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四話 立ち上がる聖女

物理系聖女

「ふんふんふ〜ん……ぶちぶち……」


 ステルダの郊外に広がる、鬱蒼と茂るクレルヴォの森。薬効成分を含む植生が豊かな為、薬師の森とも言われている。

 人が近くに住んでいるせいか魔物は殆どおらず、ハイキング先にも出来るほどにのどかな所だ。

 

 セルマ達が請け負った依頼は、ここに自生する薬草をカゴいっぱいに積んで街の薬屋に卸すというものだ。


「アンタ、楽しそうね」

「ん?」

 

 ふと、草をむしっていたメナドがセルマに声をかける。

 

「こんなガキの使いみたいな依頼、達成感も何も無いじゃない。実績になる仕事って訳でもないのに、アホらし」

「そんな事ないよぉ。現に薬草が足りなくてお薬を作れなくて困ってる人がいるんだから、これも立派なお仕事だよ。ナントカの道も一歩からっていうでしょ。コツコツ依頼をこなして、一人でも請けられる様にならなきゃ」

 

 冒険者としてのランクを上げるためには、その実績をギルドに認められなければならない。強力な魔物を倒したり、未知の生物や土地を発見したりするのが主な実績だ。

 街の薬屋に薬草を届けるといった依頼では、本当に小金稼ぎくらいにしかならないのだ。

 

「ふんふん……ぶちぶち……」

 

 そんなことは御構い無しに、実に楽しそうに藪から葉っぱをちぎり続けるセルマ。流石にこれ以上茶々を入れる気も失せたのか、メナドも黙々と草をむしり続ける。

 

 一時間後、カゴの半分ほどが薬草で満たされていた。いつの間にか日は高く登り、昼食にはいい時間帯になっている。

 

「うーん、良い感じにお腹ペコって来たね。メナドちゃん、ご飯食べよ!」

 

 そう言って、セルマは地面に墓標の如く突き立てられた巨大なメイスに引っかかっている、一つのバスケットを掴んで取った。

 

「何よそれ」

「おべんとだよ! 食堂のおばさんに作ってもらったんだ! 一緒に食べよ!」

 

 セルマは、定期的に食堂でバイトをしている。主に薪割りや小麦粉の袋の搬入などの力仕事を任されており、この弁当はその対価である。

 バスケットを蓋している、可愛らしい刺繍がされた布をぺらりとめくると、これまた可愛らしいサンドイッチが詰め込まれていた。

 その一つを手に取り、口に運んでまくまくと美味しそうに頬張るセルマ。もう片方の手で、サンドイッチをメナドの方へと差し出した。


「ん」


 食べろ、という無言の圧力。仕方なし、といった風に受け取って一口かじり取る。


「……おいし」

「でしょー!? この挟んであるチーズがねえ、また絶品でねえ」

「別にアンタが作った訳じゃないでしょうに……」


 ふふん、と何故か自慢げにぱくぱくとサンドイッチを口に放り込み続けるセルマ。


 その幸せそうな顔を見るメナドの頭からは、細々とした不平を言う気など彼女自身知らぬ間に消え失せていた。代わりに、彼女が一番気になっていた疑問が一つ、浮き彫りになる。


「ねえ、アンタが持ち運んでる、十字架みたいなの……」

「ん? ああ、神罰ちゃんの事?」


 セルマの口から飛び出して来たトンデモな名前に、しばし思考を固めるメナド。


「……し、神罰ちゃん?」

「そ、神罰ちゃん。可愛いでしょ!」

「かわ……まあ良いわ。それ重くないの?」


 そう問いかけながら、メナドの赤い瞳が改めて大地に突き立つソレを見る。一般的に、自重で地面にめり込む程の重さの物をメイスなどとは呼ばない。もっと別の何かだ。

 そして、それ程の重さの物を軽々と担ぐ膂力を持つ者をプリーストとは言い難い。狂戦士か何かがしっくりくるだろう。

 

「えへへ。私、家ではずっとお父さんの木こりの手伝いしてたんだ! だからきっとそれで力持ちになったんだね、うん!」

「絶対違う……」

 

 下らない話に花を咲かせているうちに、彼女らの体力も回復した。キリのいいところで休憩を切り上げて、再び薬草摘みを再開する二人。

 

