五十話 エステル・マドゥ
元気っ娘と文学少女の組み合わせも大好物です。
迷宮を踏破し、ギルドへの報告を次の日に持ち越して一旦解散し、各々が家へと戻っていく。
「マカナちゃん。明日のお昼くらいにギルドの前で待ち合わせね。ちゃんと来てね!」
「おーウ。分かった分かっタ。疲れちまったかラ、起きれたらナ」
そう言ってムクスケの肩に飛び乗り、ひらひらと手を振って去って行く。
ふと、思い出した様に兜を叩いて立ち止まらせ、振り返る。その視線の先には、エステルが佇んでいた。
「おイ。お前!」
「……何でしょう」
「お前、ワタシらとちゃんとしたパーティ組まないカ?」
突然の提案に、少し驚いた様な顔をする。そんな彼女に、再びマイペースに話しを続け出した。
「いやア、やっぱ魔法使えるのが居るとラクチンだナ。お前は器用だし、気に入っタ。どうダ?」
「お褒めに預かり、どうも。ですが——」
言葉を続けようとするエステル。そこへ、せっかちに肩から飛び降りてきたマカナがあっという間に距離を詰め、彼女の手を取った。
「ひやっ、な、何を……」
「これ、ワタシのパーティの証明書ダ!」
自分の手に無理矢理押し込まれた紙切れを開くと、ギルド発行の証明書に拙い字で彼らの名前が記されている。読み終えて顔を上げると、すでに踵を返して帰ろうとしている所だった。
「その気になったらいつでも来イ! じゃあナ!」
「あ、ちょっと……」
返事を待たずして、ずんずんと大股で去って行く。夕日の中一人取り残された彼女は、彼女と話している内に生まれた心のモヤモヤを疲労のせいと決め付けて家へと帰って行くのだった。
——ステルダの街角の、とある宿屋。
「はぁ……」
疲労を引きずって家へと辿り着き、ドアを開ける。
よく言えば生活感のある、悪く言えば散らかしっぱなしのこの部屋に入るや、荷物をぽいぽいとその辺に放り投げて服を脱ぎ散らかし、ぼふんとベッドに倒れこむ。
そして、自分の寝ている辺りを取り囲む様にして散乱している本の一冊に手を伸ばした。どんなに疲れていても就寝前の読書は欠かした事が無い。彼女は根っからの本の虫であった。
「ふう、さて……」
体が自然と覚えこんだ、流れる様な手際の良さで前髪をかきあげようとする。しかし、その手は空を切った。
あれ? とそこにあったはずの前髪を探すと、こつんと身に覚えのない手触り。髪の毛にくっ付いているそれを引っ張ると、ぱらりと落ちた前髪が彼女の目をいつも通り覆い隠す。
「あ、これ……」
手の中に有ったのは、マカナが無理やり着けてきた髪留め。そのまま持ってきてしまった様だ。
同時に、髪留めを着けられた時に彼女に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『可愛いだろうガ!』
「可愛い……」
むくりと体を起こし、足元の有象無象の間を縫う様に歩いて姿見の前へ。
そしていつも通り下された髪を、慣れない手つきで持ち上げて留める。
鏡の中に居たのはむすっとした吊り目の、無愛想な少女。自分の顔を晒している髪留めを見る度に、マカナに言われた言葉がかぐるぐると脳内を暴れ回った。
「……ふん、何が可愛いよ。お世辞なんかに騙されないわよ……」
ぼそり、とこの場に居ない誰かに向けて悪態を吐く。しかし、その表情はとても悪態をついている時の表情では無かった。
「にへ……」
不機嫌に曲がった口の端はぐにゅぐにゅと歪に吊り上がり、常にしかめている眉根はだらしなく垂れ下がっている。
そんな自分の表情に気づいた彼女は、声にならない悲鳴を上げてベッドに飛び込んで枕に顔を埋めてしまった。
「ふひ、ふひひひ……」
枕の中から聞こえてくる、くぐもった不気味な笑い声。それは小一時間続き、やがて疲れたのかそのままの姿勢で眠りについた。
エステル・マドゥ。十九歳。本を読める様になってから始めて、寝る前の読書を欠いた日であった。
——翌日、ギルド本部前広場。
中央の噴水に腰掛け、ちょいちょいと水をつついて遊ぶ全身鎧の巨漢と、その肩に乗る褐色の少女。
特徴的な装飾がされた三つ編みを退屈そうにぷらぷらと振り回し、かと思えば辺りを見回してまたぷらぷらと振り回す。まるで、誰かを待っているかの様な仕草だ。
肩の上で何度も体勢を変え、時には伸びをして退屈そうに何かを待つ。
暇の極まったムクスケが、飛び回る蝶々を目で追い始めた頃、ふと向こうを向いたマカナの顔が晴れた。
「おーイ! ここダーッ!」
周囲の冒険者の視線を集めるのにも一切構わず、肩に立ってぶんぶんと手を振る。その先には、桃色の長い前髪を髪留めで分けた少女が立っていた。
つかつかと噴水の所まで歩み寄り、にかっと歯をむき出しにして笑うマカナの下へと辿り着くや、おずおずと一枚の紙を手渡した。それを受け取り、広げると更に満足そうに笑う。
「ははン。その気になってくれたカ」
その紙はパーティの証明書だった。ミミズののたくった様な字でマカナとムクスケの名が記されているその下、三行目には、綺麗な字で『エステル・マドゥ』の文字が記されている。
「いやア、ホントに助かっタ。ありがとうナ」
「ばふばふっ!」
エステルに向けられる、屈託のない笑み。おおよそ他人と浅い関わり合いしか持たなかった彼女にとって、それは何よりも眩しく見えた。
「ま、まあ? 貴方達のパワーと技術には目を見張るものがあります。私はそれに乗っかっただけ……」
「つまんねー事ごちゃごちゃ言ってんナ! お前、好きな食いもん何ダ?」
唐突な質問に、はあ? という様な顔をする。そんな彼女に、マカナは苦笑いをしながら返した。
「何だ、鈍いヤツだなア。歓迎会に決まってるだロ? ワタシあんまりカネ使わねーから、大体のもんなら奢るゾ!」
——そういえば、前にいたトコでは大した歓迎は無かったなあ。別に深くは考えなかったけど。
「ふ、ふふっ。それでは、私のよく行くお店に行きましょう。良いですか? マカナさん」
「あア、ワタシにさんとか付けんナ。呼び捨てにしてくレ。そしたらついて行ってやるヨ」
「じゃ、じゃあ……えっと、ままま、マカナっ」
「おウ!」
ぎこちない呼びかけに、気持ちよく答えるマカナ。そして次の瞬間には、彼女の視線はエステルより更に後ろへと向けられていた。
「あ、おせーゾ! セルマ! メナド!」
声をかけた先には、金髪のおっとりとした雰囲気を纏う少女と、それとは対照的に背の小さな気の強そうな少女が並んで歩いて来ていた。
「ごめんね、なかなか寝癖直んなくて……」
「良いじゃない。あんたのそのアホみたいなハネ毛、どうせすぐにぴょんぴょん跳ねだすんだから」
「あ、ひどーい!」
きゃんきゃんと喧しく、楽しげに騒ぐ彼女達を見るエステル。これからこの輪に自分も加わると思うと、うんざりする様な楽しみな様な、不思議な気分が心中に渦巻いた。
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