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五十二話 午後の過ごし方 マカナとエステルの場合 その1

山育ちの元気っ娘が都会の味に飲み込まれていくの図。

「今日は遅くなるだろうかラ、お前は家に帰って留守番ダ。お土産いっぱい買って来てやるかラ」

「ばふ……」

 

 少し寂しそうな背中を見送り、先を行くエステルとマカナ。やがて、一軒の店に辿り着く。


「……ほんデ、お前の行きつけの店ってのがここカ?」

「ええ、ここです」

 

 やや得意気に紹介された、その店先には無数の本がうず高く積まれており、その前を店主らしき老人が箒で掃いている。『智慧の書庫』と屋号の入った看板を掲げてはいるが、実際にはそんな大げさなものでは無く、ただの本屋の様だ。

 決して飲食店には見えないその店を前に、マカナは不機嫌そうだ。

 

「なア、ワタシは歓迎会って言ったはずだナ? だのになんで本屋ダ? オマエ本食うのカ?」

「まあ、そう慌てないでください。これは下準備です」

「準備ィ?」

 

 訝しむマカナを尻目に、店先で掃除に勤しむ老人に話しかける。

 

「こんにちは、おじさん」

「ん? おお、エステルちゃん、いらっしゃい。いつものやつ、入ってるよ」

「ほんとですか!? ふひ……ありがとうございます」

 

 掃除をやめ、店内へと入っていく店主。やがて、店の奥から本を山積みに満載したワゴンを押して来た。それを見るエステルの顔は、いよいよ危険な笑みを浮かべ始める。

 

「ふおお! ドスト・チャカ・スキーの新刊……! 全部買います!」

「毎度。いつもありがとうね」

 

 山の様な本がら包まれた風呂敷と引き換えに、銀貨の小包を惜しみなくどさっと置く。恐らくは一ヶ月分の生活費くらいの額が詰まっているだろう。

 それを受け取り、よろよろと歩き出す彼女にマカナが駆けつけた。

 

「いや無茶すんナ。半分持ってやル」

 

 そう言うと、本の山を半分分けてひょいっと持ち上げる。

 

「あ……助かります。ではさっさと次に行きましょう」

「……次も本屋だったラ、帰るからナ」

「ご心配なく。次はちゃんとご飯屋さんですよ」

 

 その言葉に、しかめていた眉がぱあっと解放されて晴れやかな表情に。そして、鼻息荒く興奮し始めた。

 

「本当だナ!? じゃ、早く行くゾ! 腹ペコなんダ!」

「ふふっ。空きっ腹には最高の一品ですよ。こちらです」

 

 そういって、再び街の中へと歩みを進める。途中にある無数の飲食店を通り過ぎる度、これかこれかと忙しく表情を変えるマカナ。

 そうして無数に表情筋を稼働させた末、ようやくエステルの足が一軒の店で止まった。

 

「すんすん……パン屋カ?」

 

 店先に漂う、香ばしい小麦の匂い。しかし、生憎彼女の口は肉やら油物やらといったがっつり系を求める口になってしまっていた。

 こんなものでは満足できないと、抗議の声を上げる寸前。

 

「んン……すんすんっ。この匂イ……?」

 

 鋭敏な彼女の嗅覚が、小麦の香りの奥に潜む別の香りを嗅ぎつけた。肉、野菜、そしてチーズ。それらが放つ、食欲をつんつん刺激する危険な香りを。

 

「なあなア! これ何の匂いダ!? 美味そうダ!」

「これは……ピザです」

「ぴざ?」

 

 聞き慣れない単語に、首を傾げる。そんな彼女を、エステルの声が店内へと誘った。

 暖簾をくぐると、巨大な石窯とそれに腕を突っ込む職人という光景が目に飛び込んで来る。やがて腕を引き抜くと、手に持っていた長いヘラのような物の上に、それはあった。

 

「おオ……ッ!!」

 

 薄い円盤状に引き伸ばされた生地の上に、溢れそうなほどに乗せられたたっぷりのチーズやサラミ、そしてトマト。

 それを見てしまった湧き水のように溢れる唾液を飲みながら、エステルを急かした。

 

「なア、早く食べよウ? 食べよウ?」

「ええ、元よりそのつもりです」

 

 カウンターの奥にいる店員に、慣れた所作で注文をする。すると、向こうも慣れた様子で職人に指示を飛ばし、程なくピザが厚紙で出来た薄い箱が二つ重なって手元に届いた。

 

「なあなア! 向こうの席が空いてるゾ! 早く早ク!」

 

