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5.マエノ管理者

 この惑星には皇帝とか大統領という存在はいない。または、いなかった。

 行政のトップは単に「惑星管理者」と呼ばれていて、文字通り惑星の管理だけをしていればよかった。汚職だの赤坂の料亭だのとは無縁のはずの仕事である。

 代々の管理者は一日中のんびりとハンコを押しているだけで税金から給料がもらえた。ノブレスオブリージュ? なにそれ? おいしいの? 当時は観光惑星として大いに潤っていたので、行政には大した責務もなかったのだ。

 しかし、十年前、この惑星に巨大隕石が落下したとき、その後の混乱と暴動に対処できなかった惑星管理者の責任はやはり大きいといわざるを得ない。

 暴動を鎮圧するという口実で乗り込んできた銀河中央政府軍がヒルダン暫定自治区を誤爆したときも、前の惑星管理者はただ茫然と一週間遅れの書類を終業時間まで仕上げていたのだ。これでは無能といわれても仕方がない。

 ほどなくしてハタゴニアの各地が戦場となり、前の管理者は逃亡したという――。



 ひんやりと冷え込んだ地下フロアーで、ガレキの合間に顔を出したジェンツーペンギンを見て、ゴリさんが言った。

「あんた、マエノ管理者だね?」

「……」

 ジェンツーはむっつり黙ってこちらを見ていたが、やがてペタン、ペタン、と短い足で歩いてきた。

 そのゆっくりした動作がゴリさんの質問を肯定している。

「いや、管理者権限は返上した。元管理者のマエノだ」

 ジェンツーペンギンがかろうじて聞き取れるくらいの声で言った。

「……」

 えーと、つまり、前の惑星管理者であるマエノさんである。

 そういえば、前の管理者はジェンツーペンギンだった。A.I.のくせに忘れていた。いや、実際には「たいして重要ではない情報」に分類されていたのだ。そこから抽出して引き出すのに〇・〇一秒かかった。

 ちなみに、今の管理者は銀河中央政府から派遣されているイマノさんである。中央政府傀儡の一時政権なので、この惑星の住民は誰も認めてはいないし、お役所もほとんど機能していないのだが。

「店長さん、わざわざ配達に……?」

 相変わらずぼそぼそと喋るジェンツーペンギンの声には、感謝の気持ちよりも不審の色が顕れていた。

「注文した品を取りに来ると言っていたのに来ないので、心配になってね」

 ゴリさんが素気なく答える。

「そうか。忘れていたわけじゃないんだが、ご覧の通りの場所でね。テロリストどもがうろうろしてるんで、なかなか外に出られないんだ」

「……」

 ならなぜそんな場所で寝起きを?

 と、意地悪な質問をしてみたいところだが、さて……。

 ゴリさんはリュックサックの中から紙の包みを取り出すと、

「早速だが、これが注文の越中ふんどしだ。お代も先にもらってるので、これを配達すれば俺の仕事は終わりってことになる。だが――」

「……?」

 ジェンツーペンギンは受け取ろうと両フリッパーを伸ばしたが、ゴリさんはなぜか渡そうとしない。

 一度、わざとらしく咳払いしてから、

「マエノさん、あんたに必要なのはコレじゃない気がするんだ。ちょっと俺の話を聞いてもらってもいいかい?」

「まぁ、時間にもよるが」

 ジェンツーが少々面倒くさそうに言う。

「なに、そんなに時間はかからないさ」

 ゴリさんのパンクな強面で、そんな風に低い声でニヒルに言われれば、まぁ、聞いてもいいかなという気分になるのは何故だろうか。

「それなら……」

 と、了承したジェンツーペンギンの前で、ゴリさんは実に二時間ほど『最近あったこんな話』を語った。

 一ヵ月前に海岸で拾った不良娘の話、ゲンさんの腰痛が実は便秘が原因だった話、街で強盗団のサブリーダーに因縁をつけられて撃退した武勇伝、自社製品の新発売のミルクがことのほか美味い話、等々――。

「……それから、三日前に店にやって来たアデリーペンギンの青年は、そう、山田くんというんだが、これがなかなか壮絶な過去を持っていてね。とある惑星の水族館で生まれたらしいんだが――」

