四十六話 マカナとエステル
新しいカップルが出来るかも
大馬車に揺られ、がたがたと遺跡へと向かう一行。車内には座席が取り付けられており、そこそこ快適に過ごせる様になっている。
ただムクスケの巨体を収められる様な席は無かったのか、地べたにぺたりと尻を付けてぱたぱたと自らを手で扇ぐ。密室の上にかなりの重装備である彼は、窓からの風だけでは鎧の中が蒸れるのだろう。
その前の座席では、向かい合って座るマカナとエステルが何やら話し込んでいた。
「——ほんデ、エステルはどんな感ジの魔法が使えるカ?」
「……まあ、広く浅くって所ですね。各種属性を取り揃えています。高位の魔法はまだあまり使えませんが。後は付与魔法ですね」
魔法に明るくないマカナは、付与魔法という聞きなれない単語を耳にして小首を傾げる。
「なんぞそれハ」
「物質に属性を持たせる魔法です。例えば……」
きょろきょろと辺りを見回すエステルの目は、自分たちの座席の裏で暑そうに両手で自分を扇いでいるムクスケを捉えた。
背もたれから体を乗り出し、その大きな小指を両手で掴み取る。
「万象砕きし白き波、その暴威の一端を我が手に……」
口の中でつぶやく様に唱えると、彼女の両手を取り巻く様に冷たく白いもやが発生する。
それはやがてムクスケの巨木の様な腕に取り付き、すっぽりと覆い尽くしてぱきぱきと小気味のいい音と共に、分厚い氷の手甲を形成した。
「ばふーっ……」
氷によって鎧の中が冷やされ、ようやく涼むことの出来た彼のまったりとした声が漏れる。その様子を見つめていたマカナは、感心した様に声を上げた。
「ほーん、大したもんダ!」
「何ということはありません。魔法の真骨頂はその汎用性。圧倒的な火力も結構ですが、状況に合わせた効率的な動きこそが肝要です」
水筒を取り出して蓋を開け、薄い唇で挟み込んで傾け喉を潤す。長い髪に覆い隠された目元が、少し自慢げな色を浮かべた。
よく分からんが凄いもんダ、と呟きながらなんと無しに辺りを見回す。すると、視界の端に金髪と黒髪の二人の少女が映り込んだ。相も変わらずいちゃついている事が後ろ姿だけでも分かる。
それを見て、マカナはエステルの膝をぺちぺちと叩きながら再び口を開いた。
「なあなア、もういっこ聞いていいカ?」
「何でしょう」
適当に答えながら、くぴり、とまた水を一口含む。
「女同士で付き合うのってどうなんダ?」
「ぶッ」
瞬間、マカナの顔面に大量の水が噴霧された。両目をやられ、叫び声を上げて思い切り後ろへと仰け反る。
「ごああああッ! てめー、何しやがんダ!」
「えほっ、こほっ……やっば、変なとこ入った……! げっほ、それはこっちのセリフです! 何なんですかいきなり!」
涙目で叫ぶ彼女の言葉に、服の襟で顔を拭きながら答える。
「ぐしゅぐしゅ……いやナ、ワタシの知り合いにそういうのが居てナ? どうなんだろうって思ってナ」
「んんっ、ふーっ……それは、ただ仲が良いだけなのでは?」
口の端から滴る水を、懐から取り出したハンカチで拭き取りながら言う。しかし、すかさずマカナが噛み付いた。
「いいや、アレらはつがいの動物みたいな眼をしてル。絶対ただの仲良しサンじゃあないナ」
「はあ……まあ、そういう関係の人達も最近珍しくないですから。良いんじゃないですか、別に」
「しかしなァ……」
ふと向かいの席でいちゃつく二人を見て、かと思えば腕を組んで渋い目を膝に落とす。その様子に、エステルは訝しげに質問した。
「何が気に食わないんです? 別にそんなのは人の好き好きでしょうに」
「それはそうダ? けれどもナ、理屈に合わなイ。どうしても、何だかケツの収まりが悪くてむずむずするんダ」
「何の理屈なんです?」
「ワタシの一族は代々自然の一部として生きてきタ。そんでこれまで色んな動物を見てきたんダ。確かにオス同士とかメス同士とかでつがいを作る奴はいル。だけド、それが何でなのかさっぱり分からんのダ。子を成せる訳でもないのに、何でつがいを作ル?」
普段は飄々とした彼女だが、この時ばかりは真剣な面持ちだ。どうやら彼女の中で、二人の関係はかなり深刻な問題らしい。
「うーム、分からン……」
「だったら、あなたも女の子と付き合ってみればよろしいではないですか……言っときますけど、私にはそっちのケは無いですからね」
「ア? 毛? どこのダ?」
気の抜ける様な会話は、馬車の停止と共に終わりを迎えた。がこっと乗り降り口が開くと、目の前には地面から突き出した遺跡の入り口が口を広げている。
ぞろぞろと降りていく彼らの目は、好奇心と興奮が入り混じった輝きを宿す。喜び勇んで歩みを進める彼らを、まずはセルマ達が先導し始めた。
「皆さーん! こっちでーす!」
「ほら、着いて来なさい!」
そう声を張り上げて、かつてセルマが床板をぶち抜いた所まで案内し始める。
「金髪の子、可愛いなぁ……」
「黒髪のちみっちゃい子もなかなか……」
時折違う興奮の仕方をしている者も混ざっている群れを引き連れて、遺跡の奥へと通じる入口へと辿り着いた。それを降ると、以前メナドが暴れまわったせいで辺り一面が真っ黒に煤けた広間に出た。
後に来たマカナ達が設置した松明によって視界は確保されている。
そこで、集団からぴょこっと飛び出したマカナ達。次は彼女達が案内をする番だ。
のしのしと大股で歩くムクスケと、その肩に乗るマカナ。彼らの進んでいく先にあったのは、あちこちがやたらめったらに破壊された大部屋。
周りの壁には大きな何かで思い切り殴りつけられた様な穴がいくつも空けられている。
「取り敢えず根掘り葉掘り探せって事だったからナ。適当に荒らしてみたら当たったんダ」
自慢げにそう言うと、穴の一つに腕を突っ込んだ。ごそごそと中を探る様に動かすと、がちりと金属音が響く。直後、部屋全体が細かく振動する。
そして更に部屋の壁が一枚、土埃を撒き散らしながらせり上がっていく。もうもうと広がっていく煙は、間も無く部屋全体を包み込んだ。
煙の中のあちこちから、げほげほとむせる声が無数に重なる。やがて視界が晴れると、それらの声は静かに息をのむ音に変わった。
彼らの目の前に現れたのは、厳しい意匠が施された巨大な鉄扉。しばらくは呆気にとられていた彼らも、やがてぎらぎらとした強欲そうな瞳に変わる。
冒険者が迷宮の奥地で、隠された巨大な扉を目の当たりにする。心躍らせる要因は何一つ欠ける事なく揃っていた。
「ばおおおおッ!」
怒声を轟かせ、その豪腕でもって思い切り殴りつける。甲高い割れ鐘が響く様な音が響き渡り、蝶番ごと吹き飛ばされて奥の闇へと消えていった。
「さア、ここから先は未踏の大迷宮ダ! お前ら行け行ケー!」
ウオオオオオオッ!
鬨の声を上げ、自分たちを極限まで奮い立たせる。そうして、彼らはめいめいに明かりを手にとって目の前に立ちはだかる闇へと挑んで行った。
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