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二十九話 セルメナ事変・1

はあああ百合夫婦書くの楽しいいいい

 朝日に照らされて、いつもの様に眼を覚ます。

 

「ふわわ……おはよ、セルマ」

 

 目を覚ました時の、最早口癖の様になっているいつものセリフ。けれど、この声を聞くべき人間はすでに居ない。

 

「また……」

 

 ちょっと前にはふにゃふにゃの寝顔で私の横に寝ていた時間のはずなのに、私より早く起きて何処かへ行ってしまう様になってしまった。

 

 ベッドから体を起こして、姿見の前に立って髪を整える。誰に見せる訳でもないけど、一応。

 

 一通りの支度を終えて、一回の居間へと降りる。食事をとるテーブルの上には、蝿帳を被せられた彼女の得意料理の一つであるポトフ。

 台所に目を移すと、魔石コンロの上でほこほこと湯気を立てる鍋が一つ。今日の食事当番はきっちりと仕事を済ませたという訳だ。

 

 ポトフの近くには、丸い癖字で書かれた書き置きが一枚。

 

 『用事があるので出かけます。夜までには戻るから、ポトフあっためて食べててね。埋め合わせは絶対するから。ごめんなさい』

 

「……ツケ、溜まってるわよ」

 

 ここには居ないあいつをなじる様にそう呟いて、席に着いてそっと蝿帳を外してポトフを口に運ぶ。

 ——美味しい。私好みの味付けだ。その筈なのに、どこか物足りなくて、味気ない。足りない物は分かりきってる。

 

 毎週この日は依頼を取らず、セルマと二人で休息をとる日。そう決めたのに……。

 

 最近、セルマの様子がおかしい。最初に異変に気付いたのは、一週間くらい前だ。

 別にその日に喧嘩をした訳でもない。あいつの好きな限定プリンを一口頂いた件も、とっくに精算済み。

 ただ何の変哲も無い討伐の依頼をこなしただけだ。相変わらずきつい物だったのは覚えてる。ただ、その日を境にあいつは一人で何処かへ出かける事が多くなった。

 

 依頼が早く終わった日は、家に帰るとご飯も食べずにそのまま一人でどこかへ行ってしまって遅くに帰ってくる事もある。

 疲れているはずなのに、その足取りはなんだか楽しそうで——

 

「——あ」

 

 なんて事を悶々と考えている内に、ポトフは姿を消していた。夕飯の当番は私だ。このまま家に居ても仕方ないし、買い出しにでも行こうかな。

 あいつは何を作ってもぱくぱく美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がある。特にお肉が好きみたいだから、ビーフシチューでも作ってあげようか。

 

 私の体は勝手に動き、財布を掴んで外へと飛び出していた。

 

 数時間後——

 

「ふんふん……」

 

 良い感じに煮えてる。お肉も舌で切れるくらいにとろとろだし、野菜もきっちり火が通ってる。後は待つだけ——

 

「た、ただいまーっ!」

 

 夜の冷たい風と一緒に、いつものやかましい声が帰ってきた。同時に、私の心臓も気持ち鼓動を早めた。

 

「お帰りなさい、セルマ」

 

 エプロンで手を拭きながら彼女を出迎える。白いローブは木の枝やら土やらで汚れ、蜂蜜色の髪には葉っぱが絡まっている。

 

「ねえ、こんな時間までどこに行ってるの? ほとんど毎日じゃない」

「ぅえ? う、うん。ちょっとお散歩……」

 

 ——まただ。この質問をすると、セルマはいつもこう言う風にはぐらかす。湧き上がる疑念に蓋をしながら、肩に乗った枝を払ってやりながら話しかける。

 

「セルマ。今日はビーフシチュー作ってみたの。好きでしょ?」

「ありがと! とっといて!」

「え……」

 

 今の私には何よりも残酷な言葉を投げかけながら、冒険用の鞄を肩に掛けてまた外へと向かっていく。

 

「ね、ねえ!」

「ん?」

 

 少し強めに声を出すと、忙しそうにこちらに振り向く。早く次の言葉を出さなきゃ、次の瞬間には出て行ってしまいそう。

 

「ねえ、なんで最近そんな忙しそうなのよ? たまには夜二人っきりで、その……」

「ご、ごめん! また今度ね!」

 

 それだけ言い残し、ばたばたと出て行ってしまった。部屋に取り残された私に突き刺さる静けさが辛い。

 

「……行くか」

 

 魔石コンロの火を消し、戸締りを確認してから後を追うように家を出た。何が何でも何をしているのかが知りたくなったから。

 セルマに見つからないように、かつ見失わない一定の距離を保って後を尾ける。この道順は、いつも私とあいつがギルドに行く時の道だ。

 

 路地を抜け、ギルド前の広間にたどり着いた。セルマが走って行く先には、大小二つの人影が見える。


 あれは……マカナと、ムクスケ?

 

 物陰から様子を伺う。なんだか親しげだ。ムクスケとはハイタッチまでしている。

 いや、そんな事はこの際どうでも良い。こんな時間に、一体何でこの組み合わせが出来るんだろう。

 

 なんて考えていると、彼女達に動きがあった。セルマがマカナに向かって体を屈め——

 

「ッ!?」

 

 顔が重なった——様に見えた。


 瞬間、私の脳天を見えない金槌が打ち据えたかの様な衝撃が走る。不思議と目も熱いし、霞んできた。とっさに手で拭うと、手の甲に雫が落ちた。

 

「あ、あれ? 私、泣いて……?」

 

 拭っても拭っても後から止めどなく溢れてくる。自分でも知らない間に、私の足は元来た道を戻っていた。これ以上ここに居たくなかったのかも知れないし、目の前の光景を受け入れられなかったのかも知れない。

 ただただみっともない泣き顔を腕で隠しながら、ひたすらにその場を走り去った。

 

「——はい、マカナちゃん。肩にゴミくっついてたよ」

「おお、かたじけなイ。しかし、やっと今日で終わるナ?」

「うん。一週間も付き合ってくれてありがとうね。今度家にご飯食べに来なよ」

 

 その言葉に、ニヤリと頰を歪めて笑うマカナ。ムクスケもふんふんと鼻息を鳴らして嬉しそうだ。

 

「それにしても、お前も回りくどい事をしヤガル。あのチビも頭数に加えれば、それだけ早く終わったであろウ?」

「分かってないなあ。こういうのは隠しといて、じゃじゃーんっ! って感じに出すのが決まりなの!」

「ふーン。よう分からン」 

「ふふっ、そのうち分かるかもよ? さぁ、お喋りはここまで。早く行こ!」

 

 和気藹々と話す二人は、やがて大きく開かれたギルドの中へと姿を消して行った。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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