二話 リジェネレイト
続けて読んで下さり、ありがとうございます。
コンゴトモ、ヨロシク……
「ふぇぇぇん、女オークって、女オークって! いくらなんでもあんまりですうぅぅ……!」
「それは……その、何というか。ご愁傷様です」
「ありがとうございます……ちーん!」
ひとしきり話し終え、大きく鼻をかむセルマを見守るマスター。彼の胸中には、ある疑問が浮かんでいた。
「その、一つ宜しいですか?」
「あい、何でしょう……ちーん!」
「何で回復魔法を使ってあげなかったのです? プリーストなのでしたら、回復して差し上げればよかったじゃないですか」
そう、彼女がパーティの面々にちゃんと回復をしてやっていれば済んだ話なのだ。しかし、彼女にも彼女なりの理由があった。
「その……使えないんです。回復魔法」
「……は?」
職業名を名乗るには、それなりの規定がある。前衛職であればそれぞれ審査を受けなければならないし、魔法職であれば最低一つはその分野の魔法をマスターしなければならない。条件を満たさなければ、職業名を名乗れないのだ。
「そんな訳はないでしょう。ギルドから魔物の討伐依頼を受けたのなら、少なくとも貴方は正式なプリーストと認められているはずです」
「その、正確には、他人を癒す魔法が使えないんです。それに、使える魔法も一つだけで……」
「えぇ……?」
あまりにもヒドい理由を耳にして、思わず言葉を失うマスター。その痛々しい沈黙を受けて、自尊心を傷つけられたセルマは再び泣き出した。
「ふえぇぇん……どうせこんな私なんか、プリーストに向いてないんです! うう……ちーん!」
「ま、まあまあ。魔法が使えるだけでも、私からしたら羨ましい限りです。ハハハ……」
酒場の主人たるもの、客の話題でヒイてしまっては仕事にならない。尽きない疑問を話題のタネに変えて、次なる話を展開する。
「ええと……お話を聞いていると、とてもお強いんですね。魔物の群れとやりあって、この様に傷一つせず帰ってくるなんてすごい事ですよ。前衛職に転職なさっては?」
「何言ってるんですか! 私がそんなに強いわけないでしょう! これは、私が自分で治してるんです!」
声を荒げて主張する。酒の回り方もだんだんヒドくなってきている様だ。
「リジェネレイトっていうちゃんとした魔法ですよ! 私にだってちゃんとプリーストっぽい事出来るんです! これしか出来ないんですけどね!」
「り、りじぇね……?」
まるで異国の単語を聞き返すかの様に繰り返すマスター。
リジェネレイトとは、自分の体に限定して強力な再生効果をもたらす魔法である。彼女の場合生来のタフさとこの魔法への適性が回復力に拍車をかけ、前衛職もかくやと言う耐久性を得ている。
強力ではあるが、プリーストは基本的に他のメンツを補助し、そして守られている立場にある。
他者の治療をしたり加護を与えたりで大忙しのプリーストは、こんな魔法を自分に使っている暇など無いのだ。
治癒や解毒といった、他者への治療行為が主な回復魔法において、自分にしか効果の及ばないこの魔法は、異質にして異端。知名度の低さも仕方ない事だろう。
ちなみに、彼女の異様な酒の強さもこのリジェネレイトに起因している。
「うう、やっぱり知らないですよね……こんな魔法」
意気揚々と語り出したかと思えば、再びしゅんと背中を丸めてカウンターへと突っ伏してしまった。
「ぐすっ。まさか冒険者デビュー当日にパーティをクビにされるなんて、お先真っ暗です……」
まさかでも何でもなく、当然の結果である。自分の回復しかできないプリーストなど、およそ何の役にも立たないだろう。
いじいじとカウンターに指を這わせ、グラスから垂れた水滴をもてあそぶセルマ。そこへ、今しがた冒険から帰ってきた冒険者たちの噂話が聞こえてきた。
「おい、聞いたかよ。また迷宮が見つかったってよ」
「お、マジ? 俺らも行ける?」
「いや無理。とんでもねえバケモンどもがわんさと居るって話で、指定のランクが黒からって話だぞ」
「黒ぉ!? 俺ら錫なんだけど! 魔境じゃねえか……」
迷宮とは、人の手が加わっていない洞窟や森林など、前人未到の領域の総称。魔物の討伐や、これらの踏破などで名声を得ることが自由な冒険者達の数少ない目的の一つだ。
冒険者にはいくつかのランク付けがなされており、黒とは上から三番目。錫とは下から二番目のペーペーである。
黒からしか探索が許されない領域と言うことは、そこは相当の力を持った魔物で満たされている事だろう。ちなみにセルマのランクは錆。最低である。
ひよっ子であれば思わず尻込みする様な話を背に、カウンターに座る少女は固い決意をその瞳に宿し、がたたっと立ち上がる。
「私……私、諦めないですよ! なけなしのお金で装備を買って送り出してくれたお母さんに恩返しもしたいし、冒険者として有名になって、村に錦を飾るんです! むんっ」
ふんすと胸を張り、やる気と気合いに燃える目を輝かせるセルマ。体だけではなく、心の傷が塞がるのも早いのが彼女の取り柄だ。
「ええ、その意気ですよ! 頑張ってくださいね」
「マスターさん、ありがとうございます! 何だか元気が出てきました! 早速ギルドに行って明日のお仕事探してきますね!」
そう言ってわたわたと忙しそうに身支度を整え、退職金もとい本日の稼ぎが詰まった皮袋をカウンターの上にじゃらりと置き、身の丈ほどの十字架メイスをぎしりと担いで店を後にした。
店を出た彼女を照らすのは、真っ赤に燃える夕日。まるでその心の内を表しているかの様にめらめらと熱い光を放っている。
それに拳を突き上げ、自分を奮い立たせて意気揚々と宿へと足を進めていった。
「こうなったら、一人ででも依頼をこなしちゃうんだから! 明日から頑張るぞ、おー!」
殴りプリ好き!