四十五話 どなたでしたっけ
ちょっと文字数が多めになりました。今後はこれくらいの量で書いていきます。
ばたばたとギルドに駆け込んだ二人。その広いホール内は、既にたくさんの冒険者達でごった返していた。
いずれも銀級らしい、浮ついた気配の抜けたピンと張り詰めた空気を身に纏っている。
その中でなお目立つ、一際大きな体躯を誇る鎧姿とその肩に乗る少女の二人組。ぷらぷらと退屈そうに辺りを見回す彼女と、二人の目が合った。
「おー、やっぱり来る思っタ」
「ばふっ!」
人混みを泳ぐように掻き分け、二人の元に辿り着くと人懐っこく話しかけ始めた。ムクスケはというと、セルマに向けて手のひらを向けている。
「ムクスケさーん! お久しぶりです。えいっ!」
「ばふーっ!」
それに自分の手のひらを打ち合わせ、ぱんっと乾いた音を響かせる。すると、兜の奥から嬉しそうな鼻息が漏れた。すっかり仲良しな二人をやれやれと尻目にし、肩から降りてきたマカナとメナドが言葉を交わす。
「新聞読んだわよ。あそこ、どんな感じだった?」
「どうもこうもなイ。クソ程しんどいだっタ」
ひらひらと手を振り、肩をすくめるマカナ。なんでもない風ではあるが、その声からは本当にうんざりといった雰囲気がにじみ出ている。
「なんか人が腐った様な魔物は臭えシ、土人形みてえなのはしつっこいシ、全体的にめんどくさかったナ。特に臭えのはワタシの獣達も嫌がるから最悪ダ」
「うーん、グールは見たけど、奥にはゴーレムか。なんだか全体的に魔法生物が多いわね……」
和気藹々とはしゃぐ二人とは対照的に、情報を整理するマカナとメナド達。ふと思い出した様に壁掛け時計を見ると、慌てて口を開いた。
「いけない、名前書いてこないと。セルマ、ちょっと行ってくるから待っててね」
「あ、はーい。ありがとう」
てくてくと人混みの中を歩いていくメナド。その背中を見送る彼女に、三人組の男女が近づいてくる。
「はんっ。能無しがなんでこんなトコに居んだよ?」
鼻を鳴らしながら、ずかずかと大股で歩いてくる金髪の剣士と、その左腕にまとわりつく様にして歩くプリーストの少女。その後ろを歩いてくる、ソーサレスの少女。銀級冒険者、エルロンド、ルクスリエ、エステルの三人だ。
セルマの姿を認めたエルロンドは、不機嫌そうに眉を顰めて吐き捨てる様に言葉を放つ。
「よお、あれからちょっとは昇級出来たのか? 今日は何だ、お友達のチビと一緒に草むしりか?」
「……あっ、私ですか?」
ムクスケとの手遊びに熱を上げていた彼女は、声を掛けられてようやく彼らに気付く。側から見れば余りにもとぼけた態度に、脇に侍るルクスリエが不機嫌そうに話し出した。
「ちょっとぉ、何ですかぁその態度ぉ? 格下の青銅冒険者サン達がぁ、そういうの良くないと思うんですけどぉ?」
「んん? えっと……ご、ごめんなさい?」
その後も詰る様な言葉が次々と投げかけられるが、そのことごとくがセルマに余り響いていない様子だ。というよりも、何処か困惑している風でもある。
くどくどと嫌味を垂れる二人に、唐突に手を上げておずおずと言葉を返した。
「あのう……どなたでしたっけ?」
「……は?」
瞬時に凍り付く辺りの空気。ムクスケもやや戸惑っている様におろおろとし始めた。
「その、ごめんなさい! 何処かでお会いしましたか? どうしても思い出せなくて……!」
「てめっ……馬鹿にしてんのか? 青銅の癖に!」
怒り心頭に達した二人。それに気付いて更にぺこぺこと頭を下げて詫びるも、彼女の脳内では彼らに関する情報が全く掘りかえせていなかった。
「ご、ごめんなさい! でも、やっぱり人違いだと思うんです。私達銀級だし……」
「えっ」
あんぐりと口を開けたまま硬直するエルロンド。そんな事には目もくれず、わたわたと鞄から冒険者章を取り出して中を開く。
そこには、銀色の光が確かに存在を示していた。見間違える筈もない、自分達の持っている物と同じ証。二人のうっすらと開いた口からは、間の抜けた吐息だけが漏れていた。
「お、お前いつ——」
「貴方達が二人で別の街に依頼受けにいった時、ではないですね?」
そんな二人に、後ろに居たエステルが冷たい声色で代わりに答えてやる。
やれやれ、とばかりに肩をすくめて溜息をつくその姿は、仲間というよりもただ同じパーティにいるだけ、という余所余所しさを漂わせていた。
「ただのゴブリン討伐の為に三日も。一体何をしてたんでしょう? せっかくの狩猟祭だったのに、勿体無い」
「お、お前あの時体調不良って言ってただろうが!」
「私、狩猟祭は毎回欠かさず見る事にしてるんです。お二人も二人きりの方が都合が良かったのでは?」
