五十七話 ミコト
目が見えないけど気さくなお姉さんです
突如現れ、鮮やかな手並みで窮地に陥っていた二人を救った盲目の女性。
セルマを背負いながら先導する彼女に連れられるまま歩くメナドは、改めてその姿を観察する。
踏み出す足と同時に、その前の空間を確かめる様に地面を叩く杖。そして何よりも、顔の上半分をぐるぐる巻きにしてしまっている包帯。
信じられない事だが、彼女は視界を完全に失っている状態であの大立ち回りをして見せたのだ。それも無傷で。
「さ、そろそろ街を出よう。君達はどこ行きかな。私はステルダに行く途中なんだけど」
「あ、私たちもです」
そう言うと、喜びを表している様にぱっと口が開かれた。
「ああ、良かった。こんな状態のこの子を置いて行くのは忍びなかったからね。じゃ、行こう。停留所はこっちだ」
そう言うと、彼女はよいしょと背中を揺すってセルマの体を整え直し、歩みを進めた。停留所とは真逆の方向へ。
「あの、こっちですけど……」
「あれれ、そうだったっけ。初めての街だからあんまり道が分からないんだ。ごめんね」
ばつが悪そうにぽりぽりと頰を掻きながら戻ってくる彼女に、思わずぎょっとするメナド。あれだけの身のこなしをして見せたにも関わらず、街中の様子が把握できていない。
先程との落差に多少戸惑いながら、停留所までを先導する。
「所でこの子の、セルマの様子は?」
そう尋ねられ、彼女はゆさゆさと肩を揺すってセルマの反応を伺う。
「そろそろ麻痺毒も弱まってくる頃合いだろうね。おーい。大丈夫かーい?」
「うう、れろれろ……」
「れろれろ言ってる。セルマ。大丈夫?」
「うーん、まだれろれろなのか。まあ、もうそろそろ元に戻るよ。さ、行こう」
やがて、道の先に停留所が見えてきた。幸運にも、ちょうど馬車も今着いた所らしい。
「あ、馬車来てますよ!」
「本当かい? 僥倖だねえ」
馬車のあたりに近寄った彼女は、メナドに手を引かれて乗り降り口の前にたどり着いた。
「階段ですから、気を付けて」
「ああ、ありがとう」
杖で段差を確かめ、一歩一歩歩みを進める。そうして無事乗車できた彼女達は、セルマを席に横たえて周りの席に腰掛けた。
「いや、ありがとうね。この調子だと馬車に乗るのも一苦労さ。あはは」
呑気にからからと笑う彼女からは、およそ戦闘能力を感じられない。戦闘時との落差に軽くめまいを感じながら、メナドは話し出した。
「その、本当にありがとうございました。あなたが来てくれなければ、今頃どうなってたか。ええと、お名前は……?」
「ああ、まだ名乗ってなかったっけ。ごめんね。私はミコトって言うんだ」
「私は、メ——」
名乗ろうとした彼女を、ミコトはすっと手で制する。
「君は確か、メナドちゃんだったかな」
「……何処かでお会いした事が?」
「ステルダのお菓子屋さんで君達の声を聞いたよ。このれろれろの子はセルマちゃんだったかな。凄く仲の良さそうな声で、すぐ覚えられた」
少し動揺を隠せないメナド。他人から聞いたら、自分達の声はそんなにはしゃいでいるだろうか。
「そ、そんなに仲良さそうでした?」
「うん。まるで夫婦みたいさ。いや、君達の場合婦妻かな。あははっ」
顔をうつ向け少し頰を赤らめたメナドは、次からは外ではもう少し抑えめな声にしよう。そう決めた。
「で、その仲良しちゃん達がなんでこの街に?」
そう言われ、ギルドでの一悶着に巻き込まれて脳の片隅に流れて行ってしまった本来の目的が顔を出す。人探しだ。
ぱっと顔を上げ、改めてミコトと名乗る女性を見やる。
腕の立つ女性で、足が悪いわけでは無いが杖をついている。もしかすると彼女こそが、依頼人の探し人ではないだろうか。
「私達、杖をついた強い女の人にヤクトで助けられたって言う方の依頼で、その人を探してるんです。もしかして、あなたではないですか?」
そう尋ねられると、下顎を掻きながら困った様に唸り始める。
