二十話 かわいそうな飛竜
ドラっぺかわいそう
『出たァーーーッ! これぞ狩猟祭の目玉! ドラゴンハントの時間だァーーーッ!』
突如爆煙を撒き散らし現れた飛竜に、水晶の向こう側の歓声は最高潮に達した。
対して、飛竜と相対する二人の表情は引きつっている。
本来なら青銅はおろか、銀の冒険者ですら相手に回していいような相手ではない。飛び級もいい所なのだ。
『コイツを倒したチームには、三百点が加算されるぞ! ビリもトップも頑張ってくれッ!』
「……は? さんびゃく? はぁ!? 三百ゥ!?」
これまでの試験の進行など全く無視した得点設定に、激昂した声を上げるメナド。自分たちの総得点の三倍が一気に誰かの手に渡ると言うのだから無理もない。
「ふ、ふざけんなーッ! そんなの、アイツ倒したモン勝ちじゃないの!」
『その通りッ! さァ、ボケっとしてると他のチームに取られちゃうぞ!』
その直後、横合いから飛来した一筋の電撃が飛竜の顎に直撃した。
強力な魔力によって練り上げられた一撃だったが、それは彼の怒りを買うだけの行為に過ぎなかった。
静かな怒りを秘めた目を、電撃が飛んできた先へと向ける。そこには、現在四位の冒険者チームの三人が駆けつけて来ていた。
街の魔物は飛竜を残して全滅していた。最後の逆転のチャンスである飛竜に目を付けるのは、自然な流れであった。
先程の一撃にさほど堪えていない様子を見た彼らは、弓使いの援護射撃を交えて再び怒涛の攻撃を開始した。
手に持った長弓から澄んだ音と共に放たれる無数の矢が、真っ直ぐに飛竜の無防備な脇腹へと向かっていく。手応えありと、にやりと笑みを浮かべる弓使い。
しかし、それは未だ竜種を相手取るには余りにも経験浅い彼の錯覚であった。矢はその肉を穿つまで残り数秒といった所で、彼の強靭な大木の如き尾に叩き落とされた。
「んなっ……」
続く矢や電撃も、翼の一羽ばたきで容易に無効化される。それを見て戦意をくじかれ、引き返していく四位チーム。しかし、自分に牙を剥いた者達を手放しにしておいてくれる程、彼は甘くなかった。
その翼で一つ大きく空を掻き、彼らへと距離を詰める。そして、眼下に這い回る彼らに筋繊維がみっちりと詰まった尾を振り上げ——
「う、うわああああッ!」
ぺしーん! ぺしーん! ぺしたーん!
「ぐへっ」
「ぶっ」
「おうッ」
器用に一発ずつ、尾の先端を後頭部に掠めるように当てて彼らの意識をそぎ落とす。
人間の拳闘士のような芸当を受けた彼らは、ずざざーっと走る勢いのまま気を失い膝から崩れ落ち、石畳に身を沈めた。
飛竜は調教の甲斐あって、手加減して命を奪うことなく敵を無力化する術を得ているのだ。
『エライぞードラっぺー! あとでやっつけた分だけ、骨付きのお肉買ってあげるからなー! 一番いいお肉だぞー!』
水晶の向こう側から聞こえる主人の褒め言葉に、鼻から炎混じりの息を吐いてやや胸を張る。彼の頭の中には、三つの骨付き肉が浮かんでいる。それではまだ足りないと、新たな獲物を探す。
空を飛び、逃げ惑う冒険者たちを見つけては急降下して尾でしばいて回る飛竜。戦果を上げる度、彼の脳内に浮かぶ骨付き肉の数が増えていく。
ふと、視界の端に金色の光が差す。それを目で追った先には、金色に光る十字架を携えたセルマが屋根を伝って跳躍し、彼の頭部めがけた一撃を繰り出そうとしていた。
当然それを阻もうと、尻尾を鞭のようにしならせる。しかし、それよりも先に十字架を防ぐ物が現れた。
「ばふっ、ばふっ!」
独特の息と共に、同じく跳躍して現れたのはムクスケだった。空中で体勢をぐるりと変え、全力で振り下ろされる十字架に向けて拳を打ち出す。
空中でぶつかり合う、壮絶な膂力。手甲と十字架の間に、空気を裂く衝撃波が生まれた。
地面に着地した二人は、飛竜から目を背けて互いに視線を交差させる。
二人共、力が自慢の冒険者。これまでに自分の渾身の一撃を真っ向から耐える者など出会った事が無く、警戒しているのだ。
「わはははー! このデカトカゲはワタシ達が頂くの事ネ!」
そんな間の抜けたたどたどしいセリフと共に現れたマカナ。
今はムクスケの代わりに自分で呼び出した狼に乗っている。
「ちょっと! 他の冒険者の妨害ってありなの!?」
「妨害ダメとか聞いたの覚えナイ! そうだナ?」
『言った覚えありませーんッ!』
水晶の向こう側から聞こえてくる、無責任な声。この試験は、あくまで祭りのついで。観客の盛り上がり重視なのだという事をメナドは改めて認知した。
「ふーん、そ。なら、こっちだって思いっきり妨害してやるわ!」
黒いローブを翻し、伸ばした左右の掌から爆炎と吹雪を撒き散らす。
時に冷静に、時に激昂する彼女の心象を象徴するかのような破壊の嵐が、マカナを取り巻く幻の獣達を一掃した。
自分をも傷付けかねないその滅茶苦茶な威力を除けば、二属性の同時発動という高位の魔法使いでしかあり得ない芸当をやってのけるメナド。観客も大盛り上がりである。
一方、パワー系の二人も白熱した見栄えのいい戦闘を繰り広げていた。
「ッ……しゃあッ!」
ぐるりと体を一回転させ、遠心力がたっぷりと乗せられた十字架による一撃を目の前の鎧に向けて叩き込む。
曲げた腕を盾にしてそれを受けると、彼を中心とした地面が裂けてべこりと大きく沈み込む。
「バオオオッ!」
すかさずムクスケも反撃を開始する。殆どケダモノのような雄叫びを上げ、受けた攻撃の勢いを利用した右回し蹴りを放った。
とっさに左腕で胴体をかばう。直後に腕にめり込む重厚な鎧と、そのうちに収められているであろう屈強な脚。受けた腕の骨は真っ二つに断たれ、その端が肉を破って飛び出した。
「んぐうッ!」
低くくぐもった声を上げ、後ろに跳ねて距離を取るセルマ。すかさず口の中で自分の唯一の魔法を唱える。
ばきばき、ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら傷が癒えていく。しかし、その傷が癒える最後の瞬間まで彼女の顔は苦痛に歪んでいた。
一進一退の攻防を繰り広げる四人の実力はほぼ互角。このまま競っていても埒があかない。同時にそう悟った彼らは、ぽつんと蚊帳の外にいた飛竜に目を向ける。
同時に駆け出すムクスケとセルマ。それを援護するように放たれた、無数の獣と紅白の破壊の渦。
その中を駆け抜けていく二人の攻撃の矛先は、飛竜の頭部。同時に跳躍し、十字架と握り締められた拳による鉄槌が寸分の狂いも無く全く同時に、赤い鱗に覆われた額を撃ち抜いた。
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