三十四話 迷宮探索
最近投稿ペースがまちまちになってしまってすみません。今更ですが、文字数はこれでちょうど良いでしょうか?
石造りの長い回廊に、二人分のかかとが鳴る音が響く。等間隔に壁に掛けられた松明に照らされるのは、巨大な十字架を肩に担ぎ、周囲を警戒するセルマ。
そしてその傍らには、厳しい装飾が施された杖を構えて周囲の様子を伺うメナドの姿。
彼女達が今いるここは、つい先日金級冒険者が踏破した迷宮だ。すでにあらかたのエリアの魔物の討伐は済んでおり、回廊を照らしている松明も先遣隊が設置した物である。
「全く、他の連中のおこぼれを漁るみたいでみみっちいわね」
「まあまあ。私達ちょっと先急ぎすぎてたからね。こんな所から慣れていこうよ」
彼女達が受けた依頼は、この迷宮の後追い調査。俗にスカベンジとも呼ばれるこの調査は今彼女らがいる様な広大な迷宮に実施される、一度の冒険で暴き切れなかったエリアなどが無いかを調べるものだ。
当然一番乗りの冒険者達よりも実入りが少ない場合が多く、そのくせ魔物との戦闘の可能性があるといった理由からあまり好まれない。
それでも、彼女らは自分たちの青さを見直し、手近な所から経験を積んでいこうと言う算段だった。それに、もしこれで新たなエリアが開拓されれば儲け物、と言う腹づもりでもある。
かつかつと先を行きながら、先遣隊の記した地図をぴらりと取り出して開く。
「地図の通りなら、ここの突き当たりに小部屋が……あ、これかしら」
前方には、左右にかけられた松明に照らされる木の扉が一つ。それに駆け寄って、メナドがドアノブに手をかけて回した。
少し回すと、がちりと硬い手応えに阻まれる。どうやら何かの弾みで施錠されてしまった様だ。
「はあ? 何だってのよ、全く……」
「メナドちゃん、ちょっとどいてて?」
扉に対して悪態を垂れるメナドに、セルマが手で脇へずれる様合図する。指示の通り、ちょこんとずれたのを確認すると彼女は一歩前へ歩み出た。
「ふん!」
棒立ちの姿勢から放たれた一発の拳。それをまともに食らった扉は、哀れ胴体に大穴を開けられてしまった。その穴に手を突っ込むと、かちゃかちゃとノブの向こう側に手を回して見事に解錠せしめた。
「ほら、開いた」
「ありがと。家の鍵失くしても、それしたらダメよ」
「分かってるよぉ」
などと冗談を交わしながら、部屋へと踏み込んでいく。辺りを見回すも、中にあったであろう物品は綺麗に持ち去られていた。棚や机もがらりと寂しげにただ突っ立っているだけだ。
「棚とか机があるって事は、ここは元々誰かが住んでたのかな?」
「いや、ここは……大昔の呪いの魔法の研究施設って所かしら」
そう返すメナドの手には、ボロボロに擦り切れた古代の言語で書かれたスクロールが握られている。その風化の度合いたるや、くしゃみをすればそのまま散り散りに消し飛んでしまいそうだ。
「何で分かるの?」
「ほら、これを見てみなさい。その辺に落っこちてたの」
かさかさと音を立ててそれが差し出される。しかし、あまり魔法に明るくないセルマにはミミズがのたくった様にしか見えなかった。
「……読めないよ」
「大昔の呪いの魔法式ね。所々読めないけど、かなり洗練されてるわ。まあ、今ではありふれたものだから価値なんか無さそうだけど」
「そっか、残念。じゃあ、次行こっか」
そう言って、入口へと踵を返すセルマ。メナドもそれに続くが、ふと、ぴたりと動きを止めた。
「……?」
「どしたの?」
「いや、なんか……」
歯切れ悪くそう呟くと、訝しげな顔をして再び部屋に向き直り、何かに誘われるかの様に壁やら床やらを撫で回し始めた。
「な、何してるの?」
「しっ! 静かに……ここね」
メナドが動きを止めたのは、部屋のど真ん中のタイルの上。一見何もない様に見えるそこを、杖の石突でツンツンと突く。
すると、確信に満ちた微笑みを浮かべてセルマの方を向いて手で招く。
