五十六話 鉄火場
目が見えないキャラは大体強い。カッコいいし。
扉を破って現れた闖入者に、皆視線をそちらに集めてありったけの殺意を向ける。
その矛先にいる杖の人物は、まるでここが安全な街中であるかの様に一切表情を変えずに佇んでいた。
「杖に目の包帯……てめェか。俺たちのヤマを荒らしてやがるってのは。お陰でおマンマ食い上げだァ」
「おマンマ? ふふっ。こんなものを売って食べるご飯は美味しいかい?」
そう言って、ギルド長の目の前のカウンターめがけて何かを放り投げる。
弧を描いて正確に彼の元へと飛んだそれは、メナドが飲まされかけた薬の入った小袋と同じ物だった。髭面を歪め、勢い余って中身がこぼれたそれを苦々しげに見つめる。
「どこでこいつを?」
「あはは。売り子なら町中にいるじゃないか。その中の一人に『お願い』してね?」
殺伐としたこの場に似合わない、からからと朗らかな声。杖の持ち手を外套の内側で撫でながら、同じ調子で続ける。
「この薬の原料は、ギルドが危険区域に設定したある森にしか生えない……少なくとも金級でないと入れない様な、ね? ダメだよ。立場を利用してこんなのでお金儲けしちゃあ」
「それって、素材の不正利用……!」
男の手の中で、メナドが目を剥いた。
このギルドが手を染めていたのは、特殊な効能を持つ素材の不正利用。この薬の原料となる薬草は、別の製法で様々な効能を持つ薬にもなり得るが、その為にギルドによって流通を制限される。
その役目を担うべき彼らは、むしろギルドぐるみで薬草を掻き集めて違法薬物を作って売り捌いていたのだ。
「随分ひどい事をするよねえ? そんな物があちこちに流通してお偉方は大層ご立腹さ。悪いけどここの全員、取り締まらせてもらうからね」
「ほお、どうやって連れてくってんだ? 見た所一人だが、説得でもしようってのか?」
対するギルド長も、余裕を帯びたふてぶてしい笑みを向ける。周りを取り囲む冒険者達も同様、にやけ顔をぶら下げていた。
「いやあ、こんな体だと周りに気を使う余裕が無くてね。いつも一人さ。あ、もしかして説得に応じてくれるのかい? これでもか弱い女だからね、助かるよ」
「いいや? 悪いがもう一儲けさせて貰うぜ。あんた、今自分で言っただろう。金級でしか行けねえ場所に生えてるブツを、周りの野郎共は取りに行ってんだよ。危ねえ魔物がうろつく森をなあ?」
その言葉に、何人かが誇らしげに冒険者賞を見せびらかす様に取り出した。
「……っ」
思わず息を飲むメナド。それらは間違いなく金色の輝きを放っていた。いかに手を汚した彼らであろうと、その腕前を金色の輝きが証明していた。
しかし、包帯の下で微笑む口元は依然としてその形を保ち続ける。
「悪いけど、見ての通り私が目が見えなくてね。ご親切に見せて下さっても、私からしたら石ころと変わらないんだよ」
そう言うと、腰を深く落として杖を構える。
「交渉してくれる気がないのなら、しょうがないね。痛い目を見てもらうよ」
瞬間、どっと周囲から笑い声が上がる。
「ひゃはははっ! ろくすっぽ前も見えねえくせにでけえ口を叩きやがるッ! 痛い目見んのはてめえだァッ!」
取り囲んでいた内の一人が、凶悪な笑みを浮かべて腰から抜いたメイスを振りかざして突っ込んでいく。
しかし、彼女は微動だにしない。見当はずれの方向を向いている頭部に、刺々しい鉄塊が振り下ろされ、凄惨な光景を予感したメナドは思わず目を逸らす。
「おっと」
しかし、その鉄塊は虚しく空を切った。ひょい、と頭を上げて事も無げに回避したのだ。
避けられる事など念頭に置いていなかった男は、渾身の力を込めたメイスの遠心力に振り回されて空中で一回転し、彼女の前に仰向けで叩きつけられる。
その無防備な腹に、くるりと回した杖の持ち手で思い切り殴打を繰り出した。
「ぐええッ」
「あらら、大丈夫かい? ダメだよ、足元はよく見てなきゃ」
その光景に、周りの男達は当然激昂する。四方を囲む包囲網を狭め、各々持った武器を掲げて一気に攻め込んだ。
「おっとと?」
しかし、その全てが彼女を捉えるに至らない。
背後からの刺突は脇の下を潜り抜け、左からの袈裟斬りを屈んで躱す。右からの振り下ろしは、そこから更に状態を逸らして鼻先すれすれを通り抜けていった。
三人の攻撃を難なくいなした彼女は、そのままぐるりと一回転して左右と後ろを取り囲む男達に足払いをかける。
しなやかな脚から繰り出された蹴りは、いとも容易く周囲の男達の足首を跳ね飛ばした。
