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五十三話 午後の過ごし方 マカナとエステルの場合その2

無知シチュに近いものがありますね

「……え、何でです?」

 

 至極当然、当たり前の返答を返す。対するマカナは、赤い顔をして力強く反論した。

 

「だっテ! ワタシの周りには妙に女同士が多イ! セルマとマカナに、ギルド長とメガネもそうダ! ぐびぐび……」

「それで?」

 

 喚いて枯れた喉を、酒で潤してからまた話す。まるで場末の酒場でクダを巻く酔っ払いのようだ。そして、それをなだめるようにおだやかに話を聞く彼女はさながら保護者だろう。 

 

「それでナ、ワタシは考えタ。理解できないんなラ、いっぺん体験してみりゃ良いんダ!」

「……漢らしいですね」

「女だけどナ! で、良いのカ? ダメなのカ?」

「良いかダメかで言われたら、まあダメですけど」

 

 真っ当な答えである。しかし、マカナは一度言い出したら効かない性分な様だ。酒の勢いも相まって、有無を言わせず強引にエステルに迫った。

 

「ぐぇっ」

「なあなア、頼むよォ」

 

 ベッドに寝そべる背中にぼふっとのしかかり、その上で更にじたじたと動き回る。努めて読書の姿勢を貫こうするが、この荒れ模様ではそれも叶わない。

 

「カタい事言うなヨー! ちょっと体験したらやめるかラ! 頼ム!」

「うう……」

 

 その猛烈な押しに、とうとうエステルの心が折れた。やれやれと息を大きく吐きながら、体を起こしてマカナを見やる。

 

「はあ……じゃあ、ちょっとだけですよ? 本当にちょっとだけ。私はそういう趣味ないんですから」 

「やっター! ありがとナ! オマエのそういう所、ワタシは好きダ!」

「……ッ」 

 

 天真爛漫な笑顔に乗せられた隠そうともしない剥き出しの好意に、彼女の心、その根底の部分が揺らぐ。

 変わるはずのない、変わってはいけない何かが変わってしまう様な、そんな不思議な感覚が彼女の胸をちくりと刺した。

 

「で、で? 具体的には何をするんです?」

 

 そんな未知の感覚を誤魔化す様に、つっけんどんにマカナに問う。すると、ちょっと待ってロ、と手元の小説をぱらぱらとめくり始めた。

 やがて、ページのある部分を指し示してエステルの鼻先に突きつける。

 

「こレ! この、『少女達は震える唇同士をゆっくりと重ね』……ってやツ! これちゅーだロ? ちゅー!」

「……初手がキスですか……」

「『きす』って言うのカ……よシ! じゃあ早速『きす』するゾ!」

 

 そう言うやいなや、マカナは小さな両手でエステルの顔を挟み込み、真正面に捉える。

 観念した彼女は、静かに目を瞑ってその時を粛々と待った。

 

「……」

「んト、えっト……」

 

 いつまで経ってもその時が来ない。代わりに、おろおろと戸惑っている様な声。

 薄く目を開けたその先には、マカナが困った様に顔を色んな方向に傾けて近づいては離れてを繰り返していた。

 

「……何してるんです」

「う、うるさイ! これが邪魔だったんダ!」

 

 そう言って眼鏡を剥ぎ取り、ベッドに置いて再び顔を掴む。そして——

 

「おりャ!」

 

 ぶにゅ。

 

 目を瞑りながら接近したマカナの唇は、無事エステルの唇へと重ねられた。子供同士が遊びでする様な、簡単で拙いな口付け。

 しばらくその感覚を確かめる様にじっとしていたマカナは、ふと口を離す。その顔は満足とは程遠い。

 

「……まだ、不満です?」

「ンー……なんか、微妙……」

 

 そうダ、と再び手元のページをぺらりとめくる。

 

「あっタ。次はこれダ。『次第にお互いの息遣いは熱を帯び、自然と舌が絡み合う』……えェ、ベロとベロくっ付けるのカ? うーン……」

「嫌なら止めれば良いじゃないですか」

「やダ! こうなったラ、とことんまで体験するんダ!」

 

 そうきっぱりと言い放ち、再びエステルと向かい合う。そして恥ずかしげもなく口を開いて、赤く湿った舌をちろりと伸ばした。

 そして、唇の直前でぴたりと動きを止め、許しを得る様に上目遣いで彼女を見やる。

 

「いいカ?」

「……もう、好きにしてください」

「ン」

 

 そろそろと近付いた舌が、唇へしとりと触れる。エステルの肩がびくりと跳ね上がった。

 閉じた唇の境をちろちろとなぞるマカナ。その動きは、エステルのとある好奇心を駆り立てた。

 

 ——このままこの子を受け入れたら、どうなるのだろうか。この子だけではなく、私も。

 出会って二日かそこらのこの子に絆されて、こんな遊びみたいな事に付き合わされて、それだけなのに何故だか胸が高鳴っている私が、この子を受け入れたらどうなるのだろうか?

