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六話 ギルド長

なんか気分が乗ったので二回めの更新です。

「ぐごご……ぐごご……」


 ギルド内にある、負傷者の手当を行う医務室。本来静寂に包まれていなければならないはずのここは、金髪の美少女の可愛らしい鼻から奏でられる轟音に侵されていた。


「んごっ、ふひひ……ぐごお……」


 時折ふにゃりと幸せそうな間抜け面を浮かべ、ぼりぼりと白く滑らかな肌をかいて寝ている様は、美少女というよりもオッさんと呼んだ方が良いだろう。

 そして、その隣のベッドで頭を抱えてうずくまる、黒髪の少女。シーツを被ってみたり枕で頭を覆ってみたりと悪あがきをしていたが、まるで効果がない様だ。


 狼を討伐した後、極度の疲労と緊張でここへ担ぎ込まれた彼女達。

 特に体に別状は無いのだが、あんな事があった後はゆっくりしたいというのが心情。しかし、ゆっくりすやすやとしているのはセルマだけであった。


「ぐぐぐ……うるせー!」


 がばっと起き上がり、横のオッさんとは対照的な苦悶の表情でセルマを睨む。


「こんなんじゃ全ッ然寝れない……! もおおお!!」

 ベッドから飛び降り、どすどすと横のベッドへと歩み寄るメナド。その片手には枕。この騒音に終止符を打つべく取り出された凶器である。


「あんた丈夫だし、気絶くらいで済むわよね……あんたがいけないんだからね……!」


 と、枕を振り上げてセルマの顔面へと押し付けようとしたメナド。その目からは光は失われていた。そしていよいよ息の根を止めにかかるかというところで、その目がはだけた服の下の腹を捉えた。


「……傷が無い」


 ぽいっと枕を投げ捨てて、ふむ、と顎に手を当て息と共に上下する白い肌を見つめるメナド。


 裂けた肉を繋ぎ合わせるほどの回復魔法を使えば、少なくとも傷は残るはずだ。しかし、セルマの体には傷一つ残っていない。これが魔法に明るいメナドの好奇心を、さわさわとくすぐった。

 興奮した様に鼻息を荒げ、更に服をめくり上げる。鼠蹊部、脇腹、鳩尾。その何処にも傷など見当たらず、さらさらときめ細やかな肌が広がるばかりだ。


「うええ、さむさむ……」


 と、セルマがくりくりとした瞳を見開いた。未だ眠たそうにぼんやりとした二つの目をさまよわせ、自分の体の辺りを見やる。


「あ」

「あ」


 二つの視線がかち合った。


 すやすやと眠る乙女。それに馬乗りになってぺろろーんと鼻息荒く服をめくり上げている不審者。問答無用でしょっ引かれてもおかしく無い光景だ。


「いやーー!! けだもの、すけべーー!! たすけてーー!!」

「ちょちょ、誰がケダモノよ! 私よ、メナド!」


 目の前の事態を素直に受け取ったセルマの脳は最高速で回転し、己の貞操を守るべく暴走を開始した。

 目の前の狼藉者に向けて物を手当たり次第にぶん投げる。コップ、枕、ベッド脇の机などなんでもありだ。


「うおおおッ! ちょっと! シャレにならないわよ! やめて!」

「けがされるー!! あっちいけー!!」


 メナドの必死の叫びも、ぐるぐるになったセルマの耳には届かない。とうとうベッドを飛び出し、本能に導かれる様に神罰ちゃんを手に持った。


「ひん、ひん……や、やられるまえに……!」

「あ、あわわわ……」

「やる!!」


 部屋の隅に追い詰められ、へたり込むメナドに向けて迫り来る神罰ちゃん。こんなアホな事で死ぬのか、という思いと共に走馬灯が閉じた瞼の裏に駆け巡る。


 そしてその神罰は彼女の脳天に叩きつけられ——


「……あれ?」


 ——ない。五秒、十秒と経つが、自身の身には何も起きない。もしかして私はもう即死しているのでは——そんな突拍子も無い疑念が彼女の胸によぎった。

 恐る恐る目を開けた彼女の目に飛び込んで来たのは、目を疑う様な光景。白衣を纏った眼鏡の女が、神罰ちゃんを片手で受け止めているのだ。


「病室では、お静かに……」


 妙に疲労感を滲ませる顔の女がそう呟くや否や、白衣を翻して空いていた片手が風を切る。

 セルマの脳天に裏拳を叩き込んで意識を一瞬飛ばし、ついでの様にメナドの脳天にも中指を突き立てたげんこつを振り下ろしたのだ。


「ぎゃん!」

「はぐっう……」


 その動作をほぼ同時にこなした上、更に神罰ちゃんを取り上げてセルマに背負い投げをかましてメナドの横に叩きつける。


「あ、あうう……痛たぁい……」

「正座」

「あぇ?」

「正座」


 眼鏡の奥から放たれる冷たい殺意にも似た眼光に、セルマは即座に姿勢を正す。


「わ、私は関係ないでしょ! むしろ被害者よ、ひが——」

「せ・い・ざ」


 それは、もはや重力だった。物理的な圧を感じられる程の何かを、この白衣の女は放っている。逆らえば死ぬ。殺される。この期に及んでそう悟ったメナドは、粛々と足を折りたたんだ。


