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1.いつもの朝

 ここはQマートハタゴニア支店。

 コピー用紙からオリンピックのチケットまで、何でも売ってるコンビニだ。

 朝七時の開店時間をいくらか過ぎると、常連客のゲンさんがえっちらおっちら歩いてくる。

 それを遠くに見ながら店長ゴリさんは紙コップを用意する。やがて、低い声で一言。

「いらっしゃい」

 ガラスの手動ドアを開け、少々足を引きずりながら店内に入ってきたフンボルトペンギンのゲンさんは、一度、ぐるっと周囲を見渡してから、アデリーペンギンの姿が見えないことに軽くため息をついた。

「おはよう、ゴリさん。いつものね」

 ゲンさんが言うやいなや、ゴリさんはカウンターテーブルにホットコーヒーの入った紙コップを置く。

 それをフゥフゥ冷まして飲むのがゲンさんの日課だ。ここで、熱いものは総じて苦手なはずのペンギン族が何故ホットコーヒーを? などと聞いてはいけない。ゲンさんの健康法に関する薀蓄うんちくが長々と始まってしまうからだ。なまじ医者プロなだけに、聞いた側には逃げ場がない。

「ゲンさん、足、どうした?」

 ゴリさんが数分前から気になっていたことを聞く。

「足? いや、足は悪くないんだけどさ、腰がね、まだ痛いのよ。だから、かばうような歩き方してたのかも」

「腰痛? あれはフン詰まりが原因だったやつだろう? 下剤飲んで解決したんじゃ?」

「いや、それがさぁ、一度痛めちゃうと長引くのよ。まったく、年は取りたくないね」

 中年が二匹ふたりそろえば、やれ体のどこそこが痛いだの、それ病院行かなきゃだの、といった話になるものだ(ハタゴニアに病院はないんだけど!)。

 ゴリさんとゲンさんの会話も、統計を取るとほぼ半分は体の不調に関する話である。有機の体は大変だね。

「それよりも、例のバイトはどうした? やっぱり逃亡したか?」

 ゲンさんがもう一度店内をぐるっと見ながら言う。

「いや。裏で在庫整理してるよ」

 フリッパーで背後を指しつつ、ゴリさんはニヤリと笑った。

「なんだ、まだ居るのかい」

 言いつつ、ゲンさんは嬉しそうである。

 ゲンさん指導のもと、バイトの山田くんはクスリを抜く治療をはじめたこともあって、ゲンさんはゴリさん以上に彼を気にかけているのだ。

「よっこらせ」

 と、掛け声をかけながら、カウンターの外側(つまり客側)にある木箱によじのぼる。そこがゲンさんの定位置なのだが、今日はどうも座りが悪い。腰をさすりさすり、

「山田くーん、座布団持ってきてー」

 奥に声をかけた。

「はーい」

 という声は聞こえたが、山田くんはなかなか現れない。

 五分後くらいにのっそりと紫色の分厚い座布団を持ってきた。それをカウンター越しに渡すのではなく、ちゃんと長いテーブルを回り込んで持っていくところは一応褒めておこうか。

「これでいいすか?」

「やたら豪華だね。なにこれ。商品なの?」

 四隅に立派なふさまでついている。

「なんかの景品みたいすね。これ、ゲンさんに使ってもらってもいいんすよね? 店長?」

 話を振られたゴリさんは、思い出したように言う。

「去年のお年玉キャンペーンのか。ああ、いいよ」

 ゲンさんが座布団の上に収まって一息ついた絶妙のタイミングで私も挨拶をする。 

「おはようございます、ゲンさん」

「ダグさんも居たのかい、おはよう。いつも不思議なんだけど、テレビカメラ? で、店内が見えてるわけ?」

「まぁ、そんな感じです」

 と、苦笑気味に言葉を濁す。

 ゲンさんは私のことを「本社詰めのオペレーターかなにか」だと思っているのだ。

 何度かA.I.であることを説明しようとしたのだが、ゲンさんの理解だとそれが限界のようで、有機の体を持っていない生命体は医者の見地からすると「ありえない」し、「疑似生命体」になると、「それは神様かなんか?」という反応だ。

 なので、もう面倒くさいので「辺境惑星に派遣された店長をサポートするための社員」と名乗っている。ここに嘘はひとつもないわけだが。

「どーお? 最近、面白いことあった?」

 ゲンさんがいつものようにいつものセリフを言っているが、ゴリさんの返答もまたいつもの通りなのである。

「いや、なにも」

 初老に片足を突っ込んだ中年が二匹ふたり揃っても、面白い事件はあまりないし、色めいた話は滅多にない。

 強いて言えば、ふたりとも武勇伝は腐るほど持っているので、統計的には「昔の物騒な話」が会話の約半分を占めることになる。

 山田くんはまた在庫整理に行ってしまった。裏でサボって漫画を読んだり缶コーヒーを飲んだりしているのを私は知っているが、たぶんゴリさんも知っているだろう。

 そんないつものQマートハタゴニア支店の風景に、少し変わった風が吹くことになるとは、このときは誰も予想だにしていなかったのだ。

 手動のガラス戸が開く音がした。

「いらっしゃ――」

 最後の「い」は私の集音マイクでは拾えなかった。ゴリさんが息を飲んだような音がしただけである。

「あの……、薬品を探しているんですが」

 それは初めての客だった。




(続く)


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