4.お届け
ここはQマートハタゴニア支店……から数キロ離れた、ウェスト六区。観光客の生還率はゼロ。「ハタゴニア一のやべーエリア」である。つまり、ハタゴニア一過激なテロリストグループの根城になっているのだ。
そのやべーエリアを、ゴリさんの駆るキックボードが往く。
空は相変わらず曇っていた。
このどんよりとした曇り空は、ハタゴニアの名物にもなってしまった。
隕石と戦争で大地が抉られ、舞い上がった粉塵は、恒星の光を遮るほどの量になっている。
専門家にいわせるとこの先百年はこのままだという。
毎日鈍色の空の下で過ごしていると、生物としての心を失ってしまうものなのか、惑星ハタゴニアにはいま魑魅魍魎と化した数グループが跳梁跋扈している。(※チョーとかやべーとか、馬鹿っぽい修飾語をやめろと本社からクレームが入ったので四字熟語を使ってみた)
一つは、先住ペンギンたちの中でも比較的余力のある不良どもが集まって自然発生的にできた強盗団である。主にマゼランペンギン、フンボルトペンギンなどで構成されている。彼らに主義主張はない。単に物資が乏しいので他人から力ずくで奪う、という頭の弱い連中である。
二つ目は、第二次星間戦争に参加し、敗退したケープ星系の残党グループ。みかけは小さくて可愛いらしいが、部隊の錬度は高い。彼らの抵抗が長引いたせいで戦争終結も遅れたといわれている。ケープペンギンたちは本星に帰っても軍事裁判で裁かれるだけの身なのでなんとか逃げ切ろうとしており、その大部分がここハタゴニアに潜伏している。
そして、三つ目は、ナン・キョク星系から流れてきたテロリスト集団、オウサマペンギンたちである。リーダーは宇宙指名手配もされている大物だ。
さらに、四つ目の勢力として、その指名手配犯を追う者たちが居る。銀河中央政府の諜報部員や、民間軍事会社の特殊工作部隊などがそれに相当する。
この四つの勢力は微妙な拮抗を保っていて、直接的な利害関係がないケースにおいては無闇に接触することはない。
しかし、明らかにプロに殺られたであろう死体もたびたび発見されているので、小競り合いのようなものは確実にあるのだろう。
いま、ゴリさんが華麗にキックボードを走らせているのは、一番厄介なテロリスト集団、オウサマペンギンたちが居る六区である。
まったく、こんな危険地帯に乗り込まなければならないなんて、コンビニのA.I.などなるもんじゃないな。こういうときは転職を考えたくなるよ。
事前情報通り、六区は一部区間が通行止めになっていた。といってもどこかの組織が非常線を張ったわけではない。六区の象徴でもあった「林ビル」が全倒壊して、物理的に通れなくなっていたのだ。
地震のないこの惑星で、大して風化も劣化もしていなかったビルがなぜ全倒壊? というのは、素人の言い分だ。
テロリストたちが他の勢力と小競り合いをやらかすと、こういうことも起きる。つまり、無暗に接触することのない勢力同士がぶつかった結果の建物全倒壊なのだろう。ロケットランチャーやら対戦車砲やら、とにかく彼らときたら爆発物が大好物ときている。
さて、どことどこの勢力が喧嘩をしたのやら。
六区である以上、片方はテロリストなのだろうが、相手は?
