十一話 二人でご飯
二人で並んでご飯作ってる女の子の図好き
「おらああああっ!」
鬱蒼と茂る森に、セルマの怒声が響き渡る。本日の彼女達の獲物は魔物化した凶暴な猪。
畑を荒らすのみならず、人をも襲う為に近隣の農家が討伐依頼を出した所をセルマ達二人組が請け負ったのだ。
巨体を揺らして方向を変え、神罰ちゃんによる致命の一撃を避ける。そこへすかさず飛ばされる、セルマの回し蹴り。
下顎へその一撃が食い込むと、猪は悲鳴を上げて突進の方向を変える。彼女相手では分が悪いと本能で感じたのか、小さい方へと標的を変えた様だ。
「メナドちゃん! そっちに行ったよ!」
「分かってるわよ!」
土煙を伴ってメナドへと殺到する巨大な猪。地を揺るがしながらその一歩を踏み込むと、その瞬間に足元から巨大な魔法陣が展開する。
「かかった! そら、溺れろ!」
直後に猪を包む、巨大な水の球。ふよふよと浮かびながら猪達を取り込んでたちまちのうちに溺れさせた。
「凍土!」
すかさず、そこへ身を裂く様な冷気を放つ。たちまち水の球はぱきぱきと音を立てて、やがて一つの巨大な氷塊となった。
それを見て、セルマとメナドは嬉しそうに、討伐完了を告げる様にぱちんと互いの手を打ち合わせる。
「やー、いつ見てもすごいねえ、メナドちゃんの凍結魔法」
「ふふん、加減しなくて良いってのは気持ちいいわ。あんたの追い込みも良かったわよ」
互いに褒め合う二人。出会ってからそれなりに依頼をこなして来た彼女達の連携は、更に磨きをかけられていた。
「えへへ、ほんと?」
「ほんとよ。ねえ、今日のご飯何にしようかしら? 結構色つけてくれるみたいだから、それなりの物食べられそうよ」
「わあ! 何にしようかなあ……」
などと喋くっている二人。その脇では、凍り付いてなお暴れようともがく猪が、氷を揺り動かしてぴしぴしと音を立てていた。
「あら、ずいぶんしぶといのね。セルマ、派手にやっちゃって」
「うん。ちょっと離れててね」
神罰ちゃんを振りかざし、とんとんと爪先で地面を叩いて気持ちを整える。
全ての準備が整った瞬間、大気を震わせる怒号がセルマの口から放たれる。狙うは、猪の凍り付いた額。
「やあああああっ!!」
縦一文字に叩きつけられた神罰ちゃん。そこに生じた亀裂はやがて全体に広がっていく。
氷全体がヒビに包まれた瞬間、がらがらと中の猪ごと粉々に砕け散った。これにて、彼女達の依頼は完了だ。
「いんやあ、助がった! こんでまたのんびり土いじり出来ら! これ、とっとげ!」
村の代表からセルマに手渡された、二つの袋。
一つはじゃらりと音を立てる皮袋で、もう片方にはぱんぱんに野菜が詰められている。袋の口からはみ出している程だ。
「わあ! こんなにお野菜良いんですか!」
「ああ、かまね! たんとけえ!」
「ありがとうございます! えへへ、こんなにお野菜もらっちゃったし、今日はお家で何か作って食べよっか?」
「まで! まだあんど! おいおめえら、で 早ぐ持ってこおや!」
後ろの一軒家に向けて荒々しい声を飛ばす。するととがばんっと乱暴に開き、ひと抱えほどもある巨大な袋を持って若い男が現れた。
「ついでだ、これも持ってげ」
「これは?」
「あの猪の肉だ! おめえらがバラバラにしてくれたもんだから、潰しやすくて助かったど! 食い切んねえから、ちょっと持ってげ!」
袋の中を覗くと、綺麗に皮を取り除かれ、食肉になった猪の一部が入っていた。一部といってもかなりの量で、干したり保存が効く様にすればしばらく肉には困らない程だ。
「こんなに……! ありがとうございます!」
「じゃ、今日は肉料理で決まりね、セルマ?」
「うん! じゃあ、今日は私のお家で食べよ! じゃ、私達はこれで! ありがとうございました!」
