五十五話 ヤクト
一話に1シーンは百合百合させたい病なのです
「よいしょ。ふう、着いた」
ごとごとと馬車に揺られて小一時間。ようやく止まった馬車から降りて、悪名高きヤクトの街を見回すセルマ。
「らっしゃーい! 今日の目玉はこれ! 銀貨二百の大出血だぁ!」
「んー……」
「ママー、あれ買ってぇ?」
「なんか……」
「だーめ。ご飯食べられなくなるわよ。今日はあなたの好きなハンバーグよ?」
「普通?」
辺りを見回しても、凶悪な犯罪者か辺りを闊歩している風では無い。ステルダの商店街と同じ様な、いや、それ以上の賑わいを見せる平和で賑やかな過ごしやすそうな街。
この街にそんな印象を得たセルマに、後ろからメナドが話しかける。
「当たり前でしょ。こんな街の上澄みに柄の悪い連中は出てこないし、馴染めないわよ。そういう連中が出てくるのは、もっと街の奥深くの暗い所よ」
「へぇ……こんなに賑やかな街なのになぁ」
「これが奴らの目くらましよ。さ、仕事しましょ。私はあっちに聞き込みに行くから、あんたはあっち。一時間したらここにまた集まる事。良い?」
こくりと頷くと、各々反対の方向へと向かって歩いて行く。
杖を持った女性。それも月明り程度の薄暗がりでちらりと見えた不確かな情報を元に、どれだけ捜索ができるのか。二人は、街の賑わいを前に少し不安を覚えた。
「あのう、すみません」
まずは露店で果物を売る商人から聞き込みを始めるメナド。しかし、あまり芳しい返事は返ってこない。
それどころか、彼女のことを鬱陶しがる様な素振りを見せる。終いには露店に並ぶ青果を数えながら、ごんごんと水晶を叩いている。これではらちが明かないとさっさと切り捨てて、次の人へと話を聞きに行くのだった。
——一時間後。
約束通り、最初に待ち合わせた所へと戻ってきたメナド。その眉間にはシワが寄り、成果を得られなかった事が見てとれる。
ふと、きょろきょろと首を振ってセルマを探す。しかし、それらしい人影は見当たらない。
「……何してんのよ、もう」
はあ、とため息を一つ吐き、彼女が聞き込みに行った方角へと向かう。
しばらく人混みを掻き分けていくと、小さな酒場の前で男と話しているセルマの姿を見つけた。
「居た居た……ん?」
よく見れば、男の手はセルマの肩に回されている。おどおどと話すその様子は、どこかに強引に誘われている様にも見えた。
かちん。
矢の様に飛び出して、人混みを駆け抜けてセルマの元へと急ぐ。その表情は、悪魔の様である。
「良いじゃん良いじゃん。ちょっとだけだからさあ。ちょびっとお酒飲むだけ……」
「え、えっとぉ……私待ち合わせしてて……」
あわあわと慌てふためき、おどおどと男を避けようとする。そこへ、ようやくメナドが辿り着いて手を取った。
「すみません、私の連れなんです。良いですか?」
「あ? なんだこのチ——」
男が目にしたのは、眼光鋭くこちらを見上げる赤い瞳。そして何より、胸に下がったお揃いの首飾りと、きゅっと絡み合ったお互いの腕と指。
「あ、え……二人はその、お友達で……?」
「どう見えます?」
その言葉と共に、空いている片手を腰に回す。セルマの方も、心が落ち着く場所を無意識の内に探り当て、両手でメナドの背中を包み込んだ。
「おあ……!」
思わずうめき声をあげる男。
この二人の間に、自分の入る余地など無い。本能的にそう感じ取った。
「……っす。さーっす」
二人の放つ『本気感』に、歯の間から息を漏らして退散する。その後ろ姿を、ふん、と鼻を鳴らしてメナドが見送った。
「ひええ、怖かった……」
「何あんなのにビビってんのよ。あんたならグーパン一発で沈められるでしょ? あんなのに容赦する事無いわ……で、聞き込みはどうだった?」
「あ、うーん……」
その様子に、メナドは察した。この分だとまともな情報は得られなかったのだろう。そして、逆に自分がナンパされかけていた……と。
「んー……この街のギルドとかで冒険者さんの名簿とか見せてもらえないかなあ。強い人みたいだし、冒険者さんなのかも」
「あー、そうね。それが良いかも。行きましょ」
その辺を歩く子供にギルドの場所を聞き、言われた通りの所へ辿り着く。
ステルダのギルド程ではないが、十分立派な木製のものだ。
その落ち着いた色合いは、宿屋や露店が多いこの街の景観を乱さない、良いデザインの建物だ。
