三十八話 甘い息抜き
おねロリの食べさせあいは良いものですね
「メナドおねえちゃん! こっちこっちー!」
晴れ渡る空の下、メナドは元気一杯にはしゃぐセルマに手を引かれ、飲食店や屋台で賑わう街の大通りへと向かっていた。
その笑顔は、頭上でさんさんと輝く太陽にも負けない輝きを放つ。昨晩の怯えた表情など微塵も見えない様子に、メナドは安堵する。
「おねえちゃん! これたべたーい!」
「どれどれ……」
二人が立ち止まる前には、甘い香りを放つ小洒落た店が佇んでいた。
近くに立っている看板には、いかにも女の子、といったケーキなどの可愛らしいお菓子が描かれている。セルマもすっかりそれに魅了されてしまっている様子だ。
「ね、ね、ここのケーキたべたいな! たべたいな!」
「んー、実は私も気になってたの。じゃあ、ここでおやつにしましょっか」
「わーい! おねえちゃんだいすき!」
現金だな、と心の中で茶化しながら店の扉を開ける。からんころん、と来店を知らせる鈴の音と共に、鼻をくすぐる甘い香りが二人を出迎えた。
それに続いて、ぱたぱたと店員が駆けてくる。
「あれ? あなたは……」
「いらっしゃいませ——ん、何か?」
「ああ、いいえ、なんでも」
メナドはその顔に既視感を覚えたが、答えが口まで出掛かってそれっきりだ。気を取り直して、指を二本立てて自分たちの人数を告げる。
「二名様ですね、お好きな席へどうぞ!」
そう促された通り、適当な席に二人並んでかけて手渡された品書きに目を通す。
手描きのお菓子が目録と一緒に描かれており、ページをめくる度にセルマの口から悩ましげなため息が漏れた。
「ふわあ……どれにしようかな。これもいいな、これもいいなぁ……」
「どれか一つよ。太っちゃうから……あ、すみません。コーヒー一つ」
悩む彼女を尻目に、一足先に注文を通す。長期戦になる事を見越し、そのための備えである。
「かしこまりました! すぐにお持ちしますか?」
「ええ、お願いします」
ぺこりと頭を下げ、素早く奥へと引っ込む店員を見送り、セルマの方へと目線を戻した。
開かれているページには二つのケーキが描かれており、彼女の視線はその間を揺れ動いている。どうやら二択まで絞れたらしい。
「モンブランとスフレケーキか……」
「こっちのもおいしそう……でも、こっちのももこもこしててかわいいな……どうしよう」
切なそうな瞳を揺らし、決めあぐねている。それを見かねたメナドが、今丁度来たコーヒーに口を付けながら助け舟を出した。
「ずず……じゃあ私がモンブラン食べるから、セルマはスフレにしたら? 半分こしましょ」
「ほんとう!? でも、いいの?」
「良いの。私ケーキならどれでも大好きだから」
無論、接頭語に『セルマと食べる』が付く事は言うまでも無い。モノが決まった所で、早速注文する。
昼下がりの穏やかな陽光に身を晒して、しばらくセルマの顔を見ながらぼうっとしていると、店員がかちゃかちゃと皿を鳴らしてケーキを運んできた。
「お待たせしましたー! スフレと、モンブランです!」
「あ、はーい」
「わーい!」
二人の元に届いた、つつけばたちどころに崩れてしまいそうなほど柔らかく、儚げに揺れるスフレと、黄金色に輝く栗と粉砂糖で彩られたモンブラン。
その魅力にセルマは勿論の事、澄ました顔のメナドでさえその顔を期待に輝かせた。
「はむっ」
フォークで一口分を切り分け、ぱくりと口に運ぶセルマ。よほど美味しいのだろう、その表情たるや今にもとろけてしまいそうだ。アホ毛もぴこぴこと元気に跳ねまわっている。
「んん〜っ! しゅわしゅわおいひい……」
「んん。良かったわね」
それにつられて、メナドもモンブランを一口。栗を裏ごししたふわふわのクリームと、ねっとりほくほくとした栗の実特有の優しい甘さが口の中を和ませる。
「んん、本当に美味しい……! 良いお店みっけたわね。今度また一緒に来ましょ?」
ケーキから目を上げると、動かしづらい手で柔らかいスフレと格闘している姿が目に飛び込む。口元に付くクリームが、両者の熾烈な戦いを物語っていた。
