十二話 二人でお休み
この話の為に家の本棚から宝石の図鑑引っ張り出しました。図鑑って読むと止まらないですよね。
午後の気だるい日差しの中、ぺらりぺらりと本のページをめくる音が室内に響く。
二人がけのソファの上では、髪をまとめて眼鏡をかけ、黙々と本を読み進めていくセルマ。そしてその膝を枕に、だらりとまどろむメナドの二人の姿があった。
本日は彼女達の仕事は無し。最近働き詰めでくたびれていたので、二人で休息を取ろうとセルマの家に集まったのだった。
本の半ば程までを読み進めた彼女はしおりを差し込み、ぱたんと本を閉じる。そして、あくびをしながら自分の膝で気持ちよさそうに寝ている相棒へと話しかけた。
「ふわわ……ねえねえ、メナドちゃん、起きて」
「んにゅ……何? セルマ」
とろんとした目をこすりながら、体を起こしてぐいっと伸びを一つ。実に良い睡眠を得られたらしい。
「何じゃないよお。私の膝で寝たら、私動けないじゃん」
「あんたの膝が悪いのよ。むにむに肉付きいいし、なんかいい匂いだし……」
言いながら、セルマの白いソックスに包まれた太ももをぷにぷにと指先で突き回す。
「はあ……」
そんなことは気にも留めず、何やら深いため息をつくセルマ。なんらかの反応を求めてちょっかいを出したメナドは、期待外れの反応にやや不満そうだ。
「何よ、ため息なんかついちゃって。しゃんとしなさいよね」
メナドの喝も右から左へといった様子。物憂げにため息をつくと、気怠そうに口を開いた。
「ねえねえ、メナドちゃん。私達って一応、冒険者だよね?」
「じゃなかったら何なのよ」
「いやさ? 最近魔物退治とかしかしてないからさあ、何かこう、冒険したいなぁって……」
「ああ……」
彼女が患っているのは、駆け出しの冒険者ならば誰でもなり得る病気の様なもの。
冒険者を志す者は、まだ見ぬ秘境や、迷宮の奥深くに隠された財宝を夢見てなる者がほとんどだ。
しかし、本格的な『冒険者』らしい事が出来るようになるのはそれなりに名の売れ始める銀から。
少なくとも青銅の彼女達には、迷宮の探索や遠方への遠征の依頼などは回ってこないのだ。
「しょうがないじゃない。私達はまだまだ下っ端の扱いなんだから。冒険したけりゃ今は黙って仕事するだけよ」
「はあ、それは分かってるけどさぁ……」
「今日はのんびり休んで、また明日から一緒に頑張りましょ。ね?」
「んー……そだね。分かった」
返事を聞くと共に、ぴょこんと跳ね起きるメナド。そして立ち上がると、セルマの手を取って立ち上がらせる。
「わわっ、何?」
「それじゃ、お買い物行きましょ! こんなにいい天気なのに引きこもってちゃあ、気分が滅入るのよ。ほら、行くわよ!」
ぱたぱたと走り出すメナドに、手を引かれるがままにされるセルマ。二人は日差しの中を笑顔で駆け抜けていった。
街行く人で賑わう、ステルダの中央通り。腕利きの冒険者達のもたらす貴重な素材などにより潤うこの街は、常に通りが出店で賑わっている。
生活必需品はもちろんの事、酒や菓子などの嗜好品から服飾品に至るまで何でも一通り揃ってしまう。
「もふもふ……うーん、甘くて美味し」
セルマが食べているのは、焼きたてのパンケーキを紙に包んで食べ歩けるようにした物。昨今増加している女冒険者を中心に、今売れに売れている商品の一つだ。
「ずるずる……この飲み物も美味しいわね。カエルの卵みたいだけど」
「あー! いいないいな、一口ちょーだい!」
「ふふん、この世は等価交換よ。あんたのそれと交換しなさい!」
交渉成立。メナドはもそもそとパンケーキに顔を綻ばせ、セルマは独特な食感の飲み物に舌鼓を打っている。
「……なんかぐにぐにしてて面白いね、これ」
「最近流行ってるらしいわよ。粉物だから、あんまり食べると太るってさ」
「へへーん、私、昔から食べてもあんまり太らないんだよね。だからガンガン食べちゃうよ!」
じとっ。
メナドの恨めしそうに細めた瞳が、自慢気に微笑むセルマを射抜く。
「ふーん。食べたのは全部ここに行っちゃうのかしらね?」
そう言うと、ローブを力強く押し上げるたわわな二つのソレを両手で鷲掴んだ。
「ひゃん!」
上下左右、あらゆる方向に捏ね回す。その目には何か怨念めいた気配さえ感じる。
「毎日ばるんばるんさせやがって! ちょっと寄越しなさいよ!」
