1.プロローグ
序
惑星ハタゴニア――。
かつては旅籠が立ち並ぶ美しい観光惑星であったが、いまは見る影もない。
十年前の隕石落下によって惑星全体が氷点下まで冷え切り、そのことが遠因となって戦争まで起きた。いまは氷とガレキの星だ。
しかし、この荒廃した惑星も、ある種族にとっては楽園となる。
――すなわち、ペンギンである。
1.プロローグ
さて、惑星管理者が無能だと大抵ろくなことにならないが、ハタゴニアでは前の管理者がとても無能であったためにちょっとおかしなことになった。
ところで、この「前の理事長」とか「前の委員長」という言い方は現職が前野さんだったときにとても紛らわしいのでやめて頂きたい。
「えー、いま入った情報によりますと、前の総理大臣が、前野総理大臣を表敬訪問し……」
そんなニュースは言う方も聞く方も混乱するだろう。
なんの話だったっけ。
あ、そうそう。
惑星ハタゴニア。
あのろくでもない戦争が終わったとき、ここに残ったのは恒星の光を遮る大量の粉塵と、一握りの生存者だった。
隕石とミサイルとガスでさんざん痛めつけられたハタゴニアの平均気温は氷点下まで落ち込み、寒さに弱い生物たちはほぼ死滅した。
いま、この荒廃した氷の惑星に動くものがあるとしたら、それはペンギン族である。氷上をよちよちと歩く彼らの姿は最新の『ゴーゴル・アース』でも確認できる。
ペンギンは先住とニューカマーが居るが、後者のほうが圧倒的に数は多い。故郷の惑星ペンギニアを第一次星間戦争で失った彼らは、一時、宇宙を流浪する民と化していたが、いまはこの打ち捨てられた氷とガレキの惑星に集まりつつあるのだ。
それは果たして喜ばしいことなのか?
銀河中央政府にも『死に向かう星』として見捨てられた惑星に集うペンギンたち――。
彼らは星の寿命をほそぼそと伸ばしているのか? それとも、貪欲に消費しているだけなのか?
半分凍った極海に、彼らの餌となる魚は少ない。
いまはまだギリギリ需要と供給のバランスはとれているように見えるが、この先百年でハタゴニアは生物の住めない星になるだろうというのが宇宙生物学者たちの見解だ。
ならば、ここは楽園ではなく、ディストピアではないか。
ペンギンたちよ、今すぐここを去って、新たな居住惑星を探す旅に出たほうが建設的ではないか?
そんな提案をしたくなるのだが、そんなことはどうでもいいといわんばかりに彼らは今日もぺったんぺったんと歩いている。
この不毛の星にも生存者が居て、日々の暮らしがある以上、彼らの命をつなぐための場所がある。それが、ガレキの中にポツンと一軒だけ営業しているコンビニだ。
店に入る前に、外観を眺めてみてくれたまえ。なんとも寂れた風景だろう。
プラスティックの看板はかろうじて「Qマート」と読める。有名なチェーン店だが、ロゴを真似ただけの偽物だろうと誰もが思う。こんな神にも見放されたような星に、正規の店があるはずはない、と。
しかし、れっきとした正規店なのだ。
証拠に、私の社員カードでも晒してみせようか?
そう、なにを隠そう、我々は本社から直々に辞令を受けてやってきたのだ。嘘はついていない。況や、私は嘘をつけるようにはできていない。
つまり、私はQマートハタゴニア支店のマネージャーであり常駐スタッフであり苦情受付係なのである。
ここでは酒も売るし、新鮮なキャベツもイワシも売る(入荷していたら、の話だが)。オムツもあるし、弾丸もおいてある。そんなコンビニだ。
そうそう、配達もやっている。消しゴムから冷やし中華までなんでも届けるのが我々のポリシーである。
届けるのは私ではない。たまについていくこともあるが、私は基本的には頭脳労働専門なので、配達はすべてイワトビペンギンの店長に任せてある。
あの『スプーンランド帰り』と噂される店長だ。
身長は60センチに満たない小柄な男だが、滅法腕がたつとの評判で、銃器の扱いも手慣れたもの。
愛車のキックボードでガレキと氷の街を駆け抜ける、運動神経抜群の店長の名はグレゴリー。私の相棒だ。
そして、遅ればせながら、私はダグラス。
Qマート本社で開発されたA.I.(人工知能)である。
(続く)