ぐぬぬ……と、歯噛みして悔しがる二人。更にそこへ追い討ちをかけるような声が飛ぶ。
「あら? あらあらあら? そこに居るのは、もしかして銀級冒険者サマのエルロンドさん達ではありません事?」
二人が振り返った先には、眉毛を下げて心底小馬鹿にした様な笑みを浮かべ、芝居がかった口調で話すメナドだった。
「奇遇ですわぁ? お久しぶりです。あれから、貴方達の階級はどれくらい上がりました? 一つ上がって金? 貴方達の様な一流冒険者サマでしたら、一足飛びに白金まで行ってしまったのでしょうかぁ?」
ぎりり、と歯が砕けんばかりに噛み締め、革の手袋を突き破らんばかりに力を込めて握りしめる。
「……だ」
「ええ? 聞こえませんけれども? もしもーし?」
「銀だよ!」
怒りと羞恥の余り、叫び声が上ずっている。まるで子犬が虚勢を張って吠えている様だ。
それを聞いたメナドは、まあ、と態とらしく口に手を添えて驚いた様なそぶりをする。
「あらら。私達も偶然、ほんと偶然銀に上がりましたのよ? 並んでしまいましたわね?」
「エルロンド。私は遊んでばかりだといつか後悔するって言いました」
二人の少女に詰られるエルロンドとルクスリエ。当然居心地が良い訳が無く、その場の空気に耐えきれなくなったのかその場から背を向け、足をふみ鳴らす様に歩いて行ってしまった。
その様子を見ていたセルマは、ただぽかんと口を開けている。一方のメナドは、ああすっきりした、という晴れやかな表情だ。
「ね、ねえねえメナドちゃん。あの人達誰だったの? 思い出せなくてすごく申し訳無くって……」
「さあ、よく考えたら私も知らなかったわ。所で、あなたは追いかけなくて良いの?」
ぽつん、と一人その場に立つエステルに声を掛ける。すると彼女は、再び深い深い溜息をついてから気だるげに声を発した。
「はぁ……いいえ、あの二人にはもう着いて行けません。銀級に上がってからというもの、毎日毎日イチャイチャイチャイチャ……まともに仕事したのなんて、数えるくらいしか無かったです」
「……良いの? 次のパーティのアテは?」
はて、と小首を傾げるエステル。まるでメナドが見当外れの不思議な事を言っているかの様だ。
「……パーティを探すのって、そんなに大変な事でしょうか? 私たち魔法職は、まともに魔法を使えていればそう苦労はしないと思うのですが」
「うぐ」
そう、ごく一般的な魔法使いであれば、パーティを探すのにさほど苦労はしない。苦労するのであれば、それは魔法の腕が悪いか彼女達の様に特殊な事情を抱えているかのどちらかだ。
「さて、次の巣を探すとしましょうか。これだけ居ればすぐに——」
「おお! それじゃア、ワタシの所に来てくレ!」
不意に、後ろの方で話を聞いていたマカナが手を上げる。
「ワタシらじゃア、グーなんとかとかゴーなんとかとかいう魔物と相性が悪いんダ。火とか出してくれたら助かるゾ!」
「ええ。火でも雷でもお任せあれ、です」
ほらね、という様にメナドに目配せを送ると、とてとてと向かっていってマカナと握手を交わす。
「ワタシはマカナ・マクアフティル言ウ! セルマの所にいるデカイのがムクスケ。よろしくナ!」
「ええ、こちらこそ。私はエステル・ラブラドライトといいます」
「……ベロが何枚あっても足らなそうな名前ダ。エステルって呼ぶからナ。私の事もマカナって呼んでくれていいゾ」
「はい。マカナ」
裏表の無い朗らかなマカナの性格のおかげで、エステルも警戒心など微塵もない笑みを薄っすらとだが浮かべている。
のしのしと歩み寄ってきたムクスケも、巨大な手を差し伸べて握手を求め、それに応えるエステル。彼女が仲間として受け入れられた瞬間だった。
「はーい! お集まりの冒険者の皆様ー! 参加者整理が完了しましたので、建物の外に出て下さーい!」
不意に、ホール内に響くギルド職員の声。それと同時に人混みの流れが一気に出口へと向かう。それに押し流される様に外に出ると、見上げる様な高さの巨大な馬車が視界に飛び込んで来た。
「ひやぁ、おっきいねぇ」
普通の馬車と全くかけ離れた
大きさに、溜息混じりに声を漏らすセルマ。常人の三倍ほどの大きさの体躯を誇るムクスケが直立しても、尚余裕のある大きさだ。流石にこれを引ける馬は存在しないので、原動力は魔力である。
がこっと留め具が外れる様な音と共に、車体の乗り降り口がぱっくりと口を開く。それを見た冒険者達は、大迷宮の奥底に眠る何かに目を輝かせ、意気揚々と乗り込んで行くのだった。
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