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七話 歪な二人

百合百合ぃ

 ギルド内にてこんこんと説教とペナルティの掃除を食らった後、セルマとメナドは昇級を祝うために酒場へと足を運んだ。

 二人が囲むテーブルには、とりどりの食べ物が並んでいる。二人の予算ギリギリでの注文の為、祝いの席というにはささやかな物だ。しかし、彼女達の笑顔はそんな事を気にも留めていない事が見て取れる。


「お肉と……も一つお肉と……そんでもってお肉と……仕上げにお肉!」

「こら! 私の分が無くなるでしょうが!」


 きゃいきゃいとはしゃぎながら宴を楽しむ二人。ふと、セルマが何かを思い出した様に口を開いた。


「それにしてもさあ、メナドちゃんの魔法、凄かったよね。ぴきぴき、ぱきーんって感じで」

「あ……そ、そう?」

「うん! それで一緒に思い出したんだけど、メナドちゃんの名字、グラジオラスって言うんだよね?」


 瞬間、嬉しそうにほんの少し綻ばせた口元が、再びいつもの不機嫌そうな横一文字に戻ってしまった。

 しかし、ややデリカシーに欠けるセルマはそんなことは御構い無しだ。


「……それがどうしたのよ」

「その、グラジオラスってもしかして、あの……?」

「人様から噂されるグラジオラス家って言ったら、その『あれ』でしょうね」

「ふおおおおッ!」


 奇声を発したセルマは、ごそごそと肩掛けカバンを探ると一冊の本を取り出した。

 厳しい装丁のいかにも高級そうなその本は、『魔法概論・魔力制御編』と銘打たれていた。その著者名は、ベルフラウ・グラジオラスと記されている。


 グラジオラス家とは、代々偉大な魔法使いを輩出しているその道を志す者なら知らない者はいない魔道の名家だ。そしてここに座るメナドは、その末女である。


「ここ、この本書いたグラジオラス!?」

「んん? ベルフラウ……ふん、あの女が書いた本ね」

「す、すごーい! こんな所でグラジオラス家の人に会えるなんて!」


 さらに興奮が高まったセルマは、ぺらぺらとページをめくる。やがて開かれたページには、流れる様な筆致で記された著者のサインがあった。


「私、昔頑張ってお小遣い貯めてサイン付きの初版買ったんだよ!」

「それ私が書いたやつよ」


 その言葉に温まっていた空気は一気に冷え切り、停滞する。セルマも理解が追いつかないのか、ぽかんと口を開けて静止してしまった。


「……んん?」

「だから、それは私が書いたサインよ。あのクソ姉貴がわざわざ手書きでサインなんかするわけないわ」

「ええ……」

「もっと言うなら、文面も私が考えたものよ。あの女は著者欄にでっかく自分の名前書いただけ」


 荒くれの集まる酒場の隅っこで語られる、衝撃の事実。これが明るみになれば大事件間違い無しだろう。しかし、セルマはそんな事では無く、もっと目先の事に気を取られていた。


「じゃ、じゃあこの本に書かれてる事は、全部メナドちゃんの……?」 

「そ。全部私の理論よ」


 ほう、と嘆息をもらすセルマ。その目には憧れと尊敬がキラキラと輝いている。


「すごいなぁ。私とおんなじくらいなのにこんなに難しい事知ってるんだ……そだ、私この本の後書きの部分がすごく好きなんだ。これで今プリーストしてるって言っても過言じゃないね」