柄の悪い男が寄りかかるその脇を通り抜け、少し汚れの目立つ扉を開いた。
それと同時に、二人の鼻に強烈な酒の匂いが飛び込んでくる。しかめっ面で辺りを見回すと、冒険者らしき屈強な男達が辺りに設置されている席に腰掛け、酒を飲んでいる。
奥にはより一層強面の、もはや凶悪な人相の男がギルドの紋章が刻まれたカウンターの奥で佇んでいた。どうやら酒場とギルドが一緒くたになっているらしい。
時折ちらちらと視線を感じながら、二人は歩いてその男に声をかけた。
「あの——」
「仕事か? 客か?」
「え?」
「ここは酒場だ。ギルドでもある。ここで出来るのは酒を飲む事と、仕事だ。それ以外は無え」
グラスを磨きながら、二人に一瞥もくれずにそう言い捨てる。そこへ、少しムッとした顔でメナドが口を開いた。
「お話を伺いたい時はどうすれば良いのかしら?」
「じゃあ客だ。酒を頼め。そうしたら聞いてやるよ」
「……麦酒二つ」
「毎度」
注文を受け取り、二人に背を向けて酒を用意し始める男。その背中に、メナドは再び問いかけた。
「私達、人を探してるの。杖をついていて腕の立つ女の人らしいんだけど、そんな冒険者さんはこのギルドにいらっしゃらないかしら?」
ぴくり、と大きな背中が一瞬反応した、様に見えた。そして、無言で二人の前に冷えた麦酒を差し出す。
「飲め。話はそれからだ」
「それじゃ、頂きまーす……」
最初に口を付けるセルマ。喉が渇いていたのか、ジョッキの半分ほどをのどを鳴らして一気に飲み干した。冷たい刺激が喉を通る度、顔に幸せそうな色を浮かべる。
「ぷはっ、美味しっ。それで、心当たりはありますか?」
「心当たりねえ……無い事は、無いんだが」
「あら、当たりみたいね」
そう言って、セルマに続いてジョッキに口を付けようとする。
——かちり。
背後から聞こえた金具の音に気を取られ、一瞬飲むのが遅れる。瞬間、手に持ったジョッキをセルマが横合いから思い切り払いのけた。
大きな音を立て、中身が思い切りぶちまけられる。
「ちょ、なにすん——」
「このおはけ、なぃかはいっれう……!」
そう叫ぶセルマの声は、明らかに呂律が回っていない。背後をちらりと見ると、扉は閉ざされて複数の男が蓋をしている。
嵌められた。
そう気取ったメナドは飛び跳ねる様に立ち上がり、杖を男に向ける。
「あんた、一体何を……」
「おっと。聞くのは俺らの方だ」
背後から首筋に滑り込むひやりとした感触。いつの間にか背後に近づいていた客の一人が、彼女の細い首に短剣を這わせているのだ。
「——ッ!」
ちらりとセルマに目をやるも、完全に薬が回ってしまっているのかぐったりとしている。
「安心しな。痺れ薬だ。死にゃしねえ。で、本題だが……」
メナドの頰を鷲掴みにし、険しいシワが刻まれた顔を寄せて凄んだ声で話し出す。
「最近俺らのシマで妙な話を聞くんだよ。商売を邪魔する、妙に腕の立つ奴が居るってな。お陰で商売あがったりよ。お前らが今言った、杖をついた野郎さ。男か女かは知らねえがな。てめえら、そいつの仲間か? ああ?」
「し、知らないわよ……! 私達だって、その人を探すのを頼まれただけよ!」
「どうだかな。オイ、アレ持ってこい!」
男が怒鳴ると、すかさず別の男が麻の小袋を手渡した。
「何、それ……」
「自白剤みたいなもんだ。頭ぱあにして、聞かれた事を何でも素直に答えられる様にしてやらあ」
そう言って袋の口を緩め、中から出てきた白い錠剤を取り出してメナドの口に近づける。
「い、嫌……!」
瞬間、閉ざされた扉が音を立てて吹き飛んだ。
「ぐわあッ!」
叫び声と共に、前に立っていた男達が扉の破片共々地面に叩きつけられる。
もうもうと立ち上る煙の中、呑気に間延びした場違いな声が殺気に満ちた空間に響く。
「けほ、けほっ。ぺっぺっ。埃っぽいなあ。ちゃんと掃除しなよ……」
こつん、こつんと、足音に混じって聞こえる硬い音が近づいてくる。やがて煙は外から吹く風に散らされ、その姿が露わになった。
くすんだ灰色の髪に、擦り切れた外套。顔の上半分を覆う包帯。そして、左手には長い木製の杖。
かつかつと足下を探りながらゆっくりと歩みを進め、不敵に言い放つ。
「この街には、女のコをいじめる男のコが随分多いんだね?」
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