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二十五話 銀級初仕事

今日から通常営業です。

「ティティさーん。今日はお仕事何か入ってますかー?」

 

 昼を少し過ぎた、やや遅い時間帯のギルド内にティティを呼ぶいつもの声が響く。

 

「あら、お二人共。今日はちょっと遅いお出ましですね。お寝坊ですか?」

 

「ぎくっ」

「き、昨日ちょっと寝苦しくて……そうよね? セルマ」

「う、うんうん」 

「ふーん……」

 

 鼻を鳴らし、二人をちらりと見回すティティ。ベテランのギルド員である彼女は、これまでに無数の接客をこなし、結果高い洞察力を得ている。

 そんな彼女の目は、二人の首筋にある赤いあざの様な痕を見逃さなかった。そして、それが意味する所、昨晩燃え上がった彼女達の『火遊び』の証拠であるという事も見抜いていた。

 

「たしかにここ最近暑いですからねぇ。蚊も多いし……首のところ、虫刺され出来てますよ?」

 

 とんとんと指先で自分の首筋を示す。その仕草を見た二人は、揃って示された辺りにある赤い斑点を手で押さえる。その顔はほんのり赤く染まっていた。

 

「最近の蚊はしつこいですからねぇ。ねちっこく吸い付くんですよ。ちゅうちゅう、ちゅうちゅう、と……」

 

 自分の体を抱き、芝居掛かった口調でわざとらしくくねくねと体をくねらせながら話すティティ。それに昨日の自分達を重ねて見たのか、二人の顔は更に赤みを増していく。

 

「そ、それより! なんか仕事来てるんじゃないの? 早く紹介しなさい!」

「くすっ。はいただいま。ええと……銀に上がって難しいお仕事も任せられますからね。これなんかいかがでしょう」

 

 そう言って、ぺらりと差し出された依頼概要の記された用紙。

 

《新規温泉の掘削に当たっての、作業予定地周辺の魔物の討伐》

 

 紙には、そう記されていた。依頼主の所在地は、ロウリュと記されていた。

 ロウリュとは、ステルダから北にある歓楽街だ。魔力や生命の源であるマナに恵まれた土地で、それを利用した温泉が名物である。

 

 マナが多い土地では、その分強力な魔物が生まれやすい。それを討伐した冒険者が、温泉で疲れた体を癒す。ロウリュは、温泉と共に歴史を築いてきた街なのだ。

 

「あそこの魔物は強くて有名ですからねぇ。この辺の魔物の討伐と同じに考えてたら、危ないですよ」

「ふふん、大丈夫よ! ねえ、セルマ」

「うんうん! 何だかんだ、結構上手くやれてるもんね!」

 

 無邪気に笑う二人。銀級に上がり、出来る事が増えた為に起きる、ある種の陶酔感が二人の警戒心を緩めてしまっていた。

 これが元で命を落とす冒険者も少なくない事を、数多の背中を見送ってきたティティはよく知っている。

 

「……そうですか。それでは、ご武運を。今馬車をご用意します」

 

 しかし、敢えて彼女はそれをたしなめる事をしなかった。油断に緩んだ心は、迫り来る危機によって引き締められる。

 さながら叩かれて鍛えられる剣の様に、彼ら冒険者は無数の危機を乗り越えて強くなっていく存在なのだ。無論、生きてその経験を持ち帰ればの話だが。

 

 依頼の受注が終わり、緊張感などかけらもなく二人でベンチに座って楽しくお喋りに興じる。やがて正門が開き、一人の男が現れた。

 

「すみませーん。セルマさんと、メナドさーん。馬車の用意が整いましたので、表までお越しくださーい」

 

 陽気な声で二人を呼ぶ男。ギルドの職員である御者だ。それに気づいた二人は、とてとてと軽い足取りで馬車へと向かう。

 表に待っていたのは、一台の大きな馬車。それを見たセルマが心配そうに御者に話しかける。

 

「あのう、これ私の武器なんですけど、乗せられますか?」

「うええっ、これっすか? うーん……一応裏の荷台に乗っけてもらっていいすか?」

 

 そう促され、手に持った神罰ちゃんを荷台にそっと載せる。

 

 めしめしめし……っ。

 

 悲鳴を上げる荷台。しかし、なんとか底を抜く事なく持ち堪えた。ふうっと安堵の息を漏らすセルマと御者。危うく徒歩になる所だ。

 

「……いけそっすね。じゃ、しゅっぱーつ」


 二人が客席に乗ったのを確認すると、彼もまた御者台に乗り込む。ああ、ちょっと重てえな……などと独りごちながら、鞭を鳴らす。

 馬の方もいつもより格段に重い背中に、少し困惑気味に足を進める。やがてぎいぎいと鼓膜をくすぐる様な音を立てて、車輪が回り出した。

 

 客席の中では、カバンの中身を広げて指差し確認をする二人。

 前の席に一つずつ並べられた、数本の回復薬。もっぱら自発的な回復のできないメナドの為の物だ。それと、セルマお手製の食料から包帯などの応急手当をする為の用意など、簡易的な拠点を作るための設営キットが一揃い。

 必要最低限は揃っている。逆にそれは、彼女らがこれから行く所をそこらの森と一緒くたにしているという証拠でもあった。

 

「ぐう……ぐう……」

「すぅ……」

 

 身支度を終えると、呑気に昼寝を始める二人。こくりこくりと、金を細く伸ばして作った様な細い髪を揺らして眠るその膝に、烏の濡れ羽色の髪を散らして寝息を立てる。

 

 この部分だけを切り取って見れば、まるで近所に二人で散歩に行く様な和やかな雰囲気。出会った当初の二人の方がまだ緊迫感があっただろう。

 なまじ激しい戦闘を半端に積んでいるからこそ、起こる慢心。いまだに見えない遥か彼方では、それを戒めるかの様に魔物の巣窟ががっぽりと漆黒の口を広げ、二人を待ち構えていた。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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