「よいしょ、よいしょ」
「ちょっと、クリーム付いてるわよ。お行儀悪いから、ほら、こっち向いて」
「うにゅっ」
テーブルから身を乗り出して、頰に付いたクリームの塊を指で拭い去る。そしてそれを、ためらいなく口の中に放り込んだ。
「ん、美味しい。はいセルマ、あーん」
お返しとばかりに、モンブランを食べやすいよう小さく掬ってセルマの口先に差し出す。それを認めた彼女は、瞳を輝かせてスプーンに食いついた。
「はむっ! もよもよ……」
「美味しい?」
「おいしー!」
普段はしとやかな、口さえ開かなければどこかの令嬢のようなセルマとは真逆のはつらつとした笑顔。
見ているだけで心を揺さぶるような眩しさに、ついついスプーンが止まらなくなってしまった。
「はむっ、はむっ……」
「ね、ね! もっかいあーんってさせて! もっかいだけ!」
「もしょもしょ……だめー! こんどはセルマのばんー!」
可愛らしく雄叫びを上げると、よいしょ、よいしょと頑張ってスフレを掬おうと試みる。だんだんと唇が尖っていく様を見守るメナドの心中には、母性、庇護欲、独占欲がごちゃ混ぜになったものが渦巻いた。
「はい、あーん!」
「あーん……」
はぁ、美味しい……セルマにあーんしてもらうケーキ美味しい……。無限に食べれる……。
「おねえちゃん? おいしい?」
「うん。美味しいわよ」
「おいしい? よかったー!」
ぱあっと咲き誇る花のような笑顔。堪らず、メナドはセルマを抱き上げて膝の上に置いた。
そしてふにふにの頬を突っつき回し、かと思えばすりすりと頬ずりを繰り出す。やりたい放題だ。
「はあ〜〜っ、もうずっとちっちゃいままでも良いかも……」
「うにゅにゅにゅ……おねえちゃん、くるしい……」
「うふふ、随分仲がよろしいんですね」
不意に聞こえる自分達以外の声に、はたと首を上げる。そこには、店員が奇妙な何かを皿に乗せて来ていた。
サービスですと、ことりとそれを目の前に置く。
真っ白な球体が四つ串に刺し貫かれ、その上に黒い何かがトッピングされたそれを少なくとも二人は見たことが無い。興味津々、といった風に二人はまじまじとそれを見つめる。
「これは?」
「極東の島国のお菓子だそうです。最近そちらの出身の方がいらして、レシピを教えてくれたんです。お団子って言うんですって」
「へぇ、お団子……」
早速、フォークを使って串から外そうとする。それを、店員が手で制した。
「こちらは串を手で持って、そのまま召し上がってください」
「こ、こうですか?」
おっかなびっくり店員の言葉に倣い、その白い肌を歯で挟み込んで串を引き抜く。
もちもちの食感と、黒いトッピングの不思議な甘さ。異国情緒溢れる味わいを楽しむメナドに、ふと膝の上のセルマが声をかけた。
「あー! おくちにくろいのついてる!」
刹那、電光石火の素早さで青い瞳が迫る。
かぷっ。
口元に伝わる、お団子よりも柔らかな感触。下に目を向けると、メナドの下唇を小さな唇がはみはみと挟み込んでいた。
「〜〜〜ッ!」
「はみはみ……」
「まあ……!」
慌てて顔を引くと、満足そうな顔でもごもごとしているセルマ。どうやら彼女もこの甘味を気に入ったらしい。
「こら! こういうのはお家でしなきゃダメじゃない!」
「まあまあ……! お家ではいつもなさっているんですか?」
「あ、いや、その……お、おおお、お会計お願いします」
ぐるぐると目を泳がせ、大分苦しい誤魔化し方でその場を乗り切る。にまにまと微笑みながら差し出された伝票をひったくり、代金を払うとそのまま逃げる様に店を後にしてしまった。
「あの黒髪と、金髪……の方はロリだけど、間違いない。お姉様が勧めて来た、ステルダの百合夫婦……ふひっ! 妹達にも連絡しなきゃ……!」
店の方から感じる謎の悪寒を背に、二人はそそくさと家路へと急ぐのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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