「ひええ、シワになっちゃうう……メナドちゃんもこれから育つよお……」
「私は今年で十八よ!」
メナドの中の何かに火を付けたのか、更に激しくこねくり回し始める。
「おらおらおらおら!」
「あ、ちょっと……は、激し……」
徐々に赤みを増していくセルマの顔。それに気付く事なく、何かに取り憑かれたように文字通りもみくちゃにしていく。やがて——
「く、あ、ひんっ」
鼻から抜けるような声が響き、メナドは我に帰った。
「あ、ご、ごめんなさい! 痛かった……?」
「い、痛いっていうか……もう……」
頰を赤く染め、ほんの少し肌に汗を滲ませて恨めしそうにメナドを見つめるセルマ。
その表情はどこか艶っぽく、それを見るメナドの心には何か突き刺さるような感覚があった。
「——っ。ええと、その、ごめんなさい。ほんとに」
「い、良いよもう。あっ、何だろうあのお店」
彼女の視線の先にある一軒の女性客で賑わう店があった。その店先には、煌びやかな宝石細工がいくつも並んでいる。
「へえ、こんなお店あったのね。なかなか趣味が良いじゃない」
「ね。これなんかすごく可愛い」
近くに寄って行ったセルマが手に取ったのは、二つに割れた物の片方の様な変わった形の意匠が施されたペンダント。
その隣には、割れたもう片方にぴたりとはまる形の物。どうやら対になる仕組みの物らしい。
「そちら、今大変人気の商品なんです! 二つで一つのペンダントでございまして、恋人さんですとか、冒険者さんが生きて帰れるようにとゲン担ぎにお買い求めになっております!」
いつのまにか近づいて来ていた店員とおぼしき女性が、磨き抜かれた営業トークで二人を圧倒し始める。
「そ、そーなんですか……だってさ、メナドちゃん。買っちゃう?」
「ええ? 別にいいわよ、ゲン担ぎとかガラじゃないし」
「えー! でもでも、なんだか相棒! みたいな感じでいいと思うなぁ」
普段大人しい彼女からの、珍しく熱いアプローチ。それに根負けしたのか、メナドも購入を決めた様だ。
「ありがとうございます! それでは、お互いのペンダントにはめる石を選んで下さい! イメージで決めちゃって大丈夫です!」
矢継ぎ早に二人の前に差し出された、美しく光る宝石が丁寧に収められたケース。
宝石の上をふらふらとさまよっていた二つの手が、やがてそれぞれ違う宝石を摘み取った。
「あんたは青いのが似合いそうね。これにするわ」
「メナドちゃんは赤が似合うと思うな。これにしよっと」
そうして選び出された石を店員に渡すと、それをペンダントのくぼみにかちりとはめ込んで二人に手渡す。
「それでは、お互いの首にかけてください!」
「……それ、何か意味あるんですか?」
「いいえ、私の趣味です!」
「趣味……」
赤い宝石がはめ込まれたペンダントを手に、おずおずとメナドの方に向き直る。メナドの方もまた、神妙な面持ちでセルマを見つめていた。
「や、やるなら早くしなさいよ」
「じゃ、じゃあ行くよ……」
ちゃりん、と胸元で音を立て、日の光を受けて輝く赤。まるで元々彼女の一部だったかの様に馴染んでいる。
「ん、じゃあ私の番ね。ちょっと屈みなさいよ」
「はいっ」
くいっと屈んだセルマの首に、同じくペンダントをかけた。こちらもまた、彼女の白いローブによく映えている。
互いに飾り合う様はまるで、神聖な儀式の様だ。不意に、少し顔を赤らめた店員が口を開く。
「んん〜〜! 二人ともお似合いですわ!」
「そ、そうですか? どお? 似合う?」
「な、なかなか似合ってるじゃない! ナントカにも衣装ってヤツね!」
「ありがとー! メナドちゃんも良く似合ってるよ!」
「はうっ。あ、当たり前でしょ……ありがと」
などときゃいきゃいとはしゃぐ二人を、目を見開いて見守る店員。後日、彼女の職場を中心に『ステルダの百合夫婦』などと言う噂が広まっていくのは、また別の話であった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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ちなみに本文には明記していませんが、セルマのペンダントにはラピスラズリ。メナドの方にはガーネットという設定です。どっちの石も石言葉がラブラブですね。