八話 ドギマギメナド
もう二人で勝手にやってろよってくらいのイチャイチャ加減が好きです。
ステルダの街をまったりと包む朝もや。日が昇りかけの、起きている者など鶏くらいという様な早朝に、一人の少女の声が街道に響き渡る。
「メーナドちゃーん! おはよー!」
神罰ちゃんを肩に担いだセルマが声をかける先には、一軒の宿屋。その二階の出窓の部分に向けて朗らかに場違いな声を上げ続けると、不意にその窓がばかんと勢いよく開いた。
「こら! 近所迷惑でしょうが!」
出てきたのは、寝間着姿の寝癖をぴょこぴょこと跳ねさせたメナド。昨夜の別れ際、自分が寝泊まりしている所を教え、セルマが毎日迎えに行く事を約束していたのだ。
「えへへ、メナドちゃんおはよー!」
「はいはいおはよおはよ。支度するから、上がってきなさい」
そうつっけんどんに言い捨てて、ぱたんと戸を閉める。その顔は、ほんのり赤く染まっていた。
グラジオラス家は厳格な家柄であり、それに加えてメナドは魔力制御の練習に大忙しで交友関係を築く事になど時間を割いていられなかった。
友人と呼べる存在など、ましてや自室に上げたことのある他人などセルマが初めてだった。
だ、大丈夫かな。この部屋、別に散らかってもないから大丈夫よね……。
などと思いながらメナドが見渡す部屋は、ほぼ全ての壁に本棚が立っている。家から金のついでにくすねてきた本を、家具屋から買ってきた本棚に詰め込みまくったのだ。
一般的な女の子の部屋には、この床が抜けそうな量の本など無い事を彼女は知らない。
程なく、部屋のドアをこんこんと叩く音が聞こえてくる。その音に一瞬ビクつきながら、ぱたぱたとやや急ぎ足で駆け寄ってドアを開けた。
「えへへ、きーたよ」
にぱっとはにかみ、屈託のない笑顔を向けるセルマ。友人を部屋に上げる初めての感覚を噛み締めながら、部屋へと誘った。
セルマの目に付いたのは、まずはその膨大な量の本。好奇心に満ちた彼女の胸をつんつんと刺激している様だ。
「すごーい! 本屋さんみたい!」
「へ、変かしら?」
「ううん、全然? 私も本好きだから、羨ましいなって」
その言葉に気を良くしたメナドは、ふふんと得意げに胸を張って口を開く。
「ふふん、良かったらいつでも本読みに来て良いのよ? あんたちょっと抜けてるから、読書して少しでも知恵付けなさいよね」
そこまで言って、はっと口をつぐむ。彼女はその境遇から言葉が刺々しい。そうやって常に自分をはびこる外敵から守ってきたのだ。
「あ、ご、ごめん! 口が勝手に……っていうか、その……」
俯き、恥じた。せっかく出来た友人に、無意識とはいえ酷い事を言ってしまった自分を、心の中で何度も叱咤した。
しかし、言われた当の本人はその言葉を純粋な好意として受け取っていた様だ。
「わー! 良いの? ありがと! じゃあ時間がある時は、毎日ここで本読ませてもらうね!」
「え……」
ただただ困惑するメナド。彼女の周りには、今までこういった手合いは誰一人として居なかった。自分を蔑む者、あざ笑う者、忌み嫌う者——誰も彼もが冷たかった。
それだけに、目の前のただ笑顔を向けているだけの彼女の存在を太陽の様に暖かく感じていた。
「ふ、ふふん! 良いわよ、毎日来なさい! ついでに本屋さんとかにも行って、あんた向けの本も選んであげるわよ!」
「わーい! メナドちゃん大好き!」
だきっ。
不意に全身を暖かさに包み込まれたメナドの思考は、たちまち停止した。
そして自分の状況をのろのろと飲み込み始めた脳が、急激に全身の体温を跳ね上げる。
「ちょ、こら! 馴れ馴れしいのよ、離れなさいよ!」
「あ、ゴメンゴメン」
あわあわとセルマの体を振りほどき、赤く染まった顔を隠す様に背を向ける。そうしてごまかす様に、台所へとそそくさと歩いて行った。
「あんた、朝ご飯食べたの?」
「あ、えへへ……昨日のお祝いでちょっとピンチでさ、でも、一食くらい抜いたって別に——」
「ちゃんと食べなさいよ! 今日も依頼とりに行くんだから、腹ペコでダウンなんてそんなアホくさい事イヤだからね!」
ものすごい早口でまくし立てながら、キッチンの魔石を指で弾いて火を起こす。
そしてフライパンを熱してバターを落とし、卵を二つ割り入れて目玉焼きを作り始めた。
焼き上がるまで空いた手を、今度は紙袋から取り出した一斤のパンに向ける。手際よくふわふわとスライスして皿に乗せ、テーブルの上にことりと置いた。
「た、立ってないで座って待ってなさいよ! 気が散るじゃない!」
もはやよく自分でも分からない様な感情に、振り回される様に動き続けるメナド。やがて出来上がった目玉焼きをフライパンごと持っていき、パンの上に乗せてチーズを削る。
「ほら、出来たわよ。あったかいうちに食べなさい」
「わあ……! 良いの?」
「食べるために作ったんだから、良いに決まってるじゃない。た、玉子嫌いだった?」
「ううん、大好き! えへへ、それじゃあ遠慮なく、頂きまーす!」
手を合わせ、一礼をしてからフォークとナイフで切り分け、食べ進める二人。二人共食べる際は黙るタイプの様で、鳥たちの鳴き声と食器のぶつかり合う音だけが鳴り響いている。
数分後、綺麗になった皿が二つ。英気を養った二人は、気を取り直して今日の依頼を決めにかかる。
「で、今日はどうする? また薬草摘み?」
そう尋ねられると、何やら恥ずかしそうにもじもじと指を回しながら呟く。
「え、ええとね。今日は討伐系でも良いかなって……」
「良いの? 無理しなくて良いんだよ?」
「良いのよ! いつまでも草むしりなんてしてられないし、それに制御の練習だってしなきゃだし」
それを聞き、こくりと頷くセルマ。
「ん、分かった。じゃ、軽いのにしようね」
そういって、懐から細々とした文字が羅列された紙を取り出す。
これは、ギルドの依頼表。二人で依頼を決めるために、セルマが早起きして貰ってきた物だ。
「んー。下級スライム、オーク、リザードマン……やっぱり青銅にもなるとちょっと怖いのが多いね」
そう言って、紙の上でふらふらと指を漂わせるセルマ。やがて、一つの依頼が目に留まる。
「よーし、これに決めた!」
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