十四話 昇級試験
ギルド長がインテグラさんの声で脳内再生されていきますね…
「ぐぐぐ……ふわわ」
朝日に瞼を照らされ、眠りから覚めるメナド。その顔色は昨日からは見違える程に回復している。
体を起こしてぐるぐると、体の調子を確かめる様に腕を回す……どうやら完全に回復した様だ。
「……なんか昨日、変な事言ってた様な気がするわね……夢かな?」
ふと横に目を滑らせると、ベッド脇のテーブルに鍋が置いてあるのが目に入る。そして隣には、可愛らしい丸い字で書かれた書き置きが一通。
《熱は下がったみたいだし、洗濯物が溜まってるので一旦帰ります。ご飯を置いて行くので、良かったら食べて下さい》
くすっと軽く微笑みながら鍋のフタを開けると、まだ少し温もりの残るパンのミルク煮が入っていた。
「……頂きます」
それを火にかけ直し、温まったところをありがたく食べ進めるメナド。そこへ、かこんと硬い音が玄関から響く。扉に備えられた郵便受けに、何かが入れられた様だ。
腰を上げて扉まで近づき、中に手を突っ込んでみると、一通の手紙が入っていた。封をしている蝋には、ギルドの印がされている。
「依頼キャンセルの苦情かしら」
戸棚の中からペーパーナイフを取り出し、綺麗に割いて中を取り出す。彼女の指を伝わる、つるりと滑らかな手触り。上等な紙が使われている様だ。
二つ折りのそれを開くと、格式の高いいかにもお役所仕事といった硬い雰囲気の字が連ねられていた。
《冒険者ギルド・ステルダ支部所属、セルマ・アマランサス並びにメナド・グラジオラス。貴殿らに、銀級冒険者認定の為の試験を実施する。詳しくは、ギルド本部にて確認する事》
「これ……!」
紙を持つ彼女の手が興奮に震える。待ちに待ったその日がついに訪れたのだ。
不意に、派手な音を立てて扉が開く。その奥では、メナドの持つ封筒と同じものを持ったセルマが、赤い顔をして息を切らしていた。
「め、メナドちゃん! これ! これ!」
「ええ、読んだわよ! ついに、ついによ!」
足をもつれさせながら、よろよろと興奮気味に部屋へと突っ込んでいくセルマ。そして、メナドもまた同じ様に近寄っていく。
至近距離まで近づくと、お互いに腕を広げて同時に抱き合った。
セルマなどは喜びを体全体で表現する様に、メナドを抱き上げたままぴょんぴょんと小躍りしている。
「わーい! やったやったー!」
「ちょ、こら! はしゃぎ過ぎよ!」
ふと我に返って、じたじたと胸の中で暴れるメナド。それによって落ち着きを取り戻したセルマは、にやにやと緩んだ顔で軽く謝りながら彼女を下ろした。
「もう、先走りすぎよ! あくまでも試験資格を得ただけで、まだ銀になった訳じゃ無いんだから」
「だいじょぶだいじょぶ! 私達なら何でもできるって!」
「あ、当たり前でしょ! ほら、ご飯食べたらギルドに直行よ!」
十数分後、腹ごしらえを済ませた二人はギルドへと足早に向かっていった。その足取りは軽く、喜びに満ちている。
ギルドの扉を開けると、まだ朝も早いためか人の数はまばらだ。そんな中、彼女たちの姿を認めた受付嬢がカウンターを出て二人に歩み寄る。
「お二人共、おはようございます! お手紙は読みましたか?」
こくりと緊張気味に頷く二人。それを確認すると、奥にあるギルド長の部屋へと通じる廊下へと案内し始めた。早朝の静かな建物内に、かつんかつんとかかとが鳴る音が響く。
「試験って、どんな事するのかなぁ。筆記試験とかだったらやだなぁ」
「んな訳無いでしょ。やるとしても実技とかじゃない?」
青銅から銀に上がる冒険者には、もれなく試験が課せられる。その内容は時期や所属ギルドによって不定であり、よって前もっての対策が出来ない。ギルドからの通達によって初めて内容が明かされるのだ。
話している内に、質素な扉の前へとたどり着く二人。ごくりと粘つくつばを飲み込みながら、ゆっくりと扉を開け放つ。
そこには、いつか彼女たち二人の脳天に鉄拳を叩き込んだ白衣の女性、ギルド長ラクロワ。
そして、複数組の冒険者らしき男女。いずれもまだ初々しい雰囲気を纏っている。彼らもまた、銀級への昇級試験の通知を受けてきたのだ。
濡れ猫の様な髪型の少女と、頭からつま先までを重厚な鎧で固めた騎士の二人組。そして双子のエルフの姉妹に挟まれたプリーストの少年など個性的な面々が集まっている。しかしその表情は皆一様に硬い。
「揃いましたね。それでは、昇級試験についての概要を説明します。静かに聞く様に」
二人の到着を確認するなり、つかつかと前に出てきて集まった冒険者たちを腕組みをして見据える。
物腰自体は柔らかなものだが、その凶暴な気迫は彼らを圧倒する。目の前に来ただけでごくりと唾を飲む者までいる程だ。
「魔物の繁殖が活発になる時期に合わせて、この街では狩猟祭という伝統的な催しがある事は、皆さんご存知ですね?」
狩猟祭。ステルダの街に遥か昔から伝わる由緒正しき祭だ。数を増やし、活発になる魔物たちを勇猛な若者達が打ち倒し、その数を競ったと言うのがこの祭の原型である。
そして派手好きなステルダ民は、より刺激を求めた結果その魔物達を街に放とうと考えた。街中で暴れまわる魔物と勇敢な狩人の対峙を目の前で観戦出来るとあって、狩猟祭は街の名物の一つだ。
「今回の試験はこの祭の開催を兼ねて行います。つまり——」
「つまり、一番多くの魔物をぶっ倒した奴らが上に上がれるんすね!」
彼女の話の腰を折り、場違いに朗らかな声を上げる青年。
その愚かしい暴挙に冷え切る空気にも気付かず、がしがしと拳を打ち合わせてもう一人の相方と張り切っている。
「へへん、腕がなるぜ! みんなひょろっちいのばっかだし、俺達が——」
「誰が喋れと言った?」
「え?」
彼女の眼鏡の光が一瞬揺らめくと、目にも留まらぬ速さで二人の前に詰め寄って左右の手で二人の顔面を掴み、そのまま持ち上げてしまった。めしめしと骨の軋む音。相当な力で顎を握られている様だ。
「いいか、お前達。『次に』試験を受ける時はな、私の話の腰を折るな。もう一度そんな事をして見ろ、貴様らの顎を砕いて二度と話せない様にしてやるからな」
腹の底まで冷え切る様な、ドスの効いた声。セルマを含めた他の冒険者達は、まるで死刑の執行を目の当たりにしている様な表情だ。
震える体でこくこくと手の中で頷くのを確認すると、手を開いて彼らを解放する。その顔には、真っ赤な指の跡がくっきり刻まれている。
「お前らは失格だ。出て行け」
「は、はあっ!? いくらなんでもそれは……」
慌てて反論しようとする彼らを、眼鏡の奥からの射殺す様な視線で制する。
「それは、なんだ?」
「……何でもないです……」
力無くそう呟くと、二人で肩を組みながらよろよろと帰って行った。
「——はい、という事です。祭の開催は明日。しっかり準備をするように。以上、解散」
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