三十二話 セルメナ事変・3
パワーキャラ同士だと連携取らせやすくてビックリしました
無数の骸をぶら下げた老樹から放たれる、無数の枝の槍。セルマとムクスケを目掛けて稲妻の様な軌跡を描きながら迫るそれは、彼らの周囲を追走する獣の幻影によって阻まれる。
狼の鋭い牙や猩々の剛腕が枝を払いのけ、それでも尚迫り来る枝の合間をくぐり抜けて懐まで潜り込む。
「ばふっ!」
荒い鼻息と共に、ムクスケの巨大な手がセルマを掴む。そして、前方へと走る勢いを利用してぐるりと回転し、老樹の幹へ目掛けて思い切り投げ付けた。
「やああああッ!」
気合いの雄叫びと共に空中で手に持った十字架を構え、大上段に振りかぶって思い切り振り下ろす。
乾いた漆黒の木肌に、黄金の輝きを放つ十字架がめきめきと音を立てて食い込む。
その突き立っている部分の反対側へ、後を追う様に飛んできたムクスケによる両足を揃え、全体重を足裏に乗せた飛び蹴りが叩きまれた。
まるで杭打ちの様な連携攻撃を受けた幹は、まるで熱したスプーンでバターを削り取ったかの様にえぐり飛ばされる。
「よし、やった!」
と、喜ぶセルマ。しかし、相対する老樹はそれを嘲笑うかの様に周囲に枝を伸ばす。その大部分はセルマ達から外れた、見当違いの所へと飛んでいく。
「……? 弱ってる、のかな?」
訝しく思いながら、申し訳程度に向かってくる枝を跳ね除けつつ、セルマとムクスケは更なる攻撃を仕掛けるべく獣の軍勢を引き連れて突進する。
直後その二人の眼は、奇怪な光景を目の当たりにした。
「幹が……!」
先程二人が抉り取った部分が、もこもこと盛り上がって新たな木の組織で埋められつつあった。
その段に至り、セルマは枝の向かう先を目で追う。まるで蜘蛛の巣の様に空間に張り巡らされたそれの矛先は、そこかしこに生える周りの木に突き立てられていた。
枝が脈打つと同時に、枝が突き立てられた木がたちまち枯れていく。
それに相反してどんどん再生していく老樹は、周りの木が枯れ果てて乾いた音と共に折れ、倒れる頃には元の姿を取り戻していた。
そばまで駆け寄ったマカナもその光景を見て、うんざりとした口調で口を開く。
「アー、これじゃラチが開かんナ。どうすル?」
「う、うーん……周りに餌が無くなるまで、殴り続ける……とか?」
「オマエ、バカって良く言われないカ?」
こんな時、メナドちゃんが居れば周囲の木ごと爆炎で消し炭にしていただろうな。などと頭の片隅でセルマは思った。
その一瞬の隙を突き、老樹は張り巡らせた枝を更にそこから分岐させ、セルマへと射出する。
「しまっ……」
完全なる死角から放たれた枝に、彼女は空気を切る音が間近で聞こえて来るまで気がつくことが出来なかった。
生命力を吸い上げる鋭い槍の矛先は、易々とセルマの体へと突き立てられる。
「くあぁっ!」
「セルマ!」
脇腹に刺さったそれを、慌てて引き抜こうとする。しかし、枝は獲物の体内で根付く様に育ち、食い込ませる。長い年月の流れの中で、獲物を効率よく食らうために進化した結果得た術だ。
直後、セルマの体を強烈な虚脱感が襲う。生命の吸収を開始したのだ。
「うあぁ……!」
痛みと怠さでたまらず膝をつくセルマ。それでも必死に枝を引き抜こうともがくが、急速に失われていく腕力ではそれも叶わない。
ならばとリジェネレイトを発動させる。吸われた分を回復させて抗おうと言うのだ。しかし、この行動は本人の意図する所とは別の成果を生むこととなった。
リジェネレイトを発動させた瞬間、枝がびくりと震えてしつこく体内に食い込ませていた根をあっさりと引き抜き、避難させる様に引っ込めたのだ。
これを見て、セルマは戸惑いながら傷を癒しつつ考える。
——この木、今、嫌がってた? というより……怖がってた?
