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五話 二人の初陣

メナドちゃん口わっる…

 ぶんぶんと振り回される、金色の十字架。その圧倒的な質量が生む破壊力は、当てられればまさに必殺の威力だ。当てられれば、だが。


「はッ! やあッ!」


 風を切って振るわれるそれを、ひょいひょいと軽い身のこなしでかわす狼。

 人間と獣では、根本的な運動性能がまるで違う。セルマの動きなど、時間が止まっているようにも見えているだろう。


 そしてその運動神経は、一つ振り終えたセルマに生じた隙を見逃さなかった。

 空気を裂き、爆ぜるような音と共に繰り出される、巨木の様な前足の一撃。大振りも大振りなセルマに生じた隙は致命的な物で、攻撃に対する行動を何一つ取れない。


 その隙をついた狼の一撃は、彼女のガラ空きの脇腹に深々とねじ込まれた。


「ごぼッ……!」


 その勢いのまま振り抜かれ、紙くずのように吹き飛ばされたセルマの背中は、木の幹に叩きつけられた。

 勝負はついた。これまでの経験と手応えからそう感じた狼は、くるりと向き直る。


「ひっ……」


 その眼光に射すくめられたのは、メナドだった。セルマを置いて逃げるに逃げられず、結果として機を逸してしまった様だ。


 さっき逃げた奴らより、肉付きが良くてウマそうだ。今仕留めたヤツもウマそうな体をしている。

 舌の上に広がる甘美な血の味に想いを馳せて舌舐めずりを一つすると、期待が込められたぎらりと光る鋭い爪を、へたり込む少女に向けて突きつけた。


「くう……ッ!」


 反射的にぎゅっと固く目を瞑るメナド。しかし、その爪が彼女の体に届くことはなかった。代わりに、ぱたぱたと滴る何かが地を叩く音が耳に届く。


「え?」


 恐る恐る開いた目に映ったのは、自身と狼との間に割り込んでその爪を体に受けたセルマの姿だった。


「あ、アンタ! 何考えて……! や、そんな事よりも!」

「だ、だって、メナドちゃんが危なかったから」

「危なかったって……!」


 傷口から溢れ、白いローブを真っ赤に染めてなお滴る血は、明らかに命に関わる量だ。にも関わらず、セルマは脂汗を額に浮かべながら薄く笑う。


「い、痛いけど……そんなのは分かってた。分かってて突っ込んだから、耐えられる。耐えられれば、まだ動ける……!」


 独り言の様にそう呟くと突如、緑色の淡い光が彼女の体を包み込む。すると、驚異的な速度でその傷が癒えていく。その光景を見て驚きを覚えたのは、メナドだけではなかった。


 自身の全力を叩き込んでなお、立ち上がる存在がいる。数多の獲物を屠って来た狼にとっては侮辱に等しい、耐え難い事だった。

 前足を伝う、骨身を砕く感触。数え切れない程の命を狩って来た彼の感覚は、確実に仕留めたと訴えていた。


 しかし立っている。彼女は立っている。数多の修羅場をくぐり抜け、磨き上げられた感覚が告げる死を踏みにじり、致死量の血を流しながらも力強く立っている。


 狼がこれまでに築き上げて来た、野生の経験則をも彼女の生は汚しているのだ。これを侮辱と言わずしてなんと言うだろう。


 セルマに眼光の矛先を向け、堪えようのない怒りを全て解き放つ。そして大地を揺るがす様な、地鳴りの如き咆哮をセルマに叩きつけた。


「……! 来る! メナドちゃん、逃げて! 私がどうにかするから!」

「——逃げて?」


 今や狼がつけた傷は、時間を巻き戻しているかの様に塞がっていた。


 狼は理解した。この人間には中途半端な攻撃は通用しないと。であるならば、首を落とすまで。

 数多の獲物と対峙した彼だが、未だ首が胴を離れて生きていた存在など見たことが無い。


 攻撃の方針を決めた狼は、セルマの頭部へとその牙を突き立てるべく前足に渾身の力を込めて踏み込んだ。


 直後、別方向から吹き付ける強力な冷気が狼の毛並みを逆立てる。異変を感じて再度振り返った彼が見た光景は、まさしく『死』の景色だった。


「逃げる、逃げるですって! この私が、こんなわんコロ如きにケツまくって逃げるなんて、絶対にあり得ない!」


 吠える彼女の周りに渦巻く、キラキラと光る結晶。メナドから放たれる凍てつく魔力が大気中の水分を根こそぎ凍りつかせているのだ。


「私にガンくれといて、挙句無視なんてご挨拶じゃない! 私だって、私だって、やれるんだから!」


 一切の生命の存在を許さない様な零下の魔力は方向を変え、メナドの突き出した指に集まっていく。


「セルマ、そんなに元気なんだったら精々離れてなさい! 手加減なんか出来ないから!」


 その言葉を聞いたセルマは、木々を蹴って高々と跳躍する。上空と眼前に構える二つの死に、狼の思考は一瞬淀んだ。


 それが、命取りだった。


「凍土おおおおッ!」


 叫びとともに指先から迸る猛吹雪。余りにも過剰とも言えるその魔法は狼のみならず、その背後に続く森をも飲み込んでいく。

 やがて青々とした森の一部を切り取り、そこを雪景色に置き換えたかの様な異様な光景が出来上がった。   

 狼の脚から胴にかけてを分厚い氷が覆い隠し、びたりと地面に縫い付ける。


「おりゃあああああッ!」


 そしてその上空では、自身を軸に十字架を高速回転させて落下していくセルマの姿。落下のエネルギーと、十字架の先端にたっぷりと乗せられた遠心力。

 その二つによって生み出された回転は、まさに竜巻。やがてそれは、天から下された神罰の如く狼の額を打ち据えた。


 一時間後——


「おいおい、なんだこりゃ……一体何すりゃこんな事になんだよ?」


 街に逃げ帰った冒険者たちが呼んだ救援が駆けつける。その異様な光景に、皆異口同音に口を開く。


 うららかな日差しに緑の葉が輝く森を切り取る様に、白く凍てつく銀世界が一直線に広がっている。

 そしてその中には、胴体を凍りつかせた首のない狼が悪趣味なオブジェの様に立っている。足元には粉々になった肉片と、霜の降りた地面を真っ赤に染め上げる血の海。


 おおよそ新米冒険者の戦闘跡とは思えない様な光景に、思わず息を飲む先達。


「おーい、人がいたぞ! 気を失ってる、担架持って来い!」


 その声に、ある一本の木に人が集まる。その根元には、二人の少女が腰掛けて眠っていた。


 黒い髪に少し霜が降りた、ソーサレスの少女。そして、傍に巨大な血塗れの十字架を立てかけた、一見プリースト風の金髪の少女。

 二人肩を寄せ合って、互いに寄りかかってすやすやと安らかな眠りについている。


 これは後に不滅の撲殺聖女と、滅殺の魔女と呼ばれる二人の女冒険者の繰り広げる物語。

 この狼は、彼女達に撲殺され、滅殺される有象無象の一つに過ぎなかった。

最後まで読んで下さりありがとうございます。

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