「あっ! メナドちゃん見て見て!」

「今度は何よ?」

 

 突然声をあげたセルマの手には、何やらぐるぐると渦巻き状の草が握られている。

 

「これ、サカシ草って言うんだよ! これ食べると賢くなれるんだって!」

 

 そう言って、満面の笑顔を浮かべながらぐいっとその草をメナドに突きつける。

 

「……で、なんでそれを私に寄越すのよ。私がバカに見えるって訳?」

「だって、魔法苦手なんでしょ? これ食べて賢くなれば、きっと魔法使える様になるよ!」

「わ、私は別に苦手な訳じゃ無いわよ! 自分で食べなさい、このバカ!」

 

 激昂し、猛烈な勢いでセルマの手から草をむしり取ると、そのまま口の中にネジ込んでしまった。

 

「もごごー!」

「ふん!」

 

 そんなこんなで一時間後、カゴはすっかり青々とした薬草でもっさりと埋め尽くされていた。

 

「ふぃーっ。これだけ集めれば十分だね! さ、帰ろっか!」

「はあ、もう汗でベタベタ……お風呂入りたい」

 

 いそいそと身支度を始める二人。そこへ、がさがさと慌ただしい足音が複数。木立の奥からは、複数人の声が聞こえてくる。いずれも声を荒げ、ただ事ではない雰囲気だ。

 やがて木立の奥から、血相を変えた数人の男女が現れた。いずれも装備が真新しく、駆け出しの冒険者であることが伺える。


「ど、どうしたんですか?」

「ま、魔物が出たッ! エラい大物だ、とても手に負えねえッ!」


 その言葉を証明するかのように、森の奥から獣の雄叫びが轟き、大気を震わせた。


「き、来たッ!」


 瞬間、藪を突き破って何かが飛び出し、それと同時にくぐもった悲鳴が一つ響き渡った。その声に、その場の視線が一斉にそちらへ集まる。

 彼らが目の当たりにしたのは、一頭の巨大な狼。それが一人の剣士を組み敷き、むき出しの牙を今にもその喉元へと突き立てようかという瞬間だった。


「ひ、ひいィッ!」


 既に誰かが一人餌食となったのか、狼の口元は真っ赤な血でてらてらと光っていた。その隙間からぎらりと光る、大ぶりのナイフのような一対の牙。

 否応無く凄惨な死を連想させるそれを突きつけられ、組み敷かれた男は顔面を生ぬるい獣臭さに包まれる度絞り出すような悲鳴を上げる。


 撒き散らされる殺気を浴び、彼我の力量差を感じ取った彼らは、誰一人としてその場を動けない。

 

 たった一人のプリーストを除いては。

 

「おっりゃああああッ!」

 

 気合いに満ちた声に続き、鈍い打撃音が辺りにこだまする。巨大な十字架の掬い上げるような一撃が血まみれの顎を捉えたのだ。

 この場の面々が突然の事態に眼を見張る中、狼は天を仰いでよろめいた。

 

「うわ、すご……!」

「今です! 早く逃げて!」

 

 言われるまでもなく力の抜けた一瞬の隙を突き、狼の拘束を逃れて仲間と合流した男は我先にと街へ向けて逃げ出した。

 

「セルマ! あんたも早くこっちへ——」

 

 セルマを呼び戻すメナドが目にしたのは、逃げるどころか両足を踏みしめ、十字架を構えて道を塞ぐ様に狼へと対峙するセルマの姿だった。

 

「バカ! あんた一体……」

「こいつは人の味を覚えてる! ここで仕留めないと、また人が襲われるかもしれない……! メナドちゃんは先に行って ギルドの人達に、このことを伝えて!」

 

 体勢を取り直し、狼は正面の少女に向き直り、細めた目から鋭い殺気を送る。

 

 獲物を取り逃がし、その上に自身に傷を負わせた目の前の存在に尋常でない怒りを露わにする様に吼えた。

 

 戦いの幕を上げるかのように響かせた雄叫びが、周囲の枝葉を震わせる。それを真っ向から迎え撃つは、たった一人のプリースト。

 

「さあ、来いッ!」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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