三十六話 せるま・あまらんさす
ロリ化、良いですよね……!
「ティティ、ティティさんッ!」
閑静なギルド内に、騒がしい声と足音が響く。いつもの如く名前を呼ばれたティティは、書きかけの書類から目を離して声のする方へと首を向ける。
その視線の先には、ばたばたと落ち着きなく走るメナドの姿。その表情には、どこか切羽詰った様子が垣間見えていた。
受付のカウンターの前まで来ると、真っ赤な顔で喘ぐ様に肩で息をし始める。
「あ、メナドさんじゃないですかー! みんなの噂になってますよ! 迷宮が拡張されたって! やっぱり、難所でしたか? それで一時帰宅を?」
そこまで一気にまくしたてる様に言うと、ティティはある事に気づく。
いつも彼女の横でにこにこと笑みを浮かべているセルマの姿がどこにも見えないのだ。彼女に何かあったのだろうか、そんな予感がティティの脳裏をよぎる。
「あの、セルマさんは?」
「あ、えっとその、なんて言うか……」
不意に、メナドの背後からぴょんぴょんと跳ねる金色のアホ毛が数束現れた。
それにつられる様に背中から顔を出したのは、ぶかぶかのブラウスを纏い、柔らかな金髪をふわりと風に遊ばせる一人の少女。
青い瞳を上目遣いにして不安そうな表情を見せるこの少女は、どう見積もっても七、八才といった風貌だ。
「まあ、可愛い。妹さんですか? あ、でも毛の色が違う……」
「え、あの、これはセルマ……」
「セルマさん? 確かにちょっとセルマさんの面影が……まさか!」
そうそう! と首を縦に降る。正直のところ、内心ではティティの事など毛ほども頼りにしていなかったメナドだったが、そこに希望の光が差し込んだ。
「せ、セルマさんとの子供……!?」
「おミソ足りてるのあんた?」
「い、いや! 女同士で子供を作るには人体変異の秘法が不可欠! ならば、まさか……!」
一人で勝手にわなわなと震え出し、一人で勝手に論理を組み立てるティティ。その様子にメナドは呆れ返り、頭が痛むのか額に親指を当てて俯いてしまった。
「セ、セルマさんっぽい女の子を、ゆ、誘拐……ッ!」
「マジぶっ殺すわよ!?」
「悪いことは言いません。自首しましょう! せめてなるべく重い罪に問われない様に証言してあげますから!」
「聞けええええええッ!」
ぎゃあぎゃあと広間を満たす二人の喚き声。一歩も前に進まないこの状況を変えたのは、一つの幼い声だった。
「めなどおねえちゃん、けんかしてるの?」
うるうると潤んだ上目遣い。それはまさに万人を黙らせる、必殺の一撃だった。
「あ、違うのよセルマ。これはね?」
「けんかしたら、だめなんだよ? なかなおりしよ?」
放たれる柔らかな一喝。
りんりんと鈴が鳴る様な可愛らしいその声に、二人の心は一気にしゅんと鎮まった。その様子に満足した彼女は、ほっとしたように胸をなでおろす。
すると、ちゃりんという音と共にその小さな胸元にペンダントが踊る。メナドと一緒に買ったお揃いのデザインの物だ。
彼女らがこれを肌身離さず身に付けていたことを知っているティティは、それを見て眼球が眼窩からこぼれ落ちんばかりに大きく目を見開いた。
「は、あ、これは……! えっと、自分のお名前、言えるかなぁ?」
「はい! わたしは、せるま・あまらんさすです!」
元気よく、大きく息を吸い高らかに名乗る。それを見るティティは、まるで幻でも見ているかの様な表情だ。
「こ、これは一体……?」
「私も、何が何だか……」
「弱体化の呪いの一種でしょう」
唐突に彼女たちの背中に突き刺さる、冷徹な一本調子の声。それに身に覚えのあるメナドの体は一瞬で硬直し、ぎこぎことぎこちなく振り向く。
「あ、ギルド長。おはようございます」
そこにあったのは、全てを吸い込む様な黒さの据わった目に、鉄仮面の様な表情筋を持つ顔面。白衣を翻してヒールを鳴らすギルドの長、ラクロワがセルマをじっと見つめていた。
つかつかと歩み寄り、セルマの前に立つとしゃがみ込んで視線を合わせる。そしてにこりと微笑み、言葉を発した。
「お口、あーん出来るかな? あーん」
「んあー……」
言われるがまま口を開けるセルマ。その喉の奥には、微かに光を放つ紋章が張り付いていた。
「……間違いありませんね。幼返りの呪いです」
「幼返り?」
「古代魔法の一つです。対象の年齢を巻き戻し……戦闘力を奪うための、タチの悪い魔法です」
古代魔法。現代の魔法使いが行使する魔法の原型となった魔法体系。中には倫理に反するほど強力な物もあったとされ、その事も知識として知っているメナドの表情に焦りが生まれた。
「そんな……元に戻るんですか?」
「見た所かかり方が中途半端。あなたの事をお姉ちゃん、なんて呼んでいるのもそのせいでしょう。数日の間に効果も消えるはずです」
そう言うと、くしゃくしゃと金色の細い髪を撫で付け、ポケットから飴を取り出して開けた口に放り込んだ。
「もがっ……あまくておいしい……」
「ふふ、良かったですね」
そして唐突に口に放り込まれた甘みを幸せそうに頬張る彼女を脇目に見ながら踵を返す。
「それでは、私はこれで。ティティ、付いて来なさい。髪を整えてもらいます」
「あ、はーい!」
そう言って二人の元を去ろうとする彼女らに、メナドは慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあ、治るまで私はどうすれば……」
「どうって、そんな小さな子供を冒険に連れて行く訳にはいきません。治るまでの数日間、しっかりと面倒を見ることですね、お姉ちゃん?」
そう言い残し、今度こそ二人の元を去って行ってしまった。取り残された彼女を、開いた窓から吹く風が冷たく撫で付ける。
「はぁ……」
「どうしたの、めなどおねえちゃん? ぽんぽんいたい?」
「……ありがと。でも、痛いのは頭よ」
「あ、あたまいたいの? おねつがあるのかなあ。だいじょうぶ? おうちかえる?」
言いながら、懸命に手を伸ばしてメナドの頰をぺたぺたと触る。そして、熱がない事を確認できたのかほっとした様に息をついた。どうやら子供に戻っても、自分の大切な人の存在は認識している様だ。
「ありがと……そうね、一旦帰ろっか。あんたの服もそのままだと風邪ひいちゃうし」
そう言って、自分の背丈より縮んでしまった彼女の手を握り、優越感にも似た妙な気分と共に家路についた。
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