植物に一気に水をやると根腐れを起こす様に、いかに他の生命力を吸って生きながらえる存在であろうと、一気に生命力を流し込まれればそれは毒となる。獲物が生き絶えるまで枝を離さないという習性を曲げる程、セルマの生命力は強力だった。
それを知ってか知らずか、彼女はある作戦を立てる。傍のマカナにそれを耳打ちすると、まるで狂人を見るかの様な目で見つめ返された。
「オマエ、死にたがりカ?」
「死なないよ、私は」
ふう、と息を吐き、指笛を鳴らす。すると即座に駆けつけたムクスケに合図を送る。
セルマをその大きな掌の上に乗せ、下半身に力を込めた。その大地を掴む強靭な足は、眼前の老樹にも引けを取らない安定感だ。
「ムクスケ、数はいくつまで数えられるんだったカ?」
その問いに、彼は前を見据えたままマカナに向けて開いた手の指をビシッと三本立てた。
「うム。ならば三つ数えたラ思いっきりやレ」
「ばふっ!」
直後、兜の奥から一つ、呻き声が聞こえてくる。
「ゔぅ……」
「数えてるナ。セルマ、準備しとケ」
言うまでもなく、彼女は構えていた。片足を立て、もう片方の膝をムクスケの掌につける。まるで前方へと勢いよく駆け出す時の様な構えだ。
「ゔぅ……ッ!」
——二つ。
「ゔぅおおおおおッ!!」
三つ目の辺りをざわめかせるほどの咆哮と共に、セルマを乗せた手をまるで投石器の様に振り抜き、彼女を老樹に向けて投擲した。
その速度に枝も反応できず、やがてセルマは幹から突き出した片手剣ほどの長さの枝まで到達した。そして幹の凹凸に足を引っ掛け、体を安定させ——
「はああっ!」
——大きく息を吐きながら、その枝を自分の胸へと突き刺した。そして、すかさずリジェネレイトを発動させる。
枝は光り輝きながら脈打ち、彼にとって致命的な生命力を本能的に吸い上げ、送り込み始めた。遥か上方では、老樹の枝葉が激しくさざめいている。まるで服毒し、悶え苦しむかの様に。
「んぐぐぐ……ッ!」
引き剥がそうと大慌てで枝を伸ばして攻撃を加えるも、片方の拳を幹に打ち込んでくさびとし、がっちりと食い込んで離れない。
光り輝く脈は見る見るうちに老樹全体に広がっていく。そしてそれが彼の持つ葉の最後の一枚の、葉脈の隅々まで行き渡った瞬間。
——みしり。
乾いた音を立てながら、幹の一部が縦に大きく裂けた。そしてそれはどんどん範囲を広げていく。そこかしこから鳴る木の裂ける音は、まるで断末魔だ。
光を放つ裂け目が老樹全体に広がり切ると、その体は光を撒き散らして爆ぜた。吸い上げた生命力に耐えきれなかったのだ。
吹き飛ばされたセルマを、空中で抱きとめるムクスケ。その頭上からは、かつて数多の命を吸って生き永らえて来た彼の一部が、ばらばらと降り注ぐ。そのうちの一つ、一際立派な棘状の枝がセルマの元へと落ちて来た。
抱きかかえられながら着地したセルマを、マカナが複雑な表情で出迎える。
「たかが女友達の杖の為に、ココまでするカ? いつかぶっ壊れても知らんゾ」
「壊れる? 何が?」
物憂げな表情を、曇りのないまっすぐな瞳が捉える。すると、褐色の肌を歪めて再びため息を一つ。
「まあ、ヒトの事に一々どうのこうの言ウ気は無いネ。帰りも危ねーかラ、気を引き締めて帰る事ナ」
注意を呼びかけるマカナ。それに上の空に答えるセルマの目は、両腕に抱えた一本の木材に注がれていた。
——大切な人が喜ぶのなら、どうせ傷つかないこの体。幾らでも投げ打ってやろう。
かつてその大切な人に窘められた事などすっかり忘れた彼女は、ただ瞳を輝かせて家路を急いだ。
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