地元の強盗団は数や地の利があるものの、所詮、素人である。やべーテロリスト相手に喧嘩を売るような真似はしないが、中には先だっての山田くんのようにクスリでぶっ飛んでしまう若者もいるので、可能性が皆無とは言えない。
ケープペンギンの残党グループは戦闘に関してはプロだがあまり表立った行動はできないので、除外してもいいように思う。が、これも先日の『国鉄爆破事件』の例があるので、無視はできない。
スパイたちは単独での隠密行動が基本なので、建物が倒壊するような派手な戦闘を仕掛けたり、仕掛けられたりする可能性は低いはずなのだが、中にはジェームズ・ボンドもどきやかぶれも居るので要注意である。
「まったく、ひどい有様だ」
ゴリさんが呻いた。
「林ビル、見事にガレキになっちゃってるね」
ハタゴニアでは残り少ない、元の原型を留めていた建物だったのだが、一晩でオジャンだ。
形あるものはいつかは壊れるということか。
「あんな前世紀の遺物は倒壊してくれて結構だが、回り道をしなければいけないのが困る」
ゴリさんは結構ドライなのだ。
「ジェンツーペンギン、この中に埋もれてなきゃいいけどね」
「あの種はちょこまかと素早いから大丈夫だろう」
キックボードを華麗に繰るゴリさんは、一陣の風になってこのガレキの街を駆け抜ける。まるで水中のペンギンのように。
端末のカメラアイから見上げると、ゴリさんの表情がよく見える。
歴戦の勇者の証(ということになっている)、頬の傷痕はもうだいぶ薄れているが、強面を引き立てる役目はちゃんと果たしていた。
『スプーンランド帰り』という異名を持つゴリさんがなぜ民間のQマートグループに再就職したのか、私は知らない。どこの惑星でも第一次星間戦争の英雄は引く手数多であったろうに。
「住所はここだな……」
キックボードを止めてゴリさんがそう言ったとき、
「おっさん、手をあげな――」
背後からそんな若い雄の声が聞こえた。が、彼が言い終わる前にゴリさんのマシンガンが火を噴く。
ズガガガガガッという凶悪な銃声に野太い悲鳴もかき消えてしまった。
五秒後には「手をあげな」と言ったオウサマペンギンのほうが諸手をあげて降参のポーズだ。
ゴリさんは無駄な殺生はしない。いまのは威嚇射撃である(にしては弾数をだいぶ使ったようだが)。
「なんだい、見た顔じゃないか」
ゴリさんが言い、銃口をやや下げた。が、完全には降ろしていない。
諸手をあげているのは何度かQマートハタゴニア支店にも食糧を買いにきた若者である。テロリストグループの使い走りといったところか。
「妙な動きをしたら、今度は当てるぞ」
「すっ、すみません!」
哀れ、若者は涙目になってブルブル震えている。弾丸が自分の体スレスレを抜けていったのだ。さもありなん。
「ここがお前らの縄張りだってことは知ってるが、俺は配達に来ただけなんでね。邪魔しないでもらえるかい」
「はっ、はい!」
あっさり優劣が決まってしまった。こうもあっけないと、ゴリさんが強いのか、オウサマペンギンの若者が弱いのか、分からない。たぶん両方なんだろう。
「すんません。明け方出入りがあったもんだからピリピリしてまして」
「それでビル一つぶっこわれたのか?」
「はい」
「仕掛けてきたのはどいつだ?」
「それが……、よく分からないんすよ」
「分からない?」
「自分、下っ端すからね。なにがどうなったのやら。リーダーとは連絡取れないし、仲間も散り散りになったみたいで」
「……」
ゴリさんはなにかを考えている風だったが、私の結論は変わらない。
おおかた、テロリストどもの掃討作戦でも行われたのだろう。といっても、陣頭指揮を執ったのはこの惑星の政府ではない(そもそもハタゴニアに政府軍はない)。銀河中央政府だ。奴らがやってきたのだ。辺境の惑星に部隊を送り込み、指名手配犯の首を取り、さっさと引き上げる。それが奴らのやり方だ。
なんでそんなことになるかっていうと、大人の事情でいろんな利権やらお金持ち惑星の脅しやら世論の突き上げなんかが絡んでいるわけよ。
「困ったことになれば、うちの店にきな。金があれば食糧は売ってやるし、金がなければ雇ってやる」
ゴリさんは若者にそれだけ言って、壊れかけの建物の中に入っていった。
住所はウェスト六区一番地四角ビル地下一階。昔は洒落たオフィスビルだったらしいが、いまは廃墟同然になっている。どこもかしこも灰色で、むきだしのコンクリートは地下水が染みて半分氷のようになっていた。
こんなところにあのジェンツーペンギンが潜んでいるのだろうか。テロリストには見えなかったが。
「Qマートです。注文の品、お届けにきましたー」
ゴリさんが声を張りあげて言うと、どこかでゴソッという音がした。
(続く)