2.日常
ここはQマートハタゴニア支店。
無印マヨネーズからめちゃかけラウンドハンガーまで、何でも売ってるコンビニだ。
ほら、今日もクスリでおかしくなった無法者が、サバイバルナイフを振り回しながらのご登場だ。こんなことは日常茶飯事で、私の出る幕ではない。
とりあえずは監視カメラのオンを確認して放置、っと。あとは店長がなんとかするだろう。
「ヒャッハー! アジもイワシもたんまりあるじゃねぇかよー!!」
アデリーペンギンの若者だ。
ハタゴニアではマゼランペンギンやフンボルトペンギンに押されて影が薄いが、攻撃的な種族として有名である。
最近、流れ着いた輩だろうか。足元がふらついている。表情も明らかにおかしい。昨今、出回っている新種の薬物を常用しているのだろう。
二日に一回はこういう変なのがやって来るので、常連客も慣れたものである。さっきまで店長相手に油を売っていたフンボルトペンギンのゲンさんも「また来る」と言って、そそくさと退散した。
カウンターでゲンさんの若かりし頃の武勇伝を「ふんふん」と聞いてあげていた店長は、無法者の登場にも落ち着いたものである。「いらっしゃい」と低く言ったきり、特になにもしようとしない。
アデリーペンギンの若者は店内の廊下をペタンペタンと揺れながら歩き、そこに置いてあるバケツ一杯のアジを爛々と輝く目で見つめた。
そして、おもむろにカウンターを振り返る。
「よぉ、オッサン。生魚なんてどうやって仕入れた?」
サバイバルナイフを指揮棒のように踊らせて、恫喝しているらしい。
「……」
店長は答えない。
それを恐怖で固まったと判断したのが、アデリーペンギンの運の尽きだった。
「どーせ、言えないようなルートで仕入れたんだろうがぁ? まぁ、でも安心しろや。証拠は隠滅しといてやるぜぇ!」
アデリーが、バケツの中に向かってくちばしを突っ込もうとしたとき、ズイっと、その襟首を掴んだ力強いフリッパー(※ペンギンの羽)があった。
ゴリさんがいつの間にかアデリーの背後に立っていた。
「なっ……!? なにふんだよ!」
「お客様。当店ではお会計を先にお願いします」
そう言いながらもアデリーペンギンが持っていたサバイバルナイフを叩き落として蹴り飛ばす。その一瞬の行動が鮮やかだった。いくらジャンキー相手とはいえ、なかなかこうも見事に決まるものではない。
「ギョワッ、キェエエエッ!?」
わけが分からなくなったアデリーは、意味不明の鳴き声を発して暴れるも、後頭部への一撃によってすぐ静かになった。
ゲンさんが「終わった?」とばかりに覗きに来る。
狭い廊下に、白黒の物体が倒れていた。
「あーあ、こんなになるまで使っちゃって。だいぶ重度だな」
ゲンさんは元軍医なので、薬物の怖さを誰よりも知っている。
覗き込んだアデリーペンギンの顔は、紫色に近い色になっていた。
「どうすんの? ゴリさん」
この惑星には警察も病院もない。
あるのは心と体の弱い者から死んでいくという、生き物の掟だけだ。
だから、ゲンさんがそう聞くのは「殺すのか生かすのか」という意味である。
「こいつが暴れたせいで、ラッキョウの瓶詰が何個か割れた。働いて弁償してもらう」
店長は抑揚のない低い声でそう答え、
「ダグ、監視カメラの映像は」
カウンターのほうを見て聞く。
「解析できてるよ」
私はいつものようにそう答える。
アデリーペンギンの顔と声を宇宙港の膨大なデータと照合して、既に特定してある。
どうやら五日前に移民船で流れ着いた労働者のようだ。
登録名は(恐らく偽名だろうが)山田三郎。
「出稼ぎ労働者なら、働くのがスジってもんだろう」
「優しいんだから……」
ゲンさんは無い肩をすくめてみせた。
「この前、そう言って雇ったバイト、翌日にレジの現金とサバ缶盗んでトンズラしたんじゃなかったっけ?」
そんなゲンさんの独り言など聞こえないように、
「ダグ、業務日誌つけておいてくれ。バイト一名雇い入れ、と」
「了解」
それが、Qマートハタゴニア支店の日常だった。
(続く)