ここはQマートハタゴニア支店。

 ヨードチンキから硝酸カリウムまで、何でも売ってるコンビニだ。

 何でも売っているので、当然、いろんな客がいろんな物を買いに来る。トラブルは必須だ。

 さて、今日の客は何を買いにきたのやら。

 店に入ってきたペンギンは目元に美しいピンク色が入っていた。これはケープペンギンの特徴のひとつである。

「あの……、薬品を探しているんですが」

 声と体形から総合して雌だと判断される。

 が、私にはそれ以上の感想はない。A.I.の私には生物たちの美醜を判断する趣味嗜好傾向はない。

 ただ、普段ゴリさんやゲンさんの世間話に付き合って蓄積されたデータをもとに、なにかしら言及するとすれば、この小柄なケープペンギンは「美女」の範疇に入るのではないか、ということだ。年齢はゴリさんよりは若いが、子供の一匹ひとり二匹ふたり居てもおかしくはない年まわりだ。

 さらに特筆すべきは、美女は疲れたような、澱んだ目をしていた。

「……薬品? なにをお探しで?」

 素人には分からない程度に一瞬固まっていたゴリさんはすぐさま平常心に戻って聞いた。こういうところはさすがだと思う。伊達に「スプーンランド帰り」と呼ばれているわけではない。

「ペンタエリトリトール、あるかしら?」

 美女がさらりと言う。

 ゴリさんはまた息を飲んだ。

「……在庫はないですね。ご注文いただければ取り寄せますが。一週間かかります」

「そう……。一週間じゃ間に合わないわね」

 独り言のように言う。

 これは、注文はしない、という意味でいいだろうか。

「じゃあ、トリメチレントリニトロアミンは?」

 澱んだ目で、澱みなくその長い単語を言い切った美女は、チラッと隣のゲンさんを見、さらに奥から半分顔を出して興味津々に一見の客を見ている山田くんにも警戒するような視線を飛ばした。

 無理もない。すごい単語が出てきたものである。

 さっきのも、いまのも、爆弾の素になる薬品だ。

 特に後者はプラスチック爆薬の主成分になるもので、それ以外の用途で使うシーンを私は知らない。

「それも在庫はないです。取り寄せは――」

 と、ゴリさんにみなまで言わせず、

「一週間かかるのね」

 美女が疲れた口調で言った。不機嫌なため息つき。

「……」

 さすがにゴリさんもクチバシをぎゅっと閉じた。

 普通、ハタゴニアのような辺境惑星では、注文した商品が確実に届くわけではない。輸送船が賊に襲われることもあるし、遭難することもあるからだ。

 業界ナンバーワンのダイワ運輸でも最短で六か月はかかる。それでも、荷物の到達率は七十パーセントほどだろう。

 しかし、Qマートでは独自の方法を使って一週間で百パーセントという驚異的な数字をたたき出しているのだ。これがどんなにすごいことか、この高飛車なケープペンギンは知らないらしい。あまつさえ「一週間じゃ遅い」と言いたげなその顔はなんだ。いてこますぞ。こら。

「分かりました。じゃあ、あるだけの小麦粉ください」

「……」

 ここで息を飲んだのはゲンさんのほうだった。ギョッとした顔で固まっている。

 私は「なるほど」と思うわけだが、本社勤務のホワイトカラーズはご存じない方も多いであろう。小麦粉から爆弾が作れるということを。プラスチック爆弾などと違って、爆発させるためにはストローの一つでもあればいいという、世界一お手軽な爆弾だ。

 ゴリさんは後ろを振り向いて、山田くんに目で合図する。

 ほどなくして、両フリッパーいっぱいの小麦粉を山田くんが倉庫から持ってきた。二百グラムの袋が十個はあるだろう。それをQマート印の入った一番大きなビニール袋に詰める。

 レジを打ちながらゴリさんが言った。

「薬品のほうはよろしいので……?」

「そうね……。無駄になるかもしれないけど一応注文しておくわ」

 コキコキっと凝った肩をほぐすような仕草をして、ケープペンギンが言う。

「注文されるのなら、IDカードを見せていただけますか? 危険物ですので」

 ゴリさんが珍しく丁寧に言うと、ケープペンギンは無言で革のケースに入ったものをズイと持ち上げて見せた。

 ゲンさんや山田くんの位置からはよく見えなかっただろう。だが、ゴリさんはしっかり確認できたようだ。もちろん、私も。

 顔写真入りの立派なIDカードだ。名前の上についているのは、確かに危険な薬物を購入できる肩書だった。

「ありがとうございます。……では、一週間お待ちください」

「よろしくお願いします」

 ケープペンギンは感情のない声でそう言い、渡された大きなビニール袋をサンタクロースのように背中にヨイショと担いだ。少し足元がふらついた。女性の細腕ではやはり重いだろう。四キロほどの体重に、二キロの小麦粉を担いでいるのだ。

 ゴリさんが手動のガラス戸を開けてやっている。

「大丈夫ですか? なんだったらバイトに運ばせますが」

「いえ、大丈夫です」

 気丈に言って、美女はよちよちと去っていった。

「……」

「……」

「……」

 しばらく三匹のおとこたちは黙っていた。

 ゴリさんはあの美女になにか含みがあるように見えた。

 ゲンさんの表情は凶悪犯でも見るかのような顔つきだ。

 山田くんは若者特有の好奇心満ち満ちである。

「……」

「……」

「……」

 静寂を破ったのは、ゲンさんである。

「で、なにものだったの?」

「アカデミーの工学博士、だったな」

「へぇ……!?」

「まぁ、IDカードなんて簡単に偽造できるけどな」

 と、ゴリさん。

 いや、本物だったけどね?

「調査隊を装った、どっかのテロリストじゃないの~? 爆弾作ってどこを吹っ飛ばす気やら。くわばら、くわばら~」

 ゲンさんは両フリッパーをこすりあわせて冗談めかしている。

「テロリストよりも、ちょっとメンヘラ入ったやばい女じゃないすかね? ドラッグキメてるような目してましたよ」

 うんうん、山田くんはそういうお友達、いっぱい居たんだよね。

「え、そうなの?」

 ゲンさんが食いつく。

「さっきの薬品って爆弾のモトなんすか?」

「そうそう」

「じゃあ、爆弾作って、浮気とかDV三昧のカレシに復讐する気なんじゃないすかね?」

「うわ~、すごいね、最近は刺すんじゃなくて吹っ飛ばすんだ?」

「自分の知ってる話じゃ、プールに発電機ごと突き落として感電死ってのもありましたね。女はこわいっす」

「イヤーン! 焼き鳥になっちゃう~!」

「……」

 ゴリさんはその会話には加わらず、ずっとガラス戸の外を見ていた。



(続く)

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