二十七話 ちょっと休憩
明日のご飯の相談するの夫婦感あって良くないですか!!??
「はひぃ、疲れた……」
「あっつ……」
掃討開始から数時間が経過し、二人は最早精根尽き果てていた。特にメナドの体には、激しい乱闘の最中でセルマが受けきれなかった攻撃による傷が目立ち始めている。
回復役のいないパーティの場合、こういった細かいダメージの蓄積が命取りだ。
傷を癒すべく回復薬をカバンから取り出し、瓶を開けて一気に煽る。そんな彼女を見て、セルマがぼそりと口を開く。
「メナドちゃんごめんね、私がもっとちゃんとしてれば……」
私が受けて、メナドちゃんが攻める。そんな大きな事を言っておきながら、などと自分を責める。そんな彼女を、メナドは鼻で笑い飛ばした。
「はあ? 冒険者してるんだから、怪我くらい覚悟の上よ。あんたのせいじゃないわ」
「でも……」
おどおどと申し訳なさそうに身を縮こまらせる。そんな様子を見て、メナドは一つ提案をした。
「疲れてるからそんな弱音が出てくるのよ。ちょっと休憩しましょ」
彼女らのいる辺りは、洞窟の中程。細長い通路の途中にできた、少し広い膨らみの中だ。休息を取るには十分なスペースがある。
辺りを見回して魔物がいないことを確認すると、荷物を降ろして手際よく準備に取り掛かった。
メナドがまず取り出したのは、筒がいくつも吊り下げられた長い縄。それぞれからちゃぷちゃぷと水音が聞こえてくる。
それの封を開け、二人のいる空間の入り口と出口に中の液体で線を描いて区切るように振り撒いた。地面に撒かれた水から冷たく淡い光が迸る。
「ふう。これでしばらくは大丈夫でしょ」
彼女が今撒いたのは、魔物よけの聖水である。空気に触れた際に発する光に魔物に対する強い忌避性があり、数時間持続する安全地帯を形成できる冒険者必携の品だ。
全て撒き終わると、洞窟内に満ちる湿気を吸って重くなったローブを脱いで手頃な岩に引っ掛け、いそいそとカバンから食糧を取り出して食事の準備を進める。
「ほら、セルマ口開けて。あーん」
岩に背を預けてしょんぼりと休んでいる彼女に差し出した、一切れのサンドイッチ。メナドが前もって作って冷蔵していた物を持ってきていたのだ。
それに気付くと、小さく口を開いた。そしてそっと口元に寄せられたそれを、小さくかじり取る。
「んぐんぐ……おいし」
「でしょ? あんたの好きな味付けにしてあるもの」
「わあ、ありがとう! ね、もう一口」
再び口を開け、餌をねだる雛鳥の様にサンドイッチを待つセルマ。やれやれという様な笑みを浮かべ、また口まで運んでやる。
「今度あんたが食事当番の時は、辛いの作ってよね」
「へぇ、辛いの好きなんだ。分かった」
そう話しながら、セルマの美味しそうに頬張る顔を見つめつつ自分も空いた手でサンドイッチを掴み、口に運ぶ。
「あ、待って!」
しかし、それをセルマの声に阻まれる。
「私ばっかり食べさせてもらってたら悪いよ。私のお膝座って?」
「こう?」
ぽすん、と小さな体がセルマの胸元へとすっぽり収まる。そこへすかさず、サンドイッチを持った手が回り込む。
「はい、お返し。あーん」
「あ、あーん……」
セルマとは正反対に、恥ずかしそうにぱくりと小さく口を開ける。そして近づいたその端を、小さくかじり取る。
そんな事を互いに繰り返している内、持って来ていた分はすぐに姿を消していた。
立てかけられた松明の明かりの中、ひと時の雑談に花を咲かせる二人。小腹を満たして英気を養えた様で、それぞれ別のことをし始めた。
メナドは薬などの残数の確認。一方セルマはというと、手に持った手帳にさらさらと何かを書いている。
「ねえ、セルマ……」
「……」
呼びかけにも応じない程、夢中になって手帳に釘付けになっている。じれったくなったメナドは、後ろからそっと近づいてその背中に寄りかかった。
「ちょっと、何書いてんのよ?」
急に背中に寄りかかられて少し驚く様子を見せながらも、すぐに柔らかな笑顔に変えて言葉を返す。
「これ? 手記だよ」
「手記ぃ?」
素っ頓狂な声を上げるメナドに、ゆっくりと向き直りながら話し出した。
「うん。本屋さんによくあるでしょ? 冒険者の手記ってやつ」
腕の立つ冒険者の書いた手記は、魔物の弱点や有用な素材などが仔細に書いてあるため、後続の新米冒険者が愛読している事が多い。セルマもその一人だ。
「私達もいつか有名になったら、その軌跡が誰かの目に触れるんだよ? 凄くない?」
「ふーん。で、どんなの書いてたのよ? 見せなさい」
「あ!」
しゅぱっと手を伸ばし、油断していた手から手帳を引き抜いてページを眺める。
「ええと、なになに? 『今日はメナドちゃんと、銀級になって初めての依頼。思っていたより魔物が強くて、苦戦中。でも頑張る!』……日記じゃないの!」
「も、もー! まだ途中なの! 返して!」
慌てて手帳を取り返し、恨めしそうな目でメナドを見ながら鞄へとしまう。
「言っとくけど、メナドちゃんも書くんだからね!」
「え? 私も?」
めんどくさい。という文字が顔面の上で踊っているかのような表情を向ける。それにもめげず、セルマは言葉を続ける。
「そうだよ! こーいうのは、パーティの全員が順番に書くのがセオリーなの! お約束なの! 簡単なのでも良いからさ、ね、お願い!」
ぱんっ! と鼻先に突きつけられるぴたりと合わせられた両手。その奥にはうるうると潤みながらもぴたりと視線を合わせてくる二つの瞳。
それを跳ね除けるには、メナドの心はセルマに近づき過ぎた。
「はぁ、分かったわよ。次からね」
「ほんと? ありがとうっ!」
そういうや否や閉じた手ががばっと開き、メナドの体を膝立ちになって抱きすくめて頬ずりをし始める。
「ひやっ……! そ、そういうのは家に帰ってから……!」
「もーメナドちゃんと会ってから私の夢がガンガン叶ってくよぉ! 良いのかなあ、こんな幸せで。バチ当たんないかなあ」
「聞いてない……」
ふと、彼女達の前後に光っていた水の輝きが消えた。聖水の効力が切れたのだ。
「あ、切れちゃった。じゃ、そろそろ先行こっか」
休憩に入る前と比べてすっかり元気を取り戻したセルマは、未だ湿ったローブをばさばさと振ってから羽織り、準備を整える。休息の甲斐あってか、動きがキビキビと小気味いい。
気分を新たにした二人は、再び洞窟の最奥へと歩みを進めていくのであった。
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