「んー? んー……助けた様な、助けなかった様な……何しろ人の顔が分からないからね。まあ、どうせこの後ギルドに行くんだろう? その時にその依頼人さんに私の顔を見せてみなよ」
「……そうですね」
不意に、ごとごとと馬車が揺れ始める。先頭の馬がいななき、ステルダへ向けて車輪を回し始めた。
窓の外では、彼女らの乗った馬車と行き違いに数台の馬車が街のギルドの方へと走って行き、その向こうでは傾きかけた陽が茜色を下界に注いでいた。
自分の頰に当たる温かさを感じたミコトは、横になっているセルマを心配そうに見つめているメナドに話しかける。
「今は、夕方かい? 街までは少し時間があるね。私と暇つぶしでもどうかな」
「暇つぶし、ですか?」
メナドが言葉を返すと、彼女はゆっくりと足を組み、その上で両手を組んでゆったりと口を開く。
「目こそこんな風だけど、観察力には自信があってね。君の事を色々言い当てて見せよう」
自信げに話す彼女を見て、メナドも少しその気を見せる。
「じゃあ、私の身長は?」
「んん……声の高さと、位置からして、百四十くらい。いや、百四十三って所だろう。どうかな」
思わず目を剥く。実はセルマにも内緒で厚底のブーツを履いているのだが、彼女の真の身長をいとも容易く看破されてしまった。
「あ、あたり、です……!」
「本当かい? あはは、やった。まだあるかな?」
「じゃ、じゃあ! 私の年は?」
その質問に、顎に手をやる。流石にこれは分からないだろうと、メナドは内心ほくそ笑む。
しかし——
「……身長だけで言うと十五、六が妥当だろうね。だけど、君の言葉の端々には知性が感じられる。大人びてるけど、大人の一歩手前って感じだ。十八。そうだろう?」
「……ッ!」
思わず言葉を失う。目が見えるとか見えないとかの問題ではなく、彼女自体の洞察力は常軌を逸して並外れていた。
メナドは思わず息をのむ。その音ですら、彼女にとっては十分すぎる情報源だ。
「ふふん、驚いてるね。人にこれをやると大体そんな感じで驚いてくれるから、楽しくてね。今度は質問無しでいくつか言い当てようか」
「質問無しで?」
思わせぶりに咳払いをするミコト。そして、おもむろに口を開いた。
「まず、君達は同棲している。これは間違いないね」
「んがっ……! な、何で!?」
「お、敬語が消えたね。君にとってはそれが自然体らしい。匂いだよ。君達二人からは、全く同じ匂いがする。同じ空間を共有しているんだろう? この匂いの濃さだと、恐らく寝床も一緒のはずだ」
思わず周りを見回し、この話を聞いている誰かが居ないかを確認するメナド。これが誰かに聞かれるなど、恥ずかしくて思わず死にかねない。
「大丈夫。誰も居ないよ。それじゃあ次。昨日の晩何をしていたかを当ててみようかな」
いたずらっぽく口を歪める。それを見るメナドの顔は恥ずかしさと丸裸にされていく様な感覚とで真っ赤だ。
そんな彼女を他所に、おもむろに、すんすんと鳴らす。そしてメナドの手を自分の手のひらに乗せさせ、指の先を自分の指で一本一本なぞった。
「んー……あはは、これは……」
ちょいちょいとメナドを手招きし、寄った顔に手を添えて耳に口を寄せ、静かにつぶやく。
「……で……して……そのまま……だろう?」
みるみる赤みを増していくメナドの顔。もはや羞恥に耐えきれず、両手で顔を覆ってしまった。
「も、もうやめてくださいぃ……」
「あははっ! 仲が良いのはいいことさ。いくら良くても良過ぎることは無いよ。お互いに大切にね」
さあて、と再び咳払いをし、何か質問を考えているミコト。その様子を見るメナドは、さながら獣に追い詰められたウサギ。
ステルダまではまだ少し遠い。その道すがら、彼女はミコトにとことん丸裸にされてしまうのだった。
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