六十一話 樹脂を探しに
投稿時間ってどの辺がいいのでしょうか? とりあえず今回はこの時間に。寝る前にでもどうぞ。
「ふふん、ふん、ふふん……」
「ちょっと、そんな感じで隣歩かないでよ、恥ずかしい」
「だってだって、メナドちゃんぎゅーして寝たらすごく元気出たんだもん」
街の往来で、メナドにがばっと後ろから抱きつくセルマ。彼女の励みになれて嬉しい反面、少し元気にさせ過ぎたという感じも有ってやや困り眉だ。
「全く……今日も仕事なんだから、いつまでもそんな感じで怪我しないでよ?」
「はーい」
と、いつもの様なやりとりを交わしながらギルドへの道をてこてこと歩く二人。
なんだかギルドの方角の空からの鳥が多いなあ、などと考えていると、ふと曲がり角から現れた人影に気付く。
「あれ、エステルさんとマカナちゃん」
「あら、ほんと」
見かけたのは、マカナとエステルの二人であった。
褐色の手に自分の手を引かれ、半ば強引にどこかに連れられている様にも見える二人は、そのままセルマ達と合流することなく向かいの十字路を横切って行った。
「こないだの歓迎会で仲良くなれたみたいだね。良かった」
「結構真逆の性格してると思ってたけどねえ」
などと好きなことを口走りながら街角へと消えていく二人を見送りつつ、ギルドの方へと向かっていく二人。
やがてその扉の前まで来てノブに手をかけた時、ふとセルマが思い出す。
「……そういえば、ミコトさん私たちを鍛えるみたいな事言ってたよね……」
「それがどうしたのよ」
「もしかしたら扉を開けたところをずばーっ! って襲い掛かってくるかも……」
「そんなまさか……」
断然しようとしたところで口ごもる。
ミコトがラクロワに接している時の破天荒な振る舞いといったらなかった。大人しそうに見えて、あれはあれでどこか飛び抜けているところがあるようだ。
ごくりと唾を飲み込むメナド。
セルマと目を合わせて頷き、細心の注意を払って扉をそっと押し、隙間から中を伺う。
「そーっと……」
「ちょ、胸で押さないで……」
「ごめん……」
中では特に変わった様子はない。強いて言えば、見慣れない腕章を付けた団体が中をせかせかと動き回っているくらいだ。
「……? 誰だろう。ギルドの人……じゃないよね。制服が違うもん」
「あの腕章、どっかで……」
ともあれ、ミコトの姿は見えない。恐る恐る中に踏み込むと、その二人に一人の声が投げかけられた。
「あ、お二人共ー。おはよーございます」
声の主はティティだった。彼女らの事など気にも留めない彼らの間を縫って、手を振りながら待つカウンターの側まで歩み寄る。
「ティティさんこんにちは。この方達、どちら様です?」
「この方? ……ああ、魔導院の方々ですよ」
「ああ、そうだ! 確かに魔導院よ、あの腕章。私の家に何回か来てたわ、そういえば」
「……なんだか二人だけ知っててずるい」
小首を傾げ、むくれるセルマ。それを見たメナドは、やれやれと口を開いた。
「魔導院っていうのは、冒険者が見つけた素材やら魔導具やらを研究したり新たに発明する機関よ。魔石コンロだってあそこの発明なんだから」
「ほえ〜……」
脳みそがとろとろになっているような声を上げる彼女を尻目に、メナドがティティに話しかける。
「あいつらが来るんなら、それなりの物調べてるんでしょ?」
「ええ、お二人が踏破した迷宮の最奥に扉がありましたよね? あそこにあった物が、何か凄い物らしいんです」
何か凄い物。基本的に簡潔にモノを言う彼女らしからぬ不透明な物言いに、少し眉根を寄せるメナド。
「何よ、どういう物なのかは教えて貰ってないの?」
「うぐ……」
痛い所を突かれたのか、踏まれたカエルのような声を上げる。
そして気まずそうに目をそらすと、またおずおずと話し出した。
「詳細を聞こうと思っても、調査中だからの一点張りで……魔導院って、国の直轄機関なんですよね。正直辺境のギルドだとちょっと、立場が負けちゃうって言うか……ギルド長がいれば、もしかしたら聞けたのかも」
「あれ、今日はギルド長さんお出かけですか? 珍しいですねぇ」
「そうなんですよぉ! ちょ、聞いてくださいよ!」
だあん! とカウンターを叩いて身を乗り出す。眉間にはシワが深く刻まれており、口はへの字に曲がっている。
見るからに不満を募らせた顔である。
「今日もギルド長の麗しい髪の毛を整える為にウッキウキで出勤したのに、なのにいざ来てみたらどこにも居ないんですよ! こんなのってないです! これだけが楽しみでこの仕事してるようなもんなのに!」
「それはそれでどうなのよ……」
「うおぉぉぉ……ラクロワさぁん……どこですかぁ……」
だめだこりゃ。さっさと依頼受けて引き返そう。
同時にそう思い、目を合わせた二人。カウンターに突っ伏しておいおいと泣く彼女を他所に、ボードに貼り付けてある依頼書に目を通し始める。
山菜摘みに木材集め。今日の依頼は中々に大人しいものばかりだ。
「……なんか今日のはぱっとしないわね。どれも実入り良くないし……」
「んー……」
流石のセルマも渋い表情を見せる。そのままぴらぴらと紙をめくっていくと、とある依頼書に目が止まった。
「『腰を痛めた師匠の代わりに、武具の素材の収集をお願いします。』……? これ、なんですか?」
依頼書をボードから引っぺがし、泣きじゃくるティティの前に突き出すと、ほとんど反射的に元の姿勢に戻る。彼女の体には紙の擦れる音と同時に仕事に入るのが身に染み付いているのだ。
「ぐす……ええとですね、街の武具工房の方からの依頼です。なんでもとある樹脂を採ってきて欲しいんだとか」
「樹脂?」
「ええ。ちょっと待ってくださいね」
そう言うと、カウンターの下の引き出しを開けて小包を取り出す。そしてそれを目の前に置くと、中から何かが記されている紙切れを取り出した。
「よいしょ。特殊な物らしいので、採取の方法に癖があるらしいんです。なになに——」
『無色透明の外部からの強い衝撃に反応して、急激に粘性を増す変わった特性を持つ樹脂です。採取の際は、極力力を加えないよう優しくお願いします』
「——との事です。お受けしますか?」
「んー……受けるわ。まあ、最悪採取は私がやるわよ。セルマは魔物を追い払ってちょうだい。良い?」
「ん!」
こくりと頷くセルマに、軽く微笑み返す。その様子を見たティティは、依頼書に判を押して小包をセルマに手渡した。
「中に採取道具と木の群生地が記された紙が入ってます。それでは、お気を付けて!」
少し力が抜けてはいるが、心強く二人を送る声。それに背中を押され、意気揚々と依頼をこなしに行くのだった。
「……なんか今、揺れなかった?」
「そう? 気のせいじゃない?」
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