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十六話 狩猟祭当日

この街には百合カップルが沢山いるのです

「ぐうう……んぐ……」

 

 カーテンの隙間から溢れる日差しに照らされた、太陽の様な金髪を枕に散らして幸せそうに眠るセルマ。しかし、その幸せな眠りは突如鳴り響いた破裂音によって終わりを迎えた。

 

「ふんがっ?!」

 

 飛び起きて窓の外を見る。視線の先の空では、白い煙と共に爆ぜる音がいくつも飛び交っている。煙が風に舞うと共に、彼女の思考も鮮明になっていく。

 

「ね、寝過ごしたああ!」

 

 そう、今日は昇級試験である狩猟祭の当日。この音はその開催を知らせる合図である。

 大慌てでベッドを飛び出し、寝癖もそのままにいつもの白いローブと神罰ちゃんを用意して食卓に置いてあったリンゴを齧りながら扉を蹴破った。

 

「ひええ、遅刻遅刻ぅ!」

 

 緊張のあまり空が白むまで眠れなかった自分を恨みながら、見物客で賑わう街道を突っ走る。そこへ、曲がり角から一つの人影が合流してきた。

 

 黒髪を振り乱しながら、一心不乱に駆けて行く少女。彼女もまた、ぴょんぴょんと寝癖がついている。相当慌てて家を出たのだろう。

 

「め、メナドちゃん! なんでこんな時間まで寝ちゃうの! そこは起こしに来てくれるとこでしょ!」

「早起きしたら二度寝しちゃったのよ! ていうか自分で起きなさいよ!」

 

 そんな二人のやりとりを、生暖かい目で見守る街の人達。この二人の痴話喧嘩は、割とこの

街では見慣れた光景なのだ。


 街行く人たちの『あの二人また騒いでるよ……』といった視線を全身に受けながら疾走する二人は、半ば激突する様な勢いでギルドの扉を開け放ち、中へと飛び込んだ。

 

 ずざざーっと顔面から突っ込んで来た二人に、ギルドの職員と祭の参加者の面々からの冷ややかな視線が注がれる。その中には、マカナとムクスケの二人も含まれていた。

 

「おお、慌しい事だナ」

「……はい、セルマ・アマランサス、メナド・グラジオラス両名到着……と。ギルド長! 全員揃いました!」


 手に持った名簿に名前を記入し、部屋の奥へと声を飛ばす受付嬢。やがて、のそのそと気怠げにラクロワが姿を現した。同時に空気が張り詰め、一同その場に直立姿勢をとる。

 

「はい、それでは全員揃いましたね……ふあぁ」

 

 にゃむにゃむと口を動かしながら、眠そうな目で試験の概要をおさらいし始める。時折ふにゃふにゃとあくびを放つその姿からは、普段の毅然とした態度がまるで感じられない。

 

「なんかすごく眠そうだね……」

「こっちは早起きしてんのに良い度胸じゃないの……」

 

 小声で会話を交わす二人。すると、近くにいた受付嬢がぬっと顔を唐突に突き出して会話に割り込んできた。

 

「うふふ。ギルド長、実はとんでもなく朝に弱いんです」

「おわッ、ビックリした」

 

 驚く二人をよそに、丸眼鏡をかちゃりと整えてまた小声でひそひそと話し出す。

 

「こないだなんか早起きができないからって、開き直って徹夜して参加者さんを待ってたんですよ? 苦手なコーヒーがぶ飲みで。もう機嫌は最悪でしたね」

「あの人達は寝不足の八つ当たりを食らったんですね……」

 

 セルマとメナドの脳裏に、顔面を鷲掴みにされた二人の顔が浮かぶ。あの殺人的な怒りが単なる寝不足によるものだったと彼等が知ったら、どんな顔をするだろうか。

 

「うふふ、可愛いですよね。毎日ぼさぼさ頭で出勤なさいますから、身なりを整えるのが私の日課なんです」

 

 にんまりとにやけた頰に赤色が差す。受付嬢とギルド長。この二人の関係は相当に深いものらしい。

 

「わあ、仲良いんですね」

「仲良いっていうか……ま、良いわ、どうでも」

 

 彼女らの胸の内には、その関係に違和感を覚えるどころか羨ましさが湧いていた。

 セルマとメナドが出会ってから、その関係は彼女達の価値観すら変えていたのだ。

 

「——はい、試験の概要は以上です。何か質問がある方は?」

 

 三人が話している内に、ラクロワの話は終わったようだ。誰も手を挙げないのを確認すると、再び声を上げる。

 

「それでは、試験は二時間後です。更衣室は突き当たりにありますので、必要であれば使って構いません」

「ん? 更衣室? しまった、話全然聞いてなかったわね……」

 

 話を一通り終えたラクロワは、つかつかと早足に集団の脇を通って行く。セルマ達と受付嬢の三人の横を通過する際、彼女の手が受付嬢の肩にぽんと置かれた。

 

「ティティ。後で私の部屋に来い。話がある」

 

 殺される。自分たちに向けられた言葉では無いはずなのに、二人の脳裏に頭部を粉々にされた自分達の死体が映り出す。

 

 その視線は刺すように鋭く、声色は氷のように冷たい。三人の会話は全て筒抜けだったらしい。全てを竦ませるような地獄からの呼び声に、ティティと呼ばれた受付嬢は嬉々として応えた。

 

「ふひっ、ほっひひ! はい! 絶対行きます!」

 

 謎の鳴き声を上げ、ラクロワの後ろを酔っ払いのようにヨタヨタと千鳥足でついて行く。心なしかいつもより若干内股気味だ。

 ぽかんとその様を見つめる二人。不意に、背後にある正門が音を立てて開いた。軋む音と共に光の中から現れたのは、十数人の男女。いずれもこの街の服飾店に勤める職人達である。


 ぞろぞろと入ってくる人の波の中には、何やら巨大な荷車に引かれた衣装箪笥のようなものも混じっている。その全てがギルド内に収まりきると、先頭の女性が声を張り上げた。

 

「狩猟祭に参加する皆さーん! 衣装のお着付けをするので、集まってくださーい!」

いつも最後まで読んで頂き、ありがとうございます。良ければ、評価などぽちぽちっと。レビューなんて頂けましたら泣いて喜びます。

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