二十三話 マイホーム
二人が新しい家に引っ越すだけの話です。ちなみに次回は家具を買い揃えてイチャイチャするだけです。
「ティティさん、ティティさーん」
昼下がりの閑散としたギルド内。だらだらとキャビネットの中の書類整理をしていたティティは、自分の名を呼ばれて振り返る。
「はいはーい、ただいま……!?」
振り返った彼女の前には、セルマとメナドが並んでいる、いつもの光景。しかし、それを見る彼女の顔はとんでもないモノを見た、という様に目を剥いている。
「どーしたんですか、ビックリした様な顔して」
「どーせ居眠りでもしてたんでしょ」
口々にティティに声を掛ける二人。やがて、注がれている目線が、自分達とはややズレた所に注がれていることに気づき、少し訝しむ。
「……? どこ見てるんです?」
「あ、ああ! いえいえ! 所で、本日はどの様な御用向きで?」
強引に話を急転換させる。その動きにやや不信感を抱きながらも、彼女達もまた本題に入った。
「ええと、新しいお家が欲しくって」
「お家? お引越しです?」
「はい。その、人二人くらい余裕で住めそうな……」
一瞬、ぽかんとさっきまでと同じ様に視線を送るティティ。やがて、納得した様な声を上げた。
「あ、ああ……ハイハイそういう……」
「あるんですか?」
「ええっと、ちょっと待ってて下さいね」
そう言い残して、裏へと引っ込むティティ。ギルドには一般市民への窓口も存在しており、物件の斡旋も業務の一つなのだ。
要望に合う様な物件の資料を探しつつ、他人には聞こえない様な声で興奮気味に囁く。
「あ、あの二人恋人繋ぎしてる……! しかも二人暮らし出来る物件って、絶対にアレでしょ……! ぃやぁ、可愛い……!」
そう、彼女が目を剥いたのは二人を固く繋ぐお互いの手。それも友人同士の様な手の繋ぎ方ではなく、一本一本の指が互いに絡み合った親密な関係でなければあり得ない繋ぎ方。
彼女自身もギルド長とただならぬ関係にあるため、その興奮たるやただ事ではない。昂ぶる余り少し口から心の声が漏れてしまっている。
「……なんかブツブツ言ってるね、ティティさん」
「気持ち悪いわね」
心無い罵声をその背に浴び、それでも尚妄想に胸を膨らませてよだれを垂らしながら資料を探すティティ。やがて、その手は一枚の紙を掴んだ。
「お待たせしました! こちらなんかどうでしょう?」
ぺらりと二人の前に差し出されたそれには、一軒の家の間取りが記されていた。賃貸の集合住宅ではない、正真正銘の一軒家である。予想外だったのか、揃って驚きの色で顔を染める二人。
「わ、すごーい……」
「先日売りに出された物件でですね、引退した冒険者夫婦が使っていた家です。お金を払っていただけたらすぐに住めますよ。清掃は住んでますので、後は家具を揃えるだけですね」
身を乗り出し、頭をくっつけて間取り図を指でなぞる二人。きゃいきゃいと騒ぐその様は、さながら新婚夫婦、いや婦妻である。
「わー、個室があって、リビングもあって……ねえねえ、ここにあのソファ置こうよぉ」
「あのソファでお昼寝するの気持ち良いわよね……そしたら、ここに本棚ね」
夢を膨らませる二人。そんな二人の前に、ちゃりんという音と共に手を差し伸べるティティ。
「良かったら、実際に見てみます?」
その指先には、その家の鍵が
ぶら下がっていた。
「見ます!」
「見るわよ!」
声を揃えて答える二人。それを受けて、にやけ顔を表情筋を総動員して隠しながらカウンターを出て二人を先導し始めた。
ギルドを出て、歩くこと数分。街の大通りの一角にそれはあった。
白い壁を日光に輝かせる一軒家。やや年季が入っているが、それを感じさせない程に丁寧な手入れがなされている。