まるで曲芸の様な芸当を、ものの数秒でやってのける。その彼女を見て、残った正面の大男はたじろいだ。
ふうっ、と息をついた彼女は、此の期に及んで呑気な口調で呟く。
「うーん……もしかして、ここには照明が無いのかな? それとも、やっぱり私に気を使ってくれているとか?」
その言葉に、大男は先程までの戸惑いなど忘れて青筋を立てる。仮にも金級を冠する冒険者。その薄汚れたプライドを著しく汚されたのだ。
そんな怒りを感じ取った彼女は、彼に手のひらを上に向けてちょいちょいと指を曲げる。
「やる気はあるんだね。全力でおいで。手加減してあげる」
「うっ……おおおおおッ!」
男の得物は、彼の背丈ほどの刃渡りを誇る長大、かつ重厚な大剣。それを思い切り振りかぶると、彼女に向けて思い切り叩きつけた。
轟音と共に埃が巻き上げられ、砕かれた床板の破片が舞い散る。しかし、そこには彼女から流れ出た血の赤は存在しない。男の手には、剣が骨肉を砕く感覚など微塵も伝わっていなかった。
「大きいことは良い事だけど、大きければ良いってもんじゃ無いね?」
声の主は、振り下ろされた剣の上に立っていた。そして一気に駆け上がり、手に持った杖で男の顎を思い切り打ち据える。
「おがッ?」
攻撃を終え、剣から飛び降りてとんっ、と軽やかに床に降り立つ。それと同時に、脳を揺らされた男はずしんと前のめりに倒れこんだ。
「こ、この化け物ッ!」
一人のソーサラーが物陰から焦りと恐怖に歪んだ顔を出し、杖を構えて炎の玉を周囲に浮かび上がらせる。
「ひどいなあ」
そう言うと、その男に向けて腕を振る。直後、男は苦悶の声を上げて後ろに倒れこんだ。詠唱を中断され、火の玉は火の粉となって霧散する。その肩には、黒く大きな矢じりの様な飛び道具が突き立っていた。
しん、と静まり返るギルド内。時折聞こえるのは、痛めつけられた男達の呻き声だけだ。もう戦う意思のある者の無い事を感じ取った彼女は、杖を片手に男達の体を踏み越えてじりじりとギルド長に詰め寄る。
彼は今やメナドからも手を離し、怯え切った表情で酒瓶の詰まった棚に追い込まれていた。
「ひ、ひひィ……ッ」
喉の奥から絞り出した様な情け無い声を上げる彼に、彼女は指を二本立てて見せる。
「さて。ヤクトのギルド長さん? 君がとれる行動は二つだ。一つは、君一人で私を倒し、この場を乗り切る事。もう一つは、大人しく捕まる事だ。どっちでも良いよ?」
「へ、へへへ……なぁ、あんた、いくらで雇われた?」
「ん?」
「金貨何枚だ? 百か? 二百か? 俺たちに手のひら返してくれりゃあ、その倍、いや三倍払う! どうだ、な!?」
「んー……」
顎に手を当て、少し唸ってから立てた指をメナドに向ける。
「ねえ、そこの君」
「は、はい!?」
「もしかしてこれ、三本だったりする?」
「ち、ちゃんと二本です……」
「だよねえ。良かった」
瞬間、抜剣の金属音に似た鋭い音が辺りに響き渡る。メナドに向けてにこやかな笑みらしきものを向ける彼女の手には、いつ抜いたのか特徴的な片刃の剣が握られていた。
その切っ先は、ギルド長のたっぷりと髭をたくわえた顎に突きつけられてじょりじょりと弄んでいる。
「ごめん、もう一回言ってもらって良いかな」
「ひ、ひいい……ッ!」
「言っておくけど、次に何か変なこと言い出したら手が滑っちゃうかも。こんな風に」
その言葉と同時に、彼女の手に持つ刃が一瞬姿を消す。次の瞬間には、それは手に持っていた杖に収められるところであった。
ちん、と小気味良い音と共に鞘に収まる。それに合わせて、ギルド長の髭がはらはらと風に舞った。
慌てて自分の顎に手を当てると、顎だけでなく顔中の毛がつるりと綺麗に剃り上げられていた。
「次にうっかり手が滑ったら、今度はどこが落ちるかなあ?」
「わかっ、分かった! どこでも連れて行け! だから、殺さないでくれよッ!」
「良かった。でも、もう少し早く聞きたかったね」
そう言うと、懐から水晶を出してそれに向けて話し出す。
「私だ。今終わった。後は勝手にやってて良いよ」
言葉少なにそう言うと、懐にしまって今だにぐったりしているセルマにのそのそと近寄りよいしょと背負い、メナドを手招きする。
「今にここは騒がしくなる。行こうか」
「え……あ、はい」
男達の呻き声と、これから全てを失うであろうという絶望感に叩きのめされ、カウンターの奥でうずくまるギルド長。
それらに背を向けて、三人は荒れに荒れたギルド内を後にした。
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