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3.配達

 ここはQマートハタゴニア支店。

 鉛筆削りからフルメタルジャケット弾まで、何でも売ってるコンビニだ。

 店は基本的に店長ゴリさんがひとりで切り盛りしている。

 故に二十四時間営業というわけにはいかないのだが、実質は二十四時間営業みたいなものである。

 なにせ、惑星に一軒だけのコンビニだ。餓死寸前のやせ細った母子がヨロヨロと夜中にたどり着くようなケースが過去にあって、以来、閉店後にはこんな張り紙をしておくことにした。


「命に危険のある方のみ呼び鈴を押してください。それ以外の方へ。朝の七時から営業します」


 最近は深夜に呼び鈴が鳴る回数も減ったが、それでも油断はできない。緊急病院と同じ態勢でやっている。

 そんな状況なので、店長が配達に出かけるときなどは私が店番をするしかないのだが、文明の最先端を知らないこの惑星の住民たちは私のことを気味悪がったり、あまつさえ逃げ出したりするので、店番としてはほとんど役立たずである。

 たまに逃亡中の亡国の元将校やら、どこぞのエージェントやらが買い物に来て、彼らはスマートな返しをしてくれるが、逆に言えば、私という存在に驚かない者は要注意という分かりやすい指針にもなっている。

 現在は朝の七時前五分。

 そろそろカウンターの奥からペッタンペッタンというあの足音が聞こえてくる時間だ。

 ……と、言っているそばから聞こえてきた。今日も時間通りだ。素晴らしい。

「おはよう、ゴリさん」

 店長が姿を現す一秒前にこちらから声をかける。分かっているよ、という私なりの気遣いであり、A.I.の矜持でもある。

 私の音声は店内に設置された複数のスピーカーから最適のひとつを選んで音量を調節し出力することができる。そんなのは朝飯前だ。

 いまは店長がよくいる場所、カウンターの上のレジに内蔵されたスピーカーから出力している。ここからだと店内全体を見渡せる。レジには防犯カメラも内蔵してあるので、私の見ている風景と店長の見ている風景はそんなに変わらないはずだ。

「おはよう、ダグ。ゆうべは変わりなかったかね?」

 この店長の名前はグレゴリー。

 パンクな風貌のなかなかのナイスガイだということは、A.I.の私にも分かる。

 黄色いメッシュの入った、目の上のまゆげともヘアスタイルとも言いがたいアレがチョーイカしている。ピンピンにはねたそのメッシュは彼のトレードマークでもある。

 店長はイワトビペンギンという生物で、ハタゴニアの先住とは種類が違う。出身は惑星ペンギニア。いまは亡き、極寒の星だ。イワトビペンギンをはじめ、アデリーペンギンや皇帝ペンギンなど、さまざまな種のペンギンたちが住んでいた。とうぜん、みな、寒さには強い。

 ここ十年で急に氷点下の星になったハタゴニアにゴリさんが派遣されたのも、寒さに強いというその特性があったからだろう。

「いつもと同じで静かな夜だったよ。静か過ぎて暇だったから思わずホラーサイトめぐりしちゃったね」

 そう言うと、ペンギン店長が笑う。

「トイレに行けなくなるくせに、なぜ夜中に見るかね」

 これはゴリさんの冗談だ。

 黒い顔の中に埋もれているのでよく見ないと分からないのだが、そこにはこげ茶色の瞳がお茶目に輝いている。

「まぁ、万一漏らしても、ファンから出るのは埃だけだし」

 負けずに冗談で返す。

 私の母体を作ったドクター・コバヤシは、一般的な汎用A.I.の硬い「ですます口調」が大嫌いだったそうで、冗談も返せるくだけた口調の『モードB』をつけた。Bは、brokenのBであり、思考モデルになったドクター・コバヤシの同僚、ドクター・バーバラが由来でもある。

 このドクター・バーバラというのが天才とは紙一重のバカだったらしい。そのエキセントリックな言動は枚挙にいとまがない。

 なんでも自身の研究室のドアには『大宇宙似非スピリチュアル研究所』と手書きで書かれた看板を貼りつけたり、所内一のイケメンに振られて人生に絶望し、じゃがいもの芽を一キロ分摂取して自殺を図ったり。

 そんな学者らしからぬ(ある意味では非常に学者らしい)彼女の思考モデルのおかげで、従来のA.I.ではどうしてもクリアできなかった改定版のチューリング・テストも軽々とクリアでき、私はゴリさんとも友達のように会話することができるのだ。素晴らしい躍進である。

 ゴリさんはカウンターの横に置いてある自分用の冷蔵庫からキンキンに冷えたミルクを取り出し、一気に飲み干す。それが朝食である。朝は固形物は摂らない。

 店内の時計が朝七時のジングルを鳴らした(これは私がやっている)。

 さあ、開店だ。

 いや、その前に、店長よりも先に起きて開店準備をしなければいけないはずのバイトを叩き起こさなければなるまい。

 彼が寝ているのは半壊した二階部分の虹色パラソルの下だ。パラソルの柄の部分に小さなスピーカーが設置されてある。小さいが高性能なのでペンギン一匹起こすには十分だ。


  ジリリリリリリリリ!