大きすぎず小さすぎない、必要十分といった感じの佇まいだ。その家と、手元の地図を交互に見るメナドが口を開いた。
「私らがいつも使うお店とも近いし……立地もまあまあね。良いんじゃない?」
「でしょう? さあ、お次は中をご覧下さい」
がちゃりと扉を開け、嬉々として二人を誘う。中に入った彼女らは、その空間に目を輝かせる。
その後数十分間、各々家の中を歩き回ってから居間で合流する。その顔には、同じ答えがくっきりと書かれていた。
「ティティさん。このお家、おいくらですか?」
そう尋ねられるや否や、手に持っていた資料を見ながらそろばんをぱちぱちと弾く。やがて、諸々を計算したであろう金額が二人に示された。
「こんな感じです」
「……うーん、良いものだけあって高いわね。どうする?」
「確かにちょっと高いけど、これでメナドちゃんと一緒に居られるなら良いよ。お金ならまた二人で稼げば良いもん」
「……! そ、そういうのは二人っきりの時に言いなさいよね! ばか!」
ぽこんとセルマの腹を叩くメナド。それを受ける彼女の顔は、幸せそうに緩みきっていた。
それを目の当たりにしたティティもまた、人様にはとてもお見せできない顔面になっている。表情筋がはち切れんばかりの力を込めながら、歪な表情で書類を差し出す。
「そ、それではここにお二人のサインを……お支払いは、また後日で結構ですから……!」
バインダーごと差し出された紙の署名欄に、さらさらと名前が二つ記される。それを受け取って確認すると、引き換えに家の鍵をセルマに手渡した。
「はい、これでこの家は貴方達の物です。お引越しの準備はご自分でお願いしますね」
そういうと、さっさと背を向けて帰ってしまった。残された二人は、示し合わせたかの様に視線を合わせ、言葉を交わす。
「そしたら、一旦解散ね。お引越しの準備しなきゃ」
「私も宿屋の人に引越しするって言ってくるわ。じゃ、また後で」
そうして、互いに背を向けて一旦の別れを交わす二人。そして数時間後——
日の暮れかかった、茜色の陽の光を浴びて待つメナド。彼女の背中や両手には、元の彼女の部屋を埋め尽くしていた蔵書がぎっしりと詰まった風呂敷が食い込んでいた。
「お待たせー!」
ふと飛んできた声に、荷物の重みに曇った顔をぱあっと輝かせて振り向く。向こう側からは、馬車に乗せなければ到底運べない様な規模の荷物を抱えたセルマの姿。
「ふう、ああ重たい……」
「……前々から思ってたけど、割と化け物よね、あんたって」
「むっ、ヒドイなぁ。ま、いいや。早く荷物運んじゃお」
懐から出した鍵で、がちゃりと扉を開ける。そしてその前で一旦荷物を解体して、大きな物から順に部屋の中に運び入れること、数時間。
陽の光はすっかり沈み込み、賑わう街明かりが代わりに彼女達の家を照らしていた。
すっかり自分たちの城と化した室内を、感慨深そうに見回す二人。
セルマのソファや可愛らしい人形と、メナドの持ち込んだ小難しい本の山。二人の全てが組み合わさった、彼女達だけの空間である。
「うーん、元の家が狭かっただけあってちょっと寂しいわね」
「ふふん。足りなかったら買っちゃえば良いじゃない!」
得意げな顔で、皮袋を自慢げに取り出したセルマ。じゃりじゃりと音を立てるそれは、まだまだ十分な額があると誇っている様だ。
「……そうね。こうなったらぱーっと使っちゃいましょ!」
「うんうん! ねね、そしたら何買おっか? パジャマとか、スリッパとかも買っちゃおうか!」
交互に欲しい物を言い合い、和気藹々と手を繋ぎながら夜の街へと繰り出していく二人。そんな彼女達の目には、もはやお互いしか映っていなかった。
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