 ここからがまた長かった。

 母親には育児放棄をされ、父親は繁殖の都合上、他の水族館に異動になり、家庭というものを知らずに育った山田くんの幼少期の話は、私は本人から聞いたのが一回目、ゴリさんがゲンさんに聞かせた時が二回目、そして今日で三回目になる。

 この後、少年院に入ってしばらくしてから、学徒動員で戦争に行かされ、敵の捕虜になったところまで一時間くらいかかるのだが、ここでは割愛させていただこう。

「……と、まぁ、そんなこんなで世の中には色んなペンギンがいるもんさ」

 ゴリさんは陶酔した顔で言うものの、

「……ぐぅ」

 ジェンツーペンギンは立ったままほとんど寝ている。

「ゴリさん、それで、配達品は……」

 たまらず声をかけた。

 ジェンツーペンギンも、そこではっと目を覚ます。

「あ、そうそう。この配達品なんだが――」

 と、持っていた紙袋を勝手に開けて、ゴリさんは中身を取り出す。

 確かに、越中ふんどしだ。さらで真っ白の越中ふんどし。本社の方々、使い方はご存じだろうか? 雄はこれを股に締め、余った布の部分をエプロンのように垂らすのだ。

「マエノさん、もしかしてあんたは勘違いしてるんじゃないかと思ってね」

 言うや、ゴリさんはその越中ふんどしをヒラリと上空に投げた。その直後にマシンガンを構え、ズガガガガッというあの凶悪な音でヒラヒラと舞う白い布をハチの巣にしたのだ。

「え、ちょっと……」

 わたし、A.I.のダグラス。こっちは相棒のグレゴリー。

 わたしたち、長年の付き合いですが、突然の事態に混乱しています。

 ところで、ドクター・コバヤシはいつもドクター・バーバラの言動に混乱(confuse)していたそうで、このconfuseという言葉は彼のキーワードにもなっている。別に伏線ではないので、聞き流してくれたまえ。

「なにするんだ、あんた! 客の注文品を勝手にズタズタに!」

 いままで陰気臭かったジェンツーペンギンが急に活気づいたように怒鳴った。そりゃそうだ。ここでゴリさんを擁護する余地はない。いいぞ、もっとやれ、ジェンツー。

「代金だって払ってあるんだぞ! どうしてくれるんだ!」

 しかし、ゴリさんは落ち着いたもの。

 リュックサックの中から牛乳パックを引き出して、ゆっくりと語った。

「マエノさん、あんたはあの越中ふんどしを締めて自決するつもりだったんだろう? 前の惑星管理者としての責任を取って。十年前の落とし前を、いつの間にか棲みついてしまったテロリストの一掃作戦と一緒に着けるつもりで。中央政府に宇宙指名手配されている『オウサマ・ヴィン・ペングィン』の情報を売ったのもあんただ」

「……」

 えー、そうなの?

 と、ゴリさんとジェンツーペンギンの表情を交互に見ながら、裏でいろいろ検索してみた。

 なるほど。

 確かに、ジェンツーペンギンが怪しいアカウントを使って中央政府の支局に情報発信した痕跡がある。

 つまり、彼はこんな場所に潜んでテロリストたちの動向を探っていたのか。

 自分が招いてしまったことに罪悪感を感じながら?

 だとしたら、長い十年だったろうな。

「あんたにいま必要なのは越中ふんどしじゃない。この冷たいミルクさ」

 Qマート印の新発売、成分無調整ミルクを、ジェンツーペンギンの前にドンと置いて、ゴリさんは背を向ける。そして、ペタンペタンと歩き出す。二、三歩のところで振り向きざま、

「それと、自決するときに使うのは六尺ふんどしのほうだぜ。まぁ、あんなもの、締める機会なんかないほうがいいがな」

 え、なにそれ、ペンギン界のルールかなんかなの!? 

 それ、どっちでもよくない!?

 


 それからひと月くらいして、相変わらず辛気臭い感じのジェンツーペンギンがQマートハタゴニア支店に現れた時、ゴリさんは初めての客に言うように言っていた。

「いらっしゃい。なにかお探しで?」

「Qマート印のミルクを……。前に頂いたのが美味しかったので」



(一章・終わり)

【ペン銀子メモ】

越中ふんどし……ダグが言ってるように、前掛けっぽくなるアレです。

六尺ふんどし……キリリと締めるやつです。


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