 しかし、エステルはこれをスルー。すたすたと店を離れて行ってしまった。

 ぶうぶうと抗議しながら後を付いて行くと、一軒の宿で立ち止まる。そこに入り、階段を上がって廊下の一番奥、角部屋の扉を開けた。

 

「どこだこコ」

「私の家です」

 

 扉の奥には、無数の本と衣服が散乱しただらしない光景が広がっていた。しかし、当の本人は全く気にしていない。感覚が麻痺しているのだ。

 そして、マカナも別段反応は無い。彼女の家も概ねこんな感じなのである。

 

 僅かに見える床を伝い、湖にポツンと浮かぶ島のようなテーブルの上に本とピザの入った箱を置く。

 開かれたそれからは、胃袋を揺さぶるような強烈な香り。我慢の限界そうなマカナの顔を見て、エステルが口を開く。

 

「さ、食べましょう」

 

 そう言うとばさっと服を脱いで部屋着に着替え、側のベッドに寝転んでピザをつまみ、買ったばかりの本を読みながら食べ始めた。周到に受け皿を下に敷き、だらんと力を抜いて思う様貪る。怠惰の極みである。


「あー……だらだらするのさいこー……」

「お前、その内太っちゃうゾ」

「その辺は冒険して運動ですよ。厳しい冒険の対価として、究極の堕落を楽しむ……完璧です」


 すちゃっ。と眼鏡に指をかけ、知的な雰囲気を醸し出す。しかし、やっている事はただの食っちゃ寝である。別に不満は無いものの、ふとマカナは呟いた。


「……あレ、歓迎会ってこんなだっケ。もっとこウ、わーっト……」

「私、あんまりそういうの好きじゃないんです。こういう風に静かに祝ってくれた方がラクですね」

 

 などと何でもないように振る舞ってはいるが、彼女は彼女でマカナにはそれなりの敬意を払っている。家に招き、一緒に何かを食べるのもその証なのだ。 

 

「……まア何でもいいカ。ワタシもメシ食いたかっただけだシ。んじャ、頂きまース!」

 

 箱からピザを一切れ取り出し、小さな体に見合った小さな口を一杯に開けてかぶりつく。

 

「う、うんメーッ! 何だこレ! 何だこレ! 肉に塩かけたのよりずっと美味イ!」

「でしょう? お酒も向こうに冷えてありますから、お好きにどうぞ」

「やっター!」

 

 部屋の隅にある、氷結魔石を敷き詰めた箱を開けると茶色の瓶が頭を出す。その栓をすぽんと引き抜き、じゃばじゃばと麦酒を煽って口内の脂を洗い流した。

 

「ぶはッ。何だかすげー体に悪い気がすル……美味いからいっカ!」

 

 と、上機嫌でピザと酒を交互に楽しむ。しかし、どんなに騒がしい彼女でも一人で食事をしていては盛り上がりに限度がある。

 マイペースに本を読みながらピザを貪る彼女に、ちょっかいを出しに行くのは必然であった。

 

「なあなア、何読んでんダ?」

「小説です」

「それハ、見たら分かル。どんななんダ?」

「この作家さんは、書くジャンルが幅広いんです。その辺にあるのを好きに読んでいいですよ」

 

 部屋中に、まるで罠のように散らばる本の群れ。確かに厳しい装丁の物から、若者が好みそうな可愛らしい表紙の物まで幅広い。

 マカナはその中から一冊、適当に拾い上げた。

 

 ぺらぺらと本をめくり、流し読む。どうやら、貴族の娘が町の貧しいパン屋の娘と恋に落ちるという話らしい。

 

「またカ! 意味が分からン、最近流行ってんのカ?」

「何がです?」

「ほラ、これだこレ!」

 

 褐色の指が、開かれたページの一行を指す。そこでは、追手から逃れた二人が愛を誓い合うという場面だった。

 

「私が読み違えてなければ、コイツら女同士だロ? ちゅーまでして訳分からン!」

「そりゃまあ、需要ですよ。そういう人も世の中にはいるって事です」

 

 うーム、と唸りながらページを睨みつける。

 

 セルマ達もそうだった。作家が小説の題材にするくらいだから、よほど意味があるのだろう。しかし、自分にはまるで理解できない。

 

 ——ならば、いっそのこと自分でやってみてしまえばいい。

 

 ぱんっ!

 

 勢い良く本を閉じ、立ち上がってエステルの方を向く。

 

「おイ、エステル」

「なんです? それの下巻でしたらテーブルの下に……」

「この本と同じ事、私としてみないカ?」

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

筆が乗ってしまったので、後半に続く!

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