 気になる。気になってしまったのだから、仕方がない。

 

 首をもたげた好奇心と建前。それ以上考える間も無く、エステルは自身の口先を湿らせる肉に食いついた。

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、今まで別段何も感じている風では無かったマカナの表情に焦りの様な色が浮かぶ。

 片手に持っていた本をぽろりと取り落とし、代わりにエステルの肩の辺りを、不安そうにしがみつく様に掴む。

 

 騒々しかった室内は静まり返り、熱のこもった吐息と水音だけが響く。

 やがて口が離れると、褐色の肌に一筋、銀の糸を垂らして舌の感覚の余韻を確かめる様に、ぱくぱくと口を動かしていた。

 

「……ふう。ど、どうです? 満足ですか?」

「な、なんカ……ふあっ、頭が、ふわふわすル、なんだこレ……」

 

 ふらふらと左右に揺れる彼女を見るエステルの心中にも、何かに例え難い感覚が芽生えていた。

 とろんと蕩けた顔の、目の前の少女を視界に収める度、今さっきまで全速力で走っていたかの様に鼓動が高鳴る。

 その奇妙な感覚に浸っていると、我を取り戻したマカナが俊敏に懐に潜り込み、彼女を押し倒した。

 

「ふあっ!?」

「はァ、はァ……」

 

 体の上に覆い被さり、目を爛々と輝かせるその様はまるで獲物を捕らえた獅子。

 苦しそうに息を荒げ、呼吸を整えると、余裕の無い声色でエステルに尋ねた。

 

「な、なア。さっきナ、ベロとベロでれろれろってした時ナ、変だったんダ。何か、頭をブン殴られたみたいデ、でも、柔らかくて気持ち良くテ……なァ、これが『きす』ってやつなのカ?」

 

 尋ねられたエステルは、口が交わる感覚を覚えた彼女の、幼くも妖艶な気迫に飲まれて動けなくなっていた。

 以前何かで読んだ本に書いてあった言葉が、エステルの脳裏を飛び交う。

 

 ——好奇心は猫をも殺す。

 

「もっとしたイ、もっト……!」

「あ、ちょっと待って……むぐっ」

「はぷっ、ぐちゅ、ちゅるる……えれ、はむっ」

 

 先程の、ただ唇を押し付けるだけだった彼女からは考えられない舌遣い。先程の少しの交わりで、マカナの舌はコツを掴んでいた。

 口の内部、頰の内側から歯茎に至るまでを優しく舌先でくすぐり、気まぐれに舌同士を触れ合わせる。

 

 エステルに馬乗りになり、顔を両手でホールドしている彼女は、これをあれだけのやり取りで会得してしまった。

 不意に、瞳を見つめていた視線をちらりとずらし、髪飾りで分けられた前髪に目をやる。

 

「ぷはっ……そういえバ、ワタシがやった髪飾リ、まだ着けてくれてたんだナ。やっぱリ、オマエはそっちの方が似合ウ」

「〜〜ッ!」

 

 マカナからすれば何気ない一言であったが、今のエステルからすれば知性と理性を突き崩す破城槌に等しい。

 結果舌遣いに必死さが生まれ、マカナもそれに応える。

 

 息が切れるまでそれを繰り返し、息継ぎの合間にもっと、もっととうわごとの様に呟いてからまた獲物に齧り付く獣の様に交わり始める。

 上から覆い被さる彼女の頭を無意識に下から抱きしめ、より強く繋がろうとするエステル。もはやその脳内には小難しい建前は無い。

 

 彼女達の肉欲が鎮まったのは、殆ど夜が明けてからだった。

 

 ——翌日。

 

 結局家に一泊したマカナを、買い物がてらに一緒に送るエステル。二人で歩きながら、昨日のことを考えて悶えていた。

 

 ——どうして私は昨日、あんな事に……私にそっちのケは無かった筈なのに、どうして……!

 

「——イ。おイ!」

「はっ」

 

 一人恥ずかしさに身悶えする彼女の意識を、マカナの溌剌とした声が呼び戻す。

 周りにはたくさんの人の声で溢れているのに、彼女の声だけが不思議と鮮明に聞こえた。

 

「もういいゾ。ここが私の家ダ」

 

 辿り着いた一軒の宿。その中に足を踏み入れるのを確認したエステルは、軽く声を掛けて家に帰ろうと踵を返す。

 

 遠ざかっていくその背中に言い忘れた事がある様に振り向きいて、凛とした元気な、良く通る声を遠くの彼女に響かせた。

 

「エステルーッ! 昨日は気持ちよかっタ! またいっぱい『きす』しようナーッ! 今度はワタシの家でしようナーッ!」

 

 その声にびくっと立ち止まり、ぎこぎことぎこちなく振り向いた。その顔は、少し離れていても分かるほどに赤い。

 そして、立ち止まったのは彼女だけではない。今は昼の大通り。当然多くの人が周りを歩いている。

 

 そのほぼ全ての人の目が、マカナとエステルに降り注いだのだ。

 

「う、うわああああッ! やめて、見ないでええええッ!」

 

 奇声を上げ、これまでの人生で最高記録を叩き出す程の速さで全力疾走し、この場を去るエステル。

 マカナはその背中が見えなくなるまで、にこにこと満面の笑みを浮かべて手を降っていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

最近立て続けにレビューや評価をいただけて嬉しいです。死ぬほどご飯が美味しいです。

このままなろうに百合ブームをぶち上げたいですね。

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