そう言って一礼し、踵を返して二人並んで帰っていく二人。その周囲はまるで花が舞っているように暖かな、幸せそうな雰囲気で満ちていた。
「——仲良いなあ、あの娘っこら」
街から少し離れたところにある、セルマが借りている一軒の小さな小屋。その煙突からは、もうもうと夕食の支度をする煙が立ち上っていた。
「今日は街で牛乳と小麦粉を買えたから、クリームスープを作るね!」
「へぇ。あんた、料理できるの?」
任せて! と言わんばかりにエプロンをかけた胸を張り、どやっと自慢げな表情を浮かべる。長い金色の髪も一本に結わえられ、準備は万端だ。
「野菜の皮むきくらいなら手伝うわよ」
ナイフを手に手際よく調理を進めていくその脇で、ちょこちょこと皮をむき始めるメナド。
彼女もなかなかに手際が良く、手を動かしながら取り留めもない話をし始めた。
「ところであんたってさ、なんで『プリースト』なの?」
「え?」
「普通、回復魔法をろくに使えないって分かったら別の道を探すわよ。でもあんたは諦めないでプリーストやってる。そこがちょっと気になっちゃってさ」
その問いに、少し困ったように小首を傾げるセルマ。やがて、自分の胸の内を探るように少しずつ話し始めた。
「うーん……強いて言うなら、憧れ、かなあ?」
「憧れ?」
「うん。私のお母さんね、昔冒険者しててね、プリーストだったんだって」
ざらっと刻んだ食材を鍋に入れながら話す彼女に、朗らかな声でメナドが返した。
「ははーん、お母さんみたいな凄いプリーストになるっ! ってやつ?」
「安直でしょ?」
やや自嘲気味な言葉に、彼女の首がふるふると横に振られた。
「そお? 身内にそんなに尊敬できる人間がいるなんて素敵じゃない」
「うん。あの十字架もね、お母さんのお下がりなの。みんなを導いて、助けてあげられる存在になりなさいって……まあ、ロクに助けたことは無いんだけどね。初日でパーティからあぶれちゃうくらいだし」
再び自嘲気味に笑うセルマ。その自信なさげな表情に、ほんの少しだけ頬を染めたメナドが口を開いた。
「何言ってんの。あんたは私を助けてくれたじゃない」
「え……?」
「あんたが声をかけてくれなかったら、私はきっと今も一人だったと思う。私はあんたに、ちゃんと救われたのよ。だからその、自信持ちなさいよね」
「……!」
気恥ずかしさからか、ぷいっと首を背けて再び手元の野菜へと視線を移すメナド。セルマの方も思いっきり照れ臭くなってしまい、手元の動きが怪しくなってきている。
「あいた!」
小さな叫び声と、からんとナイフが床に落ちる音。メナドの視線の先では、白く細い指の先から赤い血を滴らせていた。
「もう、何やってんのよ」
「あはは……大丈夫。すぐ治しちゃうから」
いつもの如くリジェネレイトを唱えようとするセルマ。それに先駆けて、メナドが素早くその手を取った。
「え? あわわ、ちょっと……」
戸惑う声にも構わず、懐から取り出した絆創膏と小さな包帯で手際良くくるくると傷口を覆っていく。
「……ん」
「えと……ありがと。でも、私ならすぐに治せるのに……」
「……別に良いじゃない。そういう気分だったのよ」
気まずさとはまた違った、何とも言えない沈黙が二人の間に立ち込める。やがて、くつくつと大鍋が煮える音がその静寂を破った。
「あ……じゃ、食べよっか」
「そ、そうね! お腹ぺこぺこよ」
「うん……ね、メナドちゃん」
「何よ?」
不意に、絆創膏を貼られた指がメナドの指に絡みつく。情愛を感じさせるように、密接に。
「また明日も、よろしくね」
「……ん」
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