四十四話 大迷宮
ちょっと短めです。
セルマの体が元に戻ってから少し後。
ようやく気を取り直した彼女は、いつもの服を着て居間のソファに座り込んでいた。
しかし、完全に元の調子を取り直せた訳では無いようだ。へにょへにょとアホ毛は萎れ、表情はどんよりしている。
「ちょっとぉ、そろそろ元気出しなさいよ。こんな明るい内からそんなんじゃキノコ生えるわよ」
「……キノコでも生えてた方が、カサとかで体隠せて良かったかもね……」
どうやら、玄関先でほぼ全裸になって大はしゃぎしていたという事実が、彼女を苦しめている様だ。
「だ、誰も見てなかったわよ! ……多分」
「絶対見られてたよぉ! 明日からお向かいさんとすれ違った時に、『昨日はお盛んでしたね』とか言われちゃうよぉ……引っ越しだぁ……!」
「セルマ、しっかりして! 傷は浅いわよきっと!」
「致命傷だよお! リジェネレイトじゃ心の傷は癒せないんだぁ……」
かこん。
二人の漫才を切る様に、玄関から高い音が聞こえてくる。定期講読している冒険者新聞が届いたのだ。
ギルドが毎月銀貨五枚で発行しているこの新聞は、魔物の素材の需要から新しい迷宮の情報までが網羅されている、まさに冒険者必読の品だ。
「あ、新聞届いた……取ってくるね……」
「いや、私が行ってくるけど?」
「私が行くよ……号外で私の裸の写真が載ってたら大変だからね……ははは……」
ソファから立ち上がり、ふらふらとした足取りで玄関へと向かう。まるで浄化寸前のグールの様だ。
セルマの自分への積極性の割に、自身に対する羞恥心はちゃんとしている事に対してメナドは少しホッとしていた。
心のどこかで、セルマは生まれついての人たらしではないかと心配していたが、杞憂に終わった。むしろあの積極性が自分にだけ向けられていると確信したメナドは、居間で一人ぷらぷらと足を揺らして静かにはしゃぎ始める。
「め、メナドちゃんッ!」
そこへ、丸めた新聞を片手に、わたわたと足をばたつかせながら居間へと飛び込んでくる。
さっきまでの鬱々とした雰囲気は一転、いつものはつらつとしていながらも柔らかい、本来のセルマの姿だ。
それを見て安心したメナドは、子供をたしなめる様に声をかける。
「ちょっと、埃立つでしょ。走んないでよ」
「ああ、ごめんなさい……いや、そんなこと言ってる場合じゃないの! これ!」
ぱんっ! と大きな音を立てて、新聞のある一面を広げてメナドに見せる。でかでかと一面を飾る記事は、わざわざ目で追わずとも目に飛び込んできた。
記事の内容は、とある迷宮についてだった。羅列される文章の片隅に、その映写水晶による写真が掲載されている。
「……ここって、こないだあんたが呪われた所じゃない?」
そう、ここは以前セルマが弱体化の呪いを受けた迷宮であった。写っている部屋には所々爆発により抉れていたり、煤けている所が見受けられる。
「メナドちゃん、ここ! ここ!」
セルマが指差すあたりの文章を、視線でなぞって読み上げる。
「ええと、なになに……『冒険者ギルドステルダ支部は本日、この迷宮を大迷宮と認定した。入場資格は銀級から与えられる。我こそはという者はこぞって参加されたし』——マ、マジで!?」
迷宮とは、古の時代の遺跡や未踏の森林、洞窟などを指して呼ぶ言葉。その中でも、とりわけ規模の大きなもの、または強力な魔物が跋扈する迷宮は『大迷宮』と呼称される。
大迷宮を探索する際には、最大二十組のパーティからなる大探検隊が結成され、隅から隅までをほじくり返すのだ。
「ええと、『以前当迷宮の後追い調査を実施したセルマ・メナドのパーティにより、更なるエリアが開拓される。その後更にマカナ・ムクスケのパーティによる調査の結果、大規模な深層の存在が明らかに。これにより、大迷宮認定となった』——新聞に私達の名前が載ってるよぉ! 恥ずかしいなぁ、えへへ」
呑気にへらへらと気の抜ける様な笑みをこぼすセルマ。しかし、メナドは慌てた様な声で問いかけた。
「パーティの応募は!?」
「あ、ええと……」
文面と時計を交互に見るセルマ。やがて、慌てた様に口を開いた。
「た、大変! もうすぐ応募受付始まっちゃう!」
「急ぐわよ! 早く着替えて!」
こうして慌ただしく準備を整え始める彼女達。十字架を肩に担ぎ、杖を握り締め、ばたばたと玄関を開けてギルドへと走るのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
良ければレビューや感想などいただけると、モチベがガン上がりします。