九話 合体技
なんかイチローの打つ前のポーズみたいなのカッコいいですよね。バットの先っちょ向けるやつ
ステルダの街からやや離れたところにある、山肌にぽっかりと炭鉱。
いつしか魔物の巣窟となっていたそこは、今や二人の冒険者に蹂躙される地獄絵図と化していた。
「炎矢ッ!」
炭鉱内に、メナドの気迫が乗った声がこだまする。同時に繰り出された魔法の向かう先には、動く岩石の魔物であるゴーレム。
洞窟の中から大軍をなしてぞろぞろと迫り来る岩石の波の先頭に、初級魔法である炎矢がぶち当たった。
瞬間、暗い洞窟内が爆炎に照らし出される。爆風に体を吹き飛ばされ、ゴーレム達は無残にも砕け散っていく。
「うーん、やっぱり火力はすごいねえ、メナドちゃん」
「火力はって何よ!」
含みをもたせた言い方につっかかる彼女だが、すぐにこの依頼の趣旨を思い出して気を切り替える。
ゴーレム達は、とにかく数が多い。岩や鉱石がそのまま魔物になった魔物である彼らは、一度生まれるとすぐに仲間を増やし始める。
粘土をこねたり、鉱石を磨いたりしてせっせせっせと増やし続け、大きな群れを作り出すのだ。
鼠算式に増えていくので大抵の冒険者は面倒くさがってこの手の依頼を受けたがらないが、セルマはこれに目を付けた。
理由は二つ。一つは、副産物だ。ゴーレムは生まれる際に核を作り出すのだが、これがまた高く売れるのである。金欠のセルマには願ったり叶ったりの依頼だ。
そして二つ目は——
「メナドちゃん、もっと落ち着いて!」
「わ、分かってるわよ!」
メナドの練習台である。数が多く、倒せばそれなりの金になるゴーレムの群れは魔法の的にかけるにはちょうど良いと考えたのだ。
メナドが群れに向けて攻撃し、撃ち漏らした残りをセルマが粉々に粉砕するという算段だ。
「えーと、『魔力制御初級編。この本を手に取っているあなた達は、恐らく魔法が苦手であるはず。兎にも角にも、まずは内に流れる魔力の流れを落ち着いて読み取ること』——」
「あ、あー! 聞こえない聞こえない!」
不意に脇から聞こえてくる朗読に、顔を真っ赤にして悶えるメナド。
彼女自身が執筆した初心者魔法使いのための指南書の内容を、今まさに自分に向けて読み聞かせられているのだ。羞恥プレイにも程があるだろう。
しかし、彼女は挫けなかった。
自分を迎え入れてくれたセルマの為にも、今後の活動の為にもまともに魔法を使いたい。彼女の内にあるのは、その一心だった。
この子は少しくらいなら巻き込んでもいいって言ってくれたけど、そんなのは絶対に嫌。魔力を絞って絞って、ちょろっと指先から飛ばす感じで——
これだ、この感じ!