「セルマ、ちょっとここ、おもいっきしぶん殴ってちょうだい」
「いいけど……何で?」
「いいから、ほらほら」
戸惑うセルマの尻を押し、彼女が何やら目星を付けたところまで移動させる。
「ここ? 本当にいいの?」
「良いから。こう、親の仇を殴るみたいに、ばこっと」
「お母さん殺された事無いし……」などとぼやきながら、両手に握った十字架を思い切り叩きつける。
直後がらがらと砕ける硬質な音と、舞い上がる大量の土煙。けほけほと可愛らしい咳き込みが二つ響き、やがて視界が晴れていく。
「わ、メナドちゃんこれ……!」
「ふふん、どうよ」
驚くセルマと、どやっと踏ん反り返るメナド。その目の前には、十字架の一撃によって開けられた大穴。そして更に、暗闇へと続く下り階段が隠されていた。
一度は探索の完了したと思われていた迷宮。その新たなエリアが暴かれた瞬間である。興奮冷めやらぬ様子で、目を輝かせたセルマが口を開く。
「すごーい! 何で分かったの?」
「魔法迷彩がかけられてたの。カビ臭い魔法式の割にはよく隠れてたわ」
言いながら、穴の先を覗き見る。階段の上に積もっている無数のちりやほこりは、ここに長らく人が立ち入ることが無かったという何よりの証拠。彼女達は見事一番乗りを果たしたのだ。
「よーし、早速ギルドの人達に報告しなきゃ」
そう言ってごそごそとカバンの中を漁り、取り出した一通の封筒と紙。近くの棚に紙を置き、さらさらと筆を走らせて一通したためると、それを封筒に入れてぽいっと空に放り投げる。
すると、封筒は空を羽ばたく様な動きで浮遊し、迷宮の入り口の方へと向かっていった。これは、遠隔地への報告を可能にする、魔法文という魔道具の一種である。二時間もすればギルドへと報告が行くだろう。
「さ、この後は——」
手紙を書き終わり、メナドの方へと振り返る。するとあちらの方も、手元の手帳らしき物に何かを記入している。セルマと目が合うと、それをさっと後ろ手に隠してしまった。
「あ! ねえねえねえ、何それ何それ! 何に書いてたの!?」
「べ、別にぃ?」
後ろに回り込んでそれを見ようとするが、それに合わせてくるくると回ってなかなか隙を見せない。業を煮やしたセルマは、立ち止まってメナドの耳に口を寄せた。
「ふぅっ」
「ふひゃっ!」
唐突な刺激にうろたえた隙に、後ろに隠したそれを奪い取る。高らかに掲げられた手には、以前セルマが手記を記入していた手帳が握られていた。
「えーと、なになに?『白兎の月・十一日。今日は踏破済みの迷宮の後追い調査。ある一室にて魔法迷彩で隠蔽された隠し通路を発見』……んふふ、なんだかんだ言って書いてくれてるじゃん」
「な、何も書かないって言ってないでしょ! 返して!」
ぴょんぴょんと飛び跳ね、顔を赤くして素早く手帳を奪い取ると、再びローブの内側のポケットにしまい込んでしまった。
「あんたの日記紛いの手記じゃ、とても人様に読ませられないわ。私がお手本を見せて上げようと思っただけ!」
「へー、そーなんだ、ふーん?」
にまにまと口角を上げるセルマ。その気恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、ぽっかりと地面に開いた大穴に向き直る。
「そ、それよりも! どうする? 行く?」
「え? うーん……一応長丁場の備えはして来たから、行けるとは思うけど」
「ん、決まりね」
と、続いてその穴を覗き込むセルマ。相当に深く、部屋を照らしている松明の明かり程度では底を伺い知ることは出来ない。
何者をも拒んでいるかの様な、真っ黒に塗りつぶされた暗闇。しかし、彼女達冒険者はその中にさえ探究心の輝きを見出す。気が付けば、彼女達の足は階段に第一歩をかけられていた。
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