 最大ボリュームで凶悪な目覚まし音を出してやった。

 一分後にアデリーペンギンの山田くんが慌てて降りてくる。

「おっ、おはようございます!」

「おはよう。五分四十五秒の遅刻だね。時給から引いておくから」

 ゴリさんは容赦ない。

 金にはチョーうるさいと本社の『社長メモ』にも書いてある。

 Qマートハタゴニア支店に新しいバイトが入って三日経ったが、クスリが入っていないときの山田くんはいたって普通の青年だった。少々ルーズではあるが、昨今の若者はこんなもんだろう。

 山田くんには簡単な在庫チェックをやらせ、ゴリさんはいつものルーティンを始める。

「今日は配達は?」

 私が第一声、これを聞くのもルーティンのひとつだ。

「予定はないが、ちょっと気になってる客が居るんでね。出かけてこようと思う」

「気になってる客?」

 聞き返しつつも、実は該当しそうなのが一件ある。

「十日前に越中ふんどしを注文した、ジェンツーペンギンの中年?」

 そう言うと、ゴリさんが苦笑した。正解、の意味だ。

 当該客はぼそぼそと喋る陰気な奴で、私はあまりいい印象を持たなかったのだが、ゴリさんはなぜか気にかけているようだった。同世代のよしみというやつだろうか。

「品物はもうとっくに届いてるよね」

「ああ。一週間くらいしたら取りに来ると言っていたが、来ないんだよな……。やっこさん、生きてるかね?」

「う~ん、住所は六区か。あそこの治安を考えると、死んでる可能性は高そうだね」

 A.I.のくせにこんなあやふやな物言いをするのも、例の『モードB』のせいなのだが、本当のところはちゃんと生存確率の数値も出ているし、実を言うと六区をモニターしている政府用のカメラも操作できないことはない。

 ただ、それをやると犯罪になるので、やらないだけだ。いくら政府の機能が半分以上死んでいるとはいえ、お上に逆らうような反骨精神はプログラムされていない。

 しかしながらそれもケースバイケースで、一部の社会に「正当防衛」という考え方があるように、A.I.の世界にも「緊急時には法なんて知ったこっちゃねぇ」という考え方がある。この「緊急時」というのもかなり厳密に規定されてはいるのだが、つまり、『あなたの善良なるユーザーであるゴリさんが、反社会勢力による不当な暴力などによって危害を加えられる恐れがあると判断される場合においては、マシンガンぶっぱなしてもいいよ』的な、そういうアレである。

 お分かりいただけただろうか。

「……あ、ちょっと待って」

 ゴリさんが愛車のキックボードを取り出すのを制止した。

 放送局が壊滅したこの惑星では違法電波が飛び交っており、潜伏しているテロリストや窃盗団たちのやり取りをキャッチすることができるのだが、それによると六区の一部区間はいま封鎖されているという情報が入った。

 不発弾が見つかったらしいというデマも飛び交っているが、そんなはずはない。危険物が見つかったからといって辺り一帯を封鎖「してくれる」良心的な組織など、もうこの惑星のどこにも存在しないからだ。

 ひとまず、ゴリさんには事実だけを伝える。

「封鎖だって? 誰がどんな目的で?」

「それは分かんない」

「役立たずのA.I.だな」

「むしろ慎重と言って」

 確定情報はまだないのだ。迂闊な判断はできない。

「とにかく、様子を見に行こう」

「ゴリさん、今日は一緒に行きますけど、気をつけて。嫌な予感がします」

「分かった。バックアップは頼むよ、相棒」

 ゴリさんは淡々と出かける準備をする。弾帯を体にかけ、使い古したマシンガンを背負って、愛車のキックボードをカウンターの下から取り出す。

 ペンギンの短い足では地上を速く走ることができないので、ゴリさんはこのキックボードを愛用している。

 名に反して、キックせずとも自動車並みの速度は出せる代物だ。なにせマクラーレンホンダが使っていたのと同じエンジンを積んである。もちろん、アレの小型版だが、性能は折り紙つきである。

 このキックボードのハンドル部分に私の端末がセットされているので、ゴリさんと同じものを見、聞くことができる。

「よし、じゃあ行こうか、ダグ」

 ゴリさんの出動だ。

 注文の真新しい越中ふんどしは背にしたリュックサックの中に入っている。



(続く)

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