「後書きぃ? なんか書いたっけ」


 ほらここ、とぱらぱらとページをめくり、その部分を見せるセルマ。


 『ハナから諦めているから動きが鈍る。精神が大きく作用する魔法においてこれは致命的である。どうせなら、根拠のない自信を振り回して暴れ回りなさい』


 と、そう記されていた。それを見るメナドの顔は真っ赤に染まり、セルマの手ごとばたんと本を閉じた。


「か、書いてたら感情がこもり過ぎちゃったのね。ああ恥ずかし……」

「そんな事ないよお。すごく素敵だと思うな」

「そ、そうかしら。ふふん……」

「それにしても凄いなぁ。メナドちゃんくらいの才能があれば、どこのパーティからも——」


 はて、と小首を傾げるセルマ。彼女の脳は今、メナドと出会った時の事を必死に引き出しの中から引っ張り出していた。

 やがて、目当ての記憶が見つかったのかおずおずと口を開く。


「なんでメナドちゃん、あの時あんなに一人で行きたがってたの?」

「う……」


 痛い所を突かれたかのように口ごもる。目の前のエールで満たされたジョッキとセルマの瞳を交互に見つめ、溜息をつきながら重々しく口を開いた。


「はあ……あんたには教えてあげるわよ。命を救ってもらった訳だし」

「ん? なに?」

「私、魔法がド下手なの。下手じゃないわよ、ド下手」


 硬直するセルマ。何を言っているのかまるで分からない、と言ったような顔をしている。


「ま、まっさかぁ。だって、この本——」

「私は魔力制御が致命的に苦手でね。その本はそれを克服するために私が勉強した事を写しただけよ」


 結局未だに克服できてないけどね、と伏し目がちに独りごちる。


「炎の矢を放てば無差別爆撃。付与魔法を使えば武器が粉々……そんなソーサレスが、誰かと組めると思う? 巻き込んで文句言われるのがオチよ」


 飲んでいる酒のせいもあるだろうが、ぽつりぽつりと自分の身の上を話し始める。その様はまるで、今まで溜まっていた自分の中の淀みを吐き出すかのようだ。


「元々私は、グラジオラス一族の中でも落ちこぼれでね。ある日急に家を追い出されたのよ。『お前の様な出来損ないがグラジオラスを名乗るだけでも忌々しい』——とかなんとか好き勝手言われちゃってさ。それであったま来てさ。家のお金ちょろまかして、このステルダで冒険者やろうって決めたの」


 ぽろぽろとこぼれ落ちる言葉を、全て受け止めるように聞いていたセルマ。話し終えるのと同時に、その口を開いた。


「……優しいんだね」

「はあ? あんた何言って……」

「優しいよ、メナドちゃんは。こんなに分厚い本になるまで勉強して、必死に克服しようとしてたんだもん」

「う……」


 メナドを優しい言葉で励ます彼女の姿は、まさにプリースト。聖女の名を冠するに相応しい慈愛に満ちた物だ。

 その暖かさが、刺々しい氷山のようなセルマの心を少し融かした。


「それに、あの狼の時だって真っ先に私に避けるように言ってくれたよね。きっとこれまでにも色んなパーティで、周りに気を配って頑張ってたんでしょ?」

「そ、そうよ。でも結局制御しきれなくて、いっぱい迷惑かけて……」 


 その声はいつもの気丈な声とはかけ離れた、弱々しく震えた声だった。それを、返す言葉で優しく包み込むセルマ。


「うんうん。一人で頑張ったんだね。じゃあこれからは、私も一緒に頑張ってもいいかな?」

「あんたも……?」

「うん。私頑丈だからさ。ちょっとくらいなら巻き込まれても大丈夫」


 いつのまにかセルマはメナドのすぐ隣まで椅子を寄せ、硬く握り締められた拳を両手で包み込んでいた。


「私と、是非パーティを組んでください」

「……!」


 意志の強そうな瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちる。


「あ、ありが——」


 と言ったところで直ぐに言葉を切り、涙を拭っていつもの様に胸を張って再び口を開く。


「く、組んであげても良いわよ! あんたタフだし、自前で回復できるんなら丁度いいわ!」

「あは、やった。じゃあこれからよろしくね、メナドちゃん」


 回復の出来ないプリーストと、手加減の出来ないソーサレス。ちぐはぐで歪なパーティが今、ここに結成された。

いつも読んで下さり、ありがとうございます。会話文が多くなってしまいましたが、読み辛くは無いでしょうか?

良ければ、評価などぽちぽちっと。

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