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十三話 かぜっぴきメナド

ずっとイチャイチャしてますねこの二人

 鈍色の空模様が広がる、しとしとと雨が降り注ぐステルダの街。

 慌てて洗濯物を取り込みにかかる主婦や、慌てて家路を辿る小さな子供達やらで街道が賑わっている中、二人の人影が水しぶきを散らして駆けていた。

 

「はあ、はあ……お昼はあんなに天気良かったのに……」

「もう、服がべしゃべしゃ! セルマ、急ぐわよ!」

 

 二人共きのこが山の様に入ったカゴを頭に乗せ、傘がわりにして家路を急いでいる。

 今日も今日とて依頼に勤しんでいた二人は、きのこを納入する依頼の途中で大雨に降られ、一旦中断してセルマの家に戻る途中だ。

 

 肩で息をして、ようやく家の前まで辿り着いた二人。雨粒を滴らせながら震える体で暖炉の火を付け、ずぶ濡れの服を脱ぎはじめる。

 

「あぁ、全くもう……雨が降ると髪がびょんびょんになって嫌なのよね」

「あ、ほんとだ。ふふっ、ぴょこぴょこ跳ねてて可愛いね」

 

 ちょいちょいと跳ねた毛を指で弾いて遊ぶセルマ。そんな彼女がやりそうな事に今更どうという事もないメナドは、何事も無く着替えていく。

 

「はー、さっぱりした。まだ火炎石余ってたわよね? お風呂沸かしましょ」

「ん、分かった。洗濯物畳んどくね」

 

 同じく着替え終わった彼女は、既にてきぱきと二人で脱ぎ散らした衣類を掻き集め始めている。二人の息もだいぶ合ってきている様だ。

 

「いっぷしゅ!」

 

 不意に、メナドの鼻から可愛いくしゃみが一発飛び出した。それに振り向いたセルマは、ニヨニヨと少しからかい混じりの眼差しを送る。

 

「あー、風邪引いちゃった? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!。ふぇ、えくしゅ!」

 

 もう一つ大きなくしゃみを放ち、ぶるりと身震い。少しばかり顔が青い彼女は、自身ではそれに気付かずせっせと風呂の支度をしている。

 

「くしゅっ、くしゅん……」

「ねえ、ほんとに大丈夫? 明日のお仕事、休む?」

「だ、だいじょぶだいじょぶ! 私が風邪なんて引く訳無いじゃない!」

 

 十数時間後——

 

「けほん、けほん。はあ、はあ……」

 

 ——一旦解散して各々の家に戻ってしばらく後、彼女の体は今や完全に風邪に屈服していた。全身を強い気怠さが押し潰し、まるでベッドの上に縫い付けられている様にも錯覚する程だ。

 指一本動かすのすら辛い彼女。しかしこんなみっともない姿をセルマに見られるのだけは避けたい。

 なんとか力を振り絞って右足をベッドからずり落とした所で、入口の方からがちゃりと扉が開く音が彼女の耳に入る。

 この家の合い鍵を持っているのは、セルマと彼女自身しかいない。

 玄関先で目が合うなり、怒りと心配混じりの表情でメナドを見つめたセルマ。

 

「あー! 顔真っ赤! もー、だから言ったのに!」

「ら、らいじょぶぅ……」

 

 もはや熱に浮かされ呂律も回らない。路地裏の酔いどれの様なその表情からは、普段の利発そうな眼光は見る影も無くなっている。

 

「もう、このおばかさん! 今日は安静だからね! 依頼も、今度からは私が管理するから!」 

「うう、ごめんてぇ……大丈夫だってぇ」

「ごめんくない! だいじょばない!」

 

 ぷんすこと怒り散らし、のしのしと部屋の中を歩き回るセルマ。そして、メナドが朦朧とした意識の中脱ぎ散らした衣服を拾い集め始めた。

 

「もう! お洋服も片付けられないくらいふらふらじゃない!」

 

 せっせせっせと怒鳴りながら手際よく片付け始める様は、まるで母親のそれだ。

 威勢のいいメナドも今回ばかりは縮こまり、毛布を目の下までかぶって申し訳なさそうな目線だけを送っている。

 

「だ、だって……早く銀に上がりたかったんだもん」

「言い訳ご無用! 気持ちは嬉しいけど、それで体壊したら元も子もないよ! 今日はびしばし厳しく癒すからね! 台所借りるよ!」

 

 片付けが終わると、再び立ち上がって台所へと向かう。そして、自分の家でもないのに的確に調味料を探り当てていく。

 二人の間にあるプライバシーの境界など、すでに解けて一体化しているのだ。

 

 やがて、床に臥せる彼女の鼻を、シーツ越しでも尚食欲を刺激する甘い香りがくすぐった。

 

「今、ご飯持ってくよ! ちゃんと食べる事!」

 

 程なく、もうもうと湯気を立てる鍋とお椀が乗ったプレートを持ったセルマが、活き活きとした表情で寝床へと戻っていく。普段人を癒す事が無い彼女は、その分張り切っているのだ。

 

「はい、パンとミルクと蜂蜜を煮たやつ。昔よくお母さんに作ってもらったんだぁ」

「うう、ありがとお……」

 

 ぼんやりとした顔で、しおらしく礼を言う。普段の彼女からは考えられない態度に、セルマの中の何かに火がついた。

 

「ふ、ふふん。ほんとにありがたいと思ってる?」

「思ってるぅ……私の為にご飯作ってくれて、ありがとぉ……」

 

 ずきゅーん!

 

 セルマの心を、鋭い何かが貫いた。彼女の耳には、その音がはっきりと聞こえていた。

 

「ふ、ふふふん? じゃあ、それをもっと具体的に言葉に表してもらおっかな?」

「ことばにぃ?」

「そう! 言葉にぃ!」

 

 セルマに急かされ、もじもじと顔を赤らめ指をくりくりと恥ずかしそうにさせる。やがて思考回路が熱で鈍った脳が、必死に言葉を絞り出した。

 

「えっと、そのう、魔法もへたっぴで、自分勝手で、その上ちびっちゃい私なんかと一緒になってくれて、ありがとぉ……」

 

 とろんと涙を滲ませ、儚くそう呟くメナド。自分でも何を言っているのか曖昧だろう。

 対するセルマはと言うと、予想以上の口撃によりメナド以上に顔を赤らめている。

 

「ひょ、ひょわわ……!」

「これからもずっと一緒にいてね……?」

 

 そう言うと、もぞりと毛布の下から弱々しく手を伸ばし、脇に座るセルマの手へと重ねた。

 

「はううッ」

 

 言葉という物がこれ程までに力を持つと言う事を、その身を以て知ったセルマ。

 

 ——これからは、メナドちゃんが風邪引いたら思いっきり看病してあげよう……!

 

 そんなよこしまな、誰にも言えない様な間違った保護欲を得てしまったセルマ。調子に乗った彼女は、あの手この手で普段は聞けない様な言葉を引きずり出し、夜は更けていく……。

いつも読んで下さりありがとうございます。

良ければ、評価などぽちぽちっと。

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