 しん、と静まり返った室内に、セルマとメナドの二人が大きなたんこぶを作って揃って正座し、目の前の女に頭を下げている。やがて、女は重々しく口を開いた。


「はあ……がちゃがちゃうるさいから見に来れば、誰が片付けると思ってるんです?」

「だ、誰が片付けるんですか……?」

「さあ。私では無い事は確かですね」

「何なのよ……」

「あ?」


 遠慮なしに放たれる気迫に、二人揃って黙らされる。そんな二人を見て、またため息を一つ。


「……まあ良いわ。二人共、冒険者章出しなさい」


 そっと差し出される手のひら。それを見て、セルマはぶわわっと涙を目に滲ませる。


「そ、そんな! 今度は冒険者クビですか!? ふ、ううう……」

「ちょっと騒いだだけじゃない! オーボーよ、オーボー——」

「出せ」


 気圧され、渋々懐から冒険者章を取り出す二人。女はそれを確認すると、二つ折りのそれを開いて中の錆色のバッヂを剥ぎ取った。


「う、ううう……お父さん、お母さん、ごめんなさい……」

「……ふんっ」


 口々に思いをこぼす彼女達を他所に、白衣のポケットに手を突っ込み、何かを握って取り出した。


「冒険者ギルドステルダ支部長、ラクロワの名において、セルマ・アマランサス、メナド・グラジオラスの両名に青銅章を授与する」

「……はぇ?」


 呆気にとられる彼女達の手の上に開かれた冒険者章の上に鈍色に輝くエンブレムを置いた。


「失くさないうちに、自分で付けてしまいなさい」

「え、あの、あなたは……」 


 ぽかんと口を開けて見つめるセルマを、彼女もまた不思議そうに見返す。


「ええっと、ギルド長さん? なんですか?」

「そうですが?」

「はえぇ……」


 力の抜ける様な息を漏らし、隣で正座しているメナドの耳へと口を近づけてひそひそっ、と囁いた。


「ねえねえ、知ってた?」

「知らないわよ! 私この街来てそんなに長くないんだから!」

「私も……」


 彼女は間違いなくこの街のギルド長、ラクロワ・シェイフである。あまり人前に出る事は無いので、彼女達が知らないのも無理は無いだろう。街の元締めの様な存在を知らないというのも、それはそれで問題ではあるが。


「そ、そのう、ギルド長さん。なんで急に昇格なんか……?」

「あの狼、本当は青銅の冒険者に討伐依頼を出す予定だったのです。それを錆の貴女達が始末したのだから、昇級もまあ、自然な流れではないでしょうか」

「わあ……や、やったー!」


 たんこぶの痛みも忘れ、涙をぽろぽろとこぼしながら飛び跳ねるセルマ。その横では、メナドが口を尖らせている。


「……渡すだけなら殴る事なかったじゃない」

「ああ?」

「ううっ……」


 などと交わしながら、こほんと咳払いをするギルド長、ラクロワ。そして凜としたどこまでも響く様な声を二人に投げかける。


「二人共、ご苦労様でした。これからも励む様に」

「は、はい! やったね、メナドちゃん! 青銅だよ、青銅! 錫を飛び越して、一気に青銅!」

「ふん、青銅くらいで何喜んでんのよ」


 などというメナドの口元も、やんわりと緩んでいる。内心はまんざらでもないのだ。


「へへーん、酒場のマスターに自慢しにいこっと! メナドちゃんも行こ!」

「わわ、ちょっと……!」


 まるで喜びを原動力としているかの様に、メナドの手を掴んで駆け出すセルマ。その襟首を、ラクロワの手が掴んだ。


「待ちなさい」

「ぐえッ」


 振り返ると、深い影を落としつつも笑みを浮かべるラクロワの姿。

 その表情のまま、びしっと親指で背後を指差す。セルマの大暴れによって荒れ果てた、無残な部屋を。


「片付けて行きなさい」

「……はい」

最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価などぽちぽちっと。

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