「炎矢ッ!」
指先から躍り出た、到底初級魔法ではあり得ないような爆炎。ゴーレムの隊列にそれがぶち当たると、戦列の一部を綺麗に消し飛ばしてしまった。
「うわ……」
からんころんと、メナドの爪先に光を放つゴーレムの核が当たる。これ一つで三日分の食費が賄えるくらいの値段が付く代物だ。しかし、それを見るメナドの目は暗い。
そうしてかれこれ一時間。皮肉にも彼女の火力のおかげで討伐が捗り、残るは洞窟の最奥に居座るゴーレムの群れだけとなった。結局この依頼で魔力制御のコツを掴むことは叶わなかったが。
「なんかどう頑張ってもトンデモ火力になっちゃうね」
「はあ……ふん、どうせ私なんか役に立たないわよ」
ふてくされたように言うメナドを励ますように、ぴょこぴょこと跳ねながら探り探りの言葉を紡ぐセルマ。
「そ、そんな事ないよ! 現にメナドちゃんのおかげで早めにお仕事終わりそうだもん」
「それじゃ意味無いのよ……」
メナドは人を巻き込む事に強いコンプレックスを感じている。いくら魔力が強かろうが、その為に自己評価が低いのだ。それをうっすらと感じ取ったのか、セルマがある提案を持ちかける。
「ねえねえ、あのぼかーんって魔法だけじゃなくて、他のは使えないの?」
「……一応全属性の魔法は使えるわよ」
さらっと言うが、大抵の魔法使いはせいぜい三つ使えれば御の字である。火力の調整に難があり過ぎるだけで、彼女の才能は非凡なものなのだ。
「じゃあさ、氷飛ばせる? ブワーッて。なんだっけ、氷の矢って呪文」
「あれね……良いけど、飛ばないわよ?」
「飛ばない?」
見た方が早いとばかりに、指先に魔力を集めて氷を生成する。指の先に現れた小さな氷塊は瞬く間に膨れ上がり、大人の頭ほどの大きさになった。
「ちょっ、メナドちゃん! 大きすぎ! ストップ! ストップ!」
「そのストップが出来ないから困ってんのよ!」
氷の矢という鋭く細い氷を飛ばす魔法のはずなのだが、もはやこれは矢ではなく砲弾の域だ。その大きさに満足する事なく、氷は見る見るうちに膨れ上がっていく。
やがて生成が止まり、地面に落ちてずしん、と地面を揺るがす大きな氷。セルマ達の身長の倍はあるだろうかというサイズ。その振動で、奥のゴーレム達がセルマ達に気付いたようだ。
「ああ、気づかれた! もうこうなったらヤケ——」
指を構えるメナドの前に、ざっと地を踏んで立ちはだかるセルマ。その目はきりっと引き締められ、巨大な氷を見据えている。そして、おもむろに握りしめた巨大な十字架を振りかざす。
「あんた、何する気?」
「ふふーん。良いから見てて」
そう言って、十字架の先端をまるで狙いを定めるかのように突きつけ、腰を深く落としてそれを円を描く様に肩に構え直す。
そして呼吸を整え、力強く踏み込み——
「んんっりゃあっ!」
——一気に振り抜いた。
景気のいい轟音を奏で、猛烈な勢いで氷塊の一部が吹き飛ばされる。
粉砕され、ばらばらになって飛んでいく氷塊のかけらは、さながら散弾。一足先に群れから突出したゴーレムの一体を、無数の鋭いかけらが蜂の巣にした。
「うわ、すご……」
「ふふーん、どお? これは私とメナドちゃんじゃなきゃ出来ないよ!」
「……私が炎の矢素直にぶっ放した方が早くない?」
「な、なんでそういう梯子外す様なこと言うかなー! 私とメナドちゃんの協力プレーでしょ!」
協力。これまでその単語に縁遠かった人生を送ってきたメナドは、はたとその言葉に気付いた。誰かと一緒に何かを成し遂げた時の、心地良い感覚が彼女の背中を駆け巡る。
同時に、彼女の小回りの効かない魔法が誰かの役に初めて立てた瞬間でもあった。
「……悪くないじゃない」
「ん?」
「くふふふっ、私の魔法をこんな風に利用される日が来るなんて思わなかったわ。ほら、ゴーレム共がカンカンよ、じゃんじゃんやりなさい!」
両手を掲げ、巨大な氷塊を次々と生み出すメナドと、それを片っ端から叩いて周り、ゴーレムの群れへ向けて散弾を飛ばしまくるセルマ。
ぴたりと狂いなくはまる剣と鞘のように、その相性は抜群だった。
「あはははっ! ほらほら、ほらほら! どんどん行くわよ!」
「よーし、全部叩き壊しちゃうよ! やあああっ!」
その日、楽しそうに笑い狂う二人の少女の笑い声が、洞窟の奥からいつまでも響き渡っていた。
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