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十九話 メインイベント

可愛い名前の凶暴な生き物って可愛いですよね

「——そろそろですね」


 ギルド内の一室で、祭りの映像を見る、やや頬を赤らめた受付嬢・ティティが呟いた。そして、手元の遠隔会話用水晶を口元に当て、さらに呟く。


「そろそろ潮時です。準備を」

『了解ッス!』


 彼女からの通信を受け取った男は、すぐさま行動に移った。人目につかないようにこそこそと移動し、町外れの片隅に辿り着いた。

 そこには、時折がたがたと音を立てて揺れる一軒家ほどもあろうかという巨大な鉄の檻と、それを見張るもう一人の男。


「よう。出番か?」

「ああ、いよいよこの日が来たぜ」


 檻には、まるで人目を遮るように布が被せてあった。それに指先から小さな炎を出して引火させる男。


 炎はみるみるうちに燃え広がり、やがて布は燃え尽きた。露わになった檻の中にいたのは、檻の中にみっちりと詰め込まれていた一匹の飛竜だった。


「おお、すげえな」

「だっろぉ? 俺たちドラゴンテイマー部隊が総力を挙げてこの日の為に調教したんだぜ? ずいぶん骨を折ったもんだ。いろんな意味で」


 言いながら、檻の錠前に鍵を差し込もうとする男。そこへ、見張りをしていた男が心配そうに声をかけた。


「なあ、これから銀に上がるって子らにはきつくないか? レッサーでもない正真正銘の飛竜だろ? それも火竜と来てる」

「いーんだよ。俺らの時はケツァルカトルだったぜ。何人石化したか」


 かちり、と何の躊躇もなく回された鍵。とうとう錠前が外されてしまった。


「さあ、暴れるぞ! 離れろ!」


 ばたばたと慌ただしく距離を取る二人。直後、二人がいた所に炎が吹き荒れる。そして、その中を切り裂いて空を舞う、一つの影。

 二人が見上げる空には、解き放たれた飛竜が陽の光に赤い鱗を輝かせ、悠々と空を泳いでいた。


「ドラっぺー! 頑張れよー!」

「……名前だっさ」


 一方その頃——


「ひぃ……ひぃ……」


 むせ返るような鉄臭さの中、セルマは突き立てた神罰ちゃんに寄りかかって束の間の休憩を始めていた。全身から汗が迸り

 、開け放たれた胸の下半分から雫がぽたぽたと垂れている。


「はぁ……あー……ぐびぐび……」


 その脚に、地面に尻餅をついて寄りかかるメナド。支給された水筒に口をつけながら、彼女もまた大粒の汗をかいて項垂れていた。


「ひ、一口ちょーだい……」

「ぷはっ……はい」


 項垂れたまま水筒を差し出す。それを受け取ると、飲み口に口を付けて喉を鳴らしてがぶ飲みし始める。

 水筒の中身は、ギルド公認の錬金術師が作った回復薬で、失った魔力を即座に回復させる優れモノだ。もっとも、疲労まではどうしようもないが。


「はー、しんど……あんたはリジェネレイトで回復できたりしないの……?」

「いやいや……あれ、そんなに都合良いのじゃないから……」

「あ……そう……」


 無駄話をしている内にいくらか体力が回復したのか、のそりと立ち上がる。セルマの方も、呼吸が大分安定してきた。


「はぁ……私ら、どんくらい倒したかしら?」

「えーと、百二十二体だってさ」


 上空に漂う水晶が投影した映像を見上げ、自分たちの戦果を確認する二人。マカナ達と同点で、一位タイである。


「やば、このままじゃ追い付けなくなる。ぱぱっと戻ろ」

「そうね——ん?」


 ふと、怪訝そうな顔をして映像を見たまま動きを止めるメナド。セルマがそれを心配そうな目で見ている。


「ど、どうしたの? どこか怪我した?」

「いや……あれ、今揺れなかったかしら」


 そう言われ、同じくぴたりと動きを止めて辺りの様子を伺う。 


「いや、特に何も——」


 ずずん。


 突如、一つの地響きが彼女達の足の裏を揺るがした。魔法の爆発だとかではなく、もっと質量のある何かが地面を叩くような雰囲気。


「ほ、ほんとだ! 揺れたよ! それに、なんか——」


 足裏から伝わる振動は、毎秒毎に強くなっていく。というよりも——


「——ち、近づいて来てる?」


 不意に、彼女達を照らしていた日の光が何かに遮られ、大きな影を落とした。


「ん?」

「はえ?」


 次いで、目の前の石畳にべちゃりと音を立てて上から降ってきた、謎の粘度の高い黄ばんだ液体。

 さあっと血の色が引いた彼女達は、同時に首を上に向ける。


「ひぇ……」


 か細い悲鳴を喉で鳴らすメナド。目の前にいたのは、一つ目の巨人、サイクロプスだった。二階建ての建物を優に越す身の丈の巨人は、滑った光を放つ瞳を足元の彼女らに向けてにやついた笑みを浮かべる。

 彼の脳みそ同様に緩んだ口元からは、先程地面を濡らした粘つく液体が垂れ流されていた。


『あァーーーッとォ! セルマ・メナド組! 大当たりだァーッ!』


 不意に、空を舞う水晶から他人事のように騒ぐ声が響く。


『コイツは他の魔物より獲得点数が多いボーナスだッ! その点数はなんと……ええと、ギルド長。何点でしたっけ』

『三十点くらいで良いんじゃないでしょうか。大きいし』

『大きいし、三十点くらいだァーッ!』


 水晶の向こう側から聞こえてくる身勝手な説明と歓声。魔物の得点は三十倍でも、強さは三十倍ではきかない。百点はもらわないと割に合わないだろう。


「ふ、ふざけんじゃ無いわよ! こんなの相手にするよりその辺の犬ッコロ三十匹狩ってた方が効率いいじゃないの!」


 理不尽に対する叫びに、巨人がぴくりと反応する。彼の脳は自分の小指程の大きさしかない。そんな彼の脳は、今の叫びを宣戦布告と受け取った。


 黄ばんだ乱杭歯をむき出しにし、形容しがたい聴くに耐えない雄叫びを上げて彼女達に突進していく。


「き、来たあああッ!」


 全速力で後退する二人。しかし悲しいかな、彼には圧倒的な歩幅のアドバンテージがある。彼女らの全速力など、彼の数歩分にしかならないのだ。

 彼の腰に巻かれた汚い布切れが風に舞う度、セルマが一際大きな悲鳴を上げる。


「きゃあああッ、跨がないで! 見えちゃう! 見えちゃうからッ!」

「このまま行ったら見えるのは潰れた私らの内臓よッ!」


 このまま逃げていても、いつかは追いつかれる。同時に二人はそう悟り、足を止めて巨人を迎え撃つ姿勢を整えた。


「こうなったら、とことん——」


 瞬間、巨人の体をも飲み込む影が降りてきたかと思うと、天から降り注いだ爆炎が飲み込んだ。

 業火に焼かれ、悶え苦しみ悲鳴を上げる巨人は、やがて力尽きて倒れ込み、大地を揺らす。


「う、嘘でしょ……」


 彼女達が見上げる先には、巨大な翼を広げて浮遊し、口から炎を漏らしながら二人を見つめる一匹の飛竜。その首には、『ドラっぺ』と書かれた巨大な名札が下げられている。


 ——次の獲物はお前達だ。


 二人を見つめる紅蓮の炎を映し出す瞳